私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第2話 人類の希望

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瘴気に満ちた魔王領との境界線。そこに築かれた人類最後の防衛拠点、グラン砦は静かな絶望に包まれていた。先日のエトラ平原での大敗は、兵士たちの士気を根こそぎ奪い去った。仲間を、家族を、故郷を焼かれた記憶が、悪夢となって彼らの心を蝕んでいる。

砦の外壁に設けられた監視塔から、一人の兵士が絶叫した。

「敵襲! 魔物の大群です!」

警鐘がけたたましく鳴り響く。傷も癒えぬ兵士たちが、重い足取りで持ち場へと駆けていく。しかしその顔に戦意はない。あるのは死を覚悟した諦観だけだ。地平線の向こうから迫り来る黒い津波。オークやゴブリン、リザードマンといった下級魔物の大群が、地響きを立てながら砦へと殺到していた。

「防壁を固めろ! 弓兵隊、放て!」

指揮官の声が空しく響く。放たれた矢の雨は、分厚い魔物の層に阻まれ、ほとんど意味をなさない。砦の城門が、巨大な棍棒を振るうサイクロプスの攻撃で軋みを上げる。陥落は時間の問題だった。誰もがそう思った、その時。

一条の光が、天から差し込んだ。

絶望に染まった戦場の 한복판に、一人の青年が音もなく舞い降りる。

太陽の光を溶かして編んだような輝く金髪。どこまでも澄んだ空を映したかのような青い瞳。純白の甲冑は泥ひとつ付いておらず、神聖な輝きを放っている。その姿は、まるで伝説の絵画から抜け出してきたかのようだった。

「勇者様!」

誰かが叫んだ。その声は、乾いた大地に染み込む一滴の水のように、兵士たちの心に希望を灯した。

青年、アルフレッド・フォン・ルクス。ルクス王国の王太子にして、聖剣に選ばれた唯一無二の存在。人類の希望。

「みんな、もう大丈夫だ」

アルフレッドは戦場の喧騒が嘘のような、穏やかな笑みを浮かべた。彼は腰に佩いた聖剣を、ゆっくりと抜き放つ。鞘から現れた白銀の刀身は、太陽の光を反射して眩いばかりに輝いた。

彼が聖剣を軽く一振りすると、奇跡が起きた。

剣先から放たれた光の波が、放射状に広がっていく。その光に触れた魔物たちが、悲鳴を上げる間もなく浄化され、塵となって消えていく。ただの一振りで、砦に殺到していた魔物の群れの三分の一が消滅した。

「すごい……」

兵士たちが呆然と呟く。今まであれほど苦戦していたのが嘘のようだ。

アルフレッドは怯むことなく、魔物の群れへと歩みを進める。彼の周りだけ、まるで別の空間であるかのように清浄な空気が流れていた。魔物たちは恐怖に駆られて彼を避けようとするが、逃げるよりも早く、聖剣の閃光が全てを薙ぎ払っていく。

それは、戦いというよりも浄化の儀式に近かった。

一刻も経たずして、砦を脅かしていた魔物の大群は跡形もなく消え去った。残されたのは静寂と、聖剣の放った光の残滓がキラキラと舞う幻想的な光景だけ。

アルフレッドは聖剣を鞘に納めると、振り返って兵士たちに笑いかけた。

「怪我をした人はいないかい? すぐに治癒師を呼ぼう」

その完璧な笑顔と優しい声に、誰もが魅入られていた。これが勇者。我々を救うために現れた、光の御子。兵士たちは武器を放り出し、彼の名を讃え始めた。

「アルフレッド様!」
「我らの希望!」

熱狂する兵士たちを、アルフレッドは柔らかな物腰でいなし、負傷者の手当てを優先させる。その姿に、誰もが心からの尊敬と信頼を寄せた。

「全く、相変わらず派手なんだから」

やれやれと肩をすくめながら、一人の少女が彼に近づいた。純白のローブに身を包んだ、銀髪の可憐な少女。聖女イリーナ。アルフレッドの幼馴染であり、勇者パーティーの回復役を務める、この国で最も高位の神官だ。

「イリーナ。君も無事でよかった」

「ええ、あなたのおかげでね。でも、もう少し静かに登場できないのかしら。心臓に悪いのよ」

「ははは、ごめんごめん。でも、みんなを安心させるには、これくらいが丁度いいだろう?」

悪びれもなく笑うアルフレッドに、イリーナは深いため息をついた。彼のこういう所には、もう慣れてしまった。彼はいつだって正しい。そして、いつだって少しだけ、普通の人とは感覚がズレている。



砦の一室で行われた作戦会議の空気は、勝利の後とは思えないほど重かった。集められた騎士団長や参謀たちは、皆一様に暗い顔をしている。

「勇者様のお力添え、感謝に堪えません。しかし……」

騎士団長の一人が、苦々しい表情で口を開く。

「エトラ平原を奪還しない限り、根本的な解決にはなりません。ですが、あそこには『煉獄の魔女』が……」

その名が出た瞬間、室内の温度が数度下がったかのように空気が凍りついた。魔王軍四天王、リディア。仲間を灰にされた兵士たちにとって、その名は悪夢そのものだ。

「彼女の魔法一つで、我が騎士団は壊滅状態に追い込まれました。生半可な戦力では、同じことの繰り返しになるだけです」

「かといって、このままではジリ貧だ。どうすれば……」

悲観的な意見が飛び交う中、アルフレッドだけが涼しい顔で腕を組んでいた。彼は興味深そうに顎に手を当てている。

「その『煉獄の魔女』というのは、どれくらい強いんだい?」

彼の問いに、皆が言葉を失った。まるで伝説の英雄譚でも聞くような、純粋な好奇心に満ちた声だったからだ。

「ア、アルフレッド……」

イリーナが呆れたように彼の名を呼ぶ。

エトラ平原から命からがら逃げ帰ってきた騎士が、震える声で答えた。

「強い、などという言葉では表現できません。彼女は……天災です。空を覆う炎で、一瞬にして全てを焼き尽くす。我々人間では、抗うことすら……」

「へぇ」

アルフレッドは感心したように頷いた。その瞳には恐怖の色など微塵もない。

「そんなにすごい魔法を使うのか。一度、見てみたいな」

「アル!」

とうとうイリーナが、彼の脇腹を肘で小突いた。

「不謹慎です! みんな、真剣に悩んでいるんですよ!」

「おっと、ごめん。でも、敵を知ることは大事だろう? どんな相手か分かれば、対策も立てられる」

彼はそう言うと、会議の重い空気を吹き飛ばすように、にっこりと笑った。

「次の戦いには、僕が出る。その魔女とやらが相手なら、不足はないだろう」

その言葉は、絶対的な自信に満ちていた。彼の存在そのものが、ここにいる者たちの心を繋ぎ止める最後の希望。誰もがその輝きに、再び戦う勇気をもらっていた。

会議が終わり、アルフレッドは一人、砦の城壁の上に立っていた。夕日が地平線を赤く染め、魔王領の方角を不気味に照らしている。

「煉獄の魔女、リディアか」

彼は一人、静かにその名を呟いた。

彼の持つ聖剣は、魔を浄化するだけではない。所有者であるアルフレッドに、世界の真理の一端を垣間見せることがある。彼は知っていた。この長く続く戦いの裏に、何か巨大な悲しみが渦巻いていることを。

そして、その悲しみの中心に、その魔女がいるような気がしてならなかった。

「君は、どんな人なんだろうね」

アルフレッドは、まだ見ぬ敵に思いを馳せる。恐怖でも敵意でもない。ただ純粋な興味。そして、何か運命的なものを感じていた。

夕闇が世界を覆い始める。彼は魔王領の暗い空を見つめながら、静かに誓いを立てた。

「待っていてくれ。僕が必ず、この戦いを終わらせる。誰も悲しませたりはしない」

その青い瞳は、揺るぎない決意の光を宿していた。
人類の希望は、次なる戦いの舞台、グレンデル平原へと駒を進める。そこで彼を待つ運命が、彼の人生、いや、世界の全てをひっくり返すことになるなど、まだ誰も知らなかった。
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