私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第19話 中立地帯の古代遺跡

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魔王様の沈黙の謁見から数週間が過ぎた。
その間、人間と魔族の戦いは膠着状態に陥っていた。大規模な戦闘は起こらず、互いに睨み合いながら、次の一手を探り合う不気味な静けさが戦場を支配していた。

私自身もまた、迷いの淵に沈んでいた。
魔王様からの信頼を取り戻したい。その一心で任務に没頭しようとする。しかし、心のどこかでアルフレッドとの再会を恐れ、そして、ほんの少しだけ期待してしまっている自分がいる。この矛盾が、私をひどく苦しめていた。

そんな中、両陣営に一つの報せがもたらされた。
人間と魔族、そのどちらにも属さない中立都市国家エルドラから、停戦交渉の使者が派遣されたのだ。表向きは、長引く戦いによる世界の疲弊を憂い、和平の道を模索するための会談を、という提案だった。

「和平、だと? 人間共が、今更何を」

四天王の会議で、ガレスが吐き捨てた。彼の意見は、魔王軍の総意に近い。圧倒的優位に立つ我らが、なぜ今、交渉のテーブルにつかねばならないのか。

しかし、レヴィは冷静に分析した。
「罠の可能性が高いね。だが、この申し出を無下に断れば、我らが平和を望まぬ野蛮な種族であると、世界に喧伝される口実を与えかねない」

結局、魔王様のご決断により、我々はこの会談の申し出を受けることになった。もちろん、本気で和平を結ぶ気など、どちらにもない。これは、互いの腹を探り合い、次の戦いの布石を打つための、新たな戦場に他ならなかった。

会談の場所は、エルドラ近郊にある中立地帯。
そして、その護衛として、私、リディア・ノワールが選ばれた。

「……御意」

私は、その命令を静かに受け入れた。
魔王様は、まだ私を試している。敵と直接顔を合わせるこの任務で、私がどのような行動を取るのかを、その目で見定めようとしているのだ。

そして、私の胸にはもう一つ、嫌な予感が渦巻いていた。
人間側の護衛には、十中八九、あの男が来るだろう。



中立地帯に設けられた会談の場は、古びた石造りの神殿だった。かつて、人間と魔族が共存していたという神話の時代に建てられたものらしい。皮肉な話だ。

私は魔族側の代表団を護衛し、神殿の広間へと足を踏み入れた。既に、人間側の代表団は到着していた。王国の大臣や将軍たちが、硬い表情で椅子に座っている。

そして、その背後に控える護衛の中に、やはり彼の姿はあった。
いつもの純白の鎧に身を包み、腰に聖剣を佩いた、勇者アルフレッド。

目が、合ってしまった。
彼は私に気づくと、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。だが、すぐにその表情を隠し、護衛としての役目に徹するかのように、無表情を装う。しかし、その空色の瞳の奥に、再会を喜ぶ微かな光が揺らめいたのを、私は見逃さなかった。

私の心臓が、トクンと小さく鳴る。
駄目だ。今日は任務中。私情は、絶対に挟んではいけない。

会談は、始まった瞬間から険悪な空気に包まれた。
互いに自らの正当性を主張し、相手を罵る言葉の応酬。和平などという言葉が、白々しく響く。私は代表団の背後で、アルフレッドは人間側の背後で、互いに微動だにせず、ただ静かにその光景を見守っていた。

視線が、何度も交錯する。
その度に、私の心は小さく波立った。彼も、きっと同じなのだろうか。

会談が平行線を辿り、無意味な時間が過ぎていく。
その時だった。

ゴゴゴゴゴ……

神殿全体が、不気味な地響きと共に揺れ始めた。壁や天井から、パラパラと石の欠片が落ちてくる。

「な、なんだ!?」
「地震か!?」

人間も魔族も、誰もが動揺する。
しかし、これはただの地震ではない。私は肌で感じていた。この神殿の地下深くから、強大で、そして邪悪な魔力が溢れ出してきているのを。

「まずい……!」

アルフレッドも同じことに気づいたのだろう。彼と私は、同時に叫んでいた。

「ここは、古代遺跡の上だ!」

この神殿は、危険な古代魔法文明の遺跡を封印するために建てられたものだったのだ。そして、何者かが、この会談の混乱に乗じて、その封印を解いた。おそらく、人間と魔族、その双方の共倒れを狙う、第三者の仕業だろう。

次の瞬間、神殿の床が崩落した。
広間にいた者たちは、悲鳴を上げる間もなく、暗い地下空間へと飲み込まれていく。

私も、そしてアルフレ- D.OL.D.も、その濁流に抗うことはできなかった。



どれほどの時間、意識を失っていただろうか。
私は、ひんやりとした石の床の上で目を覚ました。周囲は薄暗く、壁には不気味な文様が刻まれている。どうやら、崩落の末に、古代遺跡の内部に落ちてしまったらしい。

「……っつ」

体を起こそうとして、左足に鋭い痛みが走った。見れば、崩れた瓦礫に足を挟まれ、動かせなくなっている。

周囲を見渡すが、魔族の仲間たちの姿はない。人間たちの姿も見えない。おそらく、崩落の際に散り散りになってしまったのだろう。

静寂。そして、闇。
壁の向こうからは、得体の知れない魔物の呻き声のようなものが聞こえてくる。

最悪の状況だった。
足が動かせない上に、魔力も満足に練ることができない。この遺跡は、外部からの魔力の流れを阻害する特殊な結界に覆われているようだ。

「くそっ……!」

私が瓦礫を動かそうと悪戦苦闘していると、暗闇の向こうから、カツン、カツン、と足音が聞こえてきた。
敵か。それとも、遺跡を徘徊する魔物か。

私は咄嗟に身構え、マントの下に隠していた短剣を握りしめた。

足音は、私の前で止まった。
そして、暗闇の中から、聞き慣れた声が響く。

「……リディアかい?」

その声に、私は息を呑んだ。
暗闇に目が慣れてくると、そこに立つ人影の輪郭が浮かび上がる。

アルフレッドだった。
彼もまた、この遺跡に落ちてきていたのだ。

「あなた……」

「ああ、よかった。無事だったんだな」

彼は心底安堵したように息を吐くと、私に近づいてきた。そして、私の足が瓦礫に挟まっているのに気づくと、顔を顰めた。

「ひどい怪我だ。動けるかい?」

「……ええ。これくらい、どうってことないわ」

私は虚勢を張った。敵である男の前で、弱みを見せるわけにはいかない。

しかし、彼はそんな私の強がりを見透かしたように、静かに首を振った。そして、何も言わずに瓦礫の前に屈み込むと、その巨大な石の塊に手をかけた。

「僕が、これをどかす。少しだけ、我慢してくれ」

「待って! あなた一人では無理よ!」

それは、屈強な魔族でも動かせるかどうか、というほどの大きさだった。
だが、彼は私の制止を聞き入れない。

「んんんぬうううううっ!」

アルフレッドは歯を食いしばり、全身の筋肉を隆起させた。彼の腕に、青筋が浮かび上がる。聖なる力が、彼の肉体を一時的に強化しているのが分かった。

ミシミシ、と。
信じられないことに、巨大な瓦礫が、ゆっくりと持ち上がっていく。

「今だ、リディア! 足を抜くんだ!」

彼の叫び声に、私はハッとして、急いで挟まっていた左足を引っこ抜いた。
その直後、アルフレッドは力を使い果たしたように、瓦礫を元の場所へと落とす。

ドッシン、と。
地響きを立てて、瓦礫が床に落ちた。

「はあ……はあ……」

彼は荒い息を繰り返しながら、その場に膝をついた。額には、玉のような汗が浮かんでいる。

私は、解放された自分の足と、彼の姿を、ただ呆然と見比べていた。
彼は、また、私を助けてくれたのだ。

その時、通路の奥から、複数の甲高い鳴き声が響いた。
闇の中から、いくつもの赤い光点が現れる。それは、この遺跡に巣食う魔物たちの目だった。

「……まずいな。客が来たようだ」

アルフレッドは息も整わぬまま、聖剣を手に立ち上がった。

私も、短剣を構え直す。足首はまだ痛むが、戦えないほどではない。

「ここは、一時休戦と行きましょうか」

私が言うと、彼は振り返り、不敵な笑みを浮かべた。

「ああ。異論はないよ」

私たちは、自然と背中を合わせるように立っていた。商業都市の裏路地でそうしたように。
彼の背中の温もりが、私の不安を和らげてくれる。

「背中は任せたわ、勇者」
「君こそ、頼んだよ、魔女」

私たちは互いの本当の立場を知りながら、初めて、その称号で呼び合った。
それは、敵同士である二人が、生き残るために手を取り合った、運命の瞬間に他ならなかった。

遺跡の闇の奥から、異形の魔物たちが、涎を垂らしながら私たちに襲いかかってきた。
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