追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ

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第86話:眠れる叡智、エリスの変化

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アーク領に実りの秋が過ぎ去り、冬の足音が近づいてくる頃、俺たちの生活は新たな段階に入っていた。アーク砦は辺境の地に確かな礎を築き、交易も軌道に乗り始め、近隣の村々との交流も少しずつ深まっている。領地は安定し、人々は未来への希望を抱いて日々の営みに励んでいた。

しかし、俺の心の中には、常に二つの大きな懸案事項があった。一つは、いつまた動き出すか分からない王国の影。そしてもう一つは、アーク砦の母屋の一室で、静かに眠り続ける古代の少女、エリスの存在だ。

彼女が眠る部屋には、遺跡から持ち帰った生命維持装置『揺り籠』が設置されている。装置のエネルギー残量は極めて少なかったが、俺が【万物解析】でその構造を調べ、外部から安定的に魔力を供給する方法を見つけ出したおかげで、装置は安定して稼働し、エリスの生命を維持し続けていた。彼女自身は、まるでガラスケースの中の人形のように、穏やかな寝息を立てているだけで、目覚める気配は一向に見られない。シルフィが、まるで妹にするかのように、献身的に彼女の髪を梳いたり、体を拭いたりといった世話を続けてくれていた。

俺は、領地運営の合間を縫って、頻繁にエリスの部屋を訪れていた。単に彼女の状態を確認するためだけではない。俺は、ある試みを始めていたのだ。

「エリス、聞こえるか?」
俺は眠る彼女の枕元に座り、静かに語りかけ始めた。
「今日は、君がいたアストラル研究所の、エネルギーシステムに関する石版の解読が進んだんだ。エーテルという力は、やはりとてつもないものだったらしい。だが、その制御は極めて難しく、過去に何度も事故が…」

俺は、遺跡から持ち帰った『星見の欠片』に記録された情報や、解読が進んだ石版の内容を、眠るエリスに語り聞かせた。アストラル研究所での研究内容、エネルギー事故の可能性、そして謎の「来訪者」の存在…。さらに、現在の世界の状況、アーク領での出来事、シルフィやレナのことなども、日々の報告のように話して聞かせた。

これが彼女の記憶回復に繋がるのか、正直、確信はなかった。もしかしたら、ただ彼女の安らかな眠りを妨げているだけなのかもしれない。そんな葛藤も、俺の中にはあった。

だが、彼女を目覚めさせたいという思いは強かった。彼女が持つであろう古代の知識は、遺跡の謎を解き明かし、この辺境の未来を切り開くために、どうしても必要だと感じていたからだ。そして何より、数千年もの孤独な眠りから彼女を解放し、この新しい世界で生きていく手助けをしてやりたいという、個人的な感情もあった。

語りかけに対するエリスからの明確な反応は、最初のうちは全くなかった。ただ穏やかに眠り続けるだけ。俺の言葉は、深い水の底に投げ込まれた小石のように、何の波紋も立てずに消えていっているように思えた。

しかし、諦めずに語りかけを続けていたある日、変化は訪れた。
俺が、石版にあった「エーテル感応能力」に関する記述――高次元エネルギーであるエーテルと精神的に同調し、それを感知・操作する能力について――を読み聞かせていた時だった。

ピクッ…

眠るエリスの、白く細い指先が、ほんのわずかに動いたのだ。それは、痙攣とも違う、まるで何かに反応したかのような、微かな、しかし確かな動きだった。

「…!?」

俺は息を呑み、すぐさま【万物解析】を発動し、彼女の深層意識へとアクセスを試みた。依然として強力な精神防壁に阻まれ、詳細な情報を読み取ることはできない。だが、以前とは明らかに違う反応があった。

『対象: エリス(深睡眠状態)
精神活動分析: 全体的な活動レベルは依然として低い。しかし、特定の外部刺激(キーワード:エーテル、カイトの魔力波動)に対し、深層意識領域で微弱な電気信号パターン(記憶想起プロセスの一部?)を検出。覚醒への兆候か? 解析深度:13%(前回から+1%)…』

(反応している…! 俺の声や、俺の魔力に…!)

完全な無反応ではなかったのだ。彼女の意識は、深い眠りの底で、確かに外部からの刺激を受け止め、そして、ほんの少しずつだが、目覚めへと向かっているのかもしれない。

「エリス…!」

俺はその微かな希望の兆しに、胸が熱くなるのを感じた。焦ってはいけない。だが、諦める必要もない。俺は、これからも語りかけを続けようと決意した。

俺は、眠るエリスの、少し冷たい手をそっと握った。
「必ず君を目覚めさせる。そして、君が安心して暮らせる世界を…いや、俺たちが一緒に、そういう世界を作っていくんだ」

そう誓うように呟いた時、握った彼女の指が、再び、ほんのわずかに動いたような気がした。

眠れる古代の叡智。その目覚めは、まだ遠いかもしれない。だが、その蕾は、長い冬を経て、今、確かにほころび始めようとしていた。彼女の覚醒が、この辺境の地に何をもたらすのか、それはまだ分からない。だが、俺はその時を、希望と、そして一抹の拭いきれない不安と共に、待ち続けるしかなかった。

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