私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第33話 聖女の決意

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勇者アルフレッドが謹慎を命じられてから、一週間が過ぎた。
王城の空気は未だ重く、魔王軍との戦いは小康状態を保っている。しかし、それは嵐の前の静けさに過ぎないことを、誰もが理解していた。

私は、聖女イリーナは、言いようのない焦燥感に駆られていた。
アルフレッドは、王城の西塔にある一室に軟禁されている。食事は運ばれ、生活に不自由はないと聞く。しかし、彼は人類の希望である勇者だ。こんな場所で、無為な時間を過ごしている場合ではない。

それ以上に私の心を乱していたのは、謹慎処分が下された時の、彼の態度だった。
彼は、あまりにもあっさりとそれを受け入れた。反論も、弁明もせず、ただ静かに裁定に従った。その瞳には、絶望も、怒りも浮かんでいなかった。まるで、こうなることを予期していたかのように。

それが、不気味だった。
彼は一体、何を考えているのだろう。

私は意を決し、彼の部屋へと向かった。
衛兵に断りを入れ、重い扉を開ける。部屋の中は、謹慎中の者の部屋とは思えないほど、整然としていた。そして、部屋の主は、窓辺の机に向かい、熱心に何かを書きつけている。

「アルフレッド」

私が声をかけると、彼はようやく顔を上げた。その顔には、反省の色など微塵も浮かんでいない。それどころか、何か新しい発見をした子供のように、その瞳は好奇心と探究心で輝いていた。

「やあ、イリーナ。どうしたんだい、そんなに思い詰めた顔をして」

「どうした、ではありません! あなたは、ご自分の立場を理解しているのですか? 少しは、反省なさいましたか?」

私の咎めるような声に、彼は悪びれもなく頷いた。

「もちろんだよ。大いに反省している」
「本当ですか?」

「ああ」と、彼は真剣な顔で続ける。「もっと早く、彼女を救うための具体的な計画を立てておくべきだった、とね。この謹慎は、図らずもそのための時間を与えてくれた。神に感謝しなくては」

その言葉に、私は眩暈がした。
この男は、全く、何も、分かっていない。
いや、違う。分かっていないのは、私の方なのかもしれない。

机の上に広げられた羊皮紙に、私の視線が吸い寄せられた。
そこに書かれていたのは、反省文などではなかった。古代文字で書かれた魔法理論、魂の構造に関する難解な図式、そして、魔王ザルディアスが使うとされる呪術体系の分析。その全てが、リディアという一点に収束していた。

「これは……」

「リディアを縛る呪いを解く方法だよ」
アルフレッドは、こともなげに言った。「魔王の呪いは、単純な魔力による支配ではない。魂そのものに根を張る、もっと根源的な呪縛だ。これを解くには、力ずくでは駄目だ。彼女自身の魂の輝きを増幅させ、内側から呪いを焼き切らせる必要がある」

彼は、まるで明日の天気を語るかのように、途方もない理論を語り始めた。その内容はあまりにも高度で、聖女である私ですら、半分も理解できない。

私は、圧倒されていた。
彼の行動は、単なる恋に目が眩んだ若者の暴走ではなかったのだ。
それは、勇者として、聖剣に選ばれた者として、世界の真理に触れた彼が導き出した、一つの答え。あまりにも壮大で、あまりにも孤独な、彼だけの戦い方。

「あなたは……本気なのですね」
私の口から、思わず呟きが漏れた。「本気で、彼女を救い出すことが、この戦いを終わらせる道だと、信じているのですね」

「信じているさ」
アルフレッドは、きっぱりと言い切った。「彼女こそが、光と闇の狭間に立つ、唯一の鍵だ。彼女の魂を解放することなくして、真の平和は訪れない。僕は、そう確信している」

その瞳は、一点の曇りもなく、自らの信じる正義を映し出していた。
そのあまりにも強い光に、私は目を逸らしたくなった。
私には、彼の信じる道を、否定する言葉が見つからなかった。

部屋を辞した私は、一人、王城の礼拝堂へと向かった。
巨大なステンドグラスから差し込む七色の光が、静かな堂内を幻想的に照らしている。私は祭壇の前に膝をつき、祈りを捧げた。しかし、その祈りは、神に向けたものではなく、私自身の心に向けたものだった。

私は、どうすべきなのだろう。
聖女として、彼の危険な思想を諫め、正しい道へと引き戻すべきなのか。
それとも、彼の唯一の理解者として、その茨の道を、最後まで共に行くべきなのか。

答えは、出なかった。
ただ、彼のあの真っ直ぐな瞳だけが、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。

その夜、私はパーティーの仲間であるダリウスとエルザを、自室に呼び出した。
そして、今日アルフレッドと話したこと、彼が抱いている壮大な計画と、その揺るぎない覚悟の全てを、二人に語って聞かせた。

話を聞き終えたダリウスは、黙って目を閉じ、何かを考えているようだった。
エルザは、深いため息をつき、こめかみを押さえている。

「……つまり、我らがリーダーは、謹慎中も全く懲りずに、敵の女幹部を救い出す計画を練っている、と。もう、馬鹿を通り越して、尊敬の念さえ湧いてきますわ」
エルザの言葉は呆れに満ちていたが、その瞳に軽蔑の色はなかった。

ダリウスが、ゆっくりと目を開いた。
「聖女殿は、どうされるおつもりだ」

彼の問いは、私の覚悟を問うていた。
私は、ゆっくりと顔を上げた。私の心は、もう決まっていた。

「私は、彼を信じます」

その言葉は、静かだったが、確かな決意に満ちていた。

「彼のやろうとしていることは、無謀で、危険で、世界中を敵に回すことになるかもしれません。けれど、私は彼のあの瞳を、信じたい。彼が信じる正義を、最後まで見届けたいのです」

私は、ダリウスとエルザの顔を、真っ直ぐに見つめた。

「ただし」
私は、言葉を続ける。「もし、彼がその信じる道を見失い、愛という名の感情に溺れ、世界に災厄をもたらすような過ちを犯すのなら……」

「その時は、私が、この手で彼を止めます」

それが、私が出した答えだった。
彼を信じ、支える。しかし、決して盲従はしない。彼の魂が光を失った時、最後の審判を下す聖女となる。それこそが、彼の幼馴染であり、彼のパーティーの一員である、私にしかできない役割なのだ。

私の覚悟を感じ取ったのだろう。
ダリウスは、静かに頷いた。
「それが、聖女殿の決意か。ならば、俺の剣も、最後まであなた方と共にある。彼が光である限りは、な」

エルザも、やれやれと肩をすくめながら、微笑んだ。
「本当に、手のかかるリーダーですこと。仕方ありませんわ。彼が世界を救うのか、滅ぼすのか、特等席で見届けてさしあげましょう」

私たちは、顔を見合わせ、小さく笑い合った。
勇者を欠いた今、彼の帰りを待つ仲間たちの結束は、皮肉にも、かつてないほど強固なものとなっていた。

アルフレッド。
あなたは、一人ではありません。
あなたの信じる道が、たとえどれほど険しく、孤独なものであっても。
私たちだけは、最後まで、あなたの傍にいます。

そして、もしあなたが道を誤るなら……。

私は、胸の前で静かに十字を切った。
その祈りは、彼への信頼と、そして、非情な運命への、静かな宣誓だった。
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