私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第35話 別れの決意

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魔王からの最終通告は、私の心に一つの悲壮な決意を刻みつけた。
アルフレッドを殺すことも、彼と共に逃げることもしない。私が選ぶべき道は、ただ一つ。

彼を、この絶望的な運命から切り離すこと。
そのために、私は彼の前から完全に姿を消さなければならない。彼に、私を諦めさせなければならない。

それは、私の心を殺すことに等しい行為だった。
しかし、彼が私のせいで不幸になるくらいなら、その方がずっといい。彼には、勇者として、王太子として、守るべき世界があるのだから。

私は、最後の力を振り絞って、彼に秘密の通信を送った。
聖剣の力とは違う。それは、私たちが遺跡で共闘した際に、無意識下で繋がった魂の経路を利用した、か細い念話だった。これが繋がる保証はどこにもない。ただ、彼ならきっと気づいてくれると、信じるしかなかった。

『アルフレッド……聞こえる?』

祈るような気持ちで、私は彼の名を呼んだ。
数秒の沈黙の後、私の頭の中に、懐かしい声が響き渡った。

『リディア!? 君なのか!? 無事だったんだな!』

彼の声は、驚きと、そして心からの安堵に満ちていた。その純粋な喜びに、私の胸が締め付けられるように痛む。

『ああ、よかった……! 君が城を出てから、ずっと心配していたんだ。一体どこに……』

『用件だけ、言うわ』

私は、彼の言葉を冷たく遮った。
これから私がしようとしていることに、感傷は不要だ。

『二度と、私に関わらないで』

その言葉に、通信の向こう側で、彼が息を呑む気配がした。

『……どういう、ことだい?』

『言葉通りの意味よ。私は、魔王軍に戻ることにしたわ』

私は、嘘をついた。
心とは裏腹の、冷たい、残酷な嘘を。

『あの御方の元を離れて、初めて分かったの。私には、魔王様のいない世界で生きることなどできない。私の居場所は、あの城にしかないのだと。だから、私は再び、魔王様の剣となる』

『そんな……! 嘘だろう、リディア! 君は、そんなことを望んでいないはずだ!』

彼の悲痛な声が、私の心を抉る。
やめて。そんな声で、私の名前を呼ばないで。決意が、鈍ってしまうから。

私は、さらに言葉を重ねた。それは、私自身に深く突き刺さる、刃の言葉だった。

「あなたとのことは、ただの気まぐれ。一時の気の迷いだったのよ。敵である勇者が、どんな男なのか、少し興味があっただけ。もう、飽きたわ」

『……っ!』

彼が、言葉を失うのが分かった。
私は、彼の心を、自らの手で引き裂いているのだ。

「だから、もう終わりにしましょう。私たちは、敵同士。次に会う時は、戦場よ。その時は、今度こそ容赦しない。あなたの首を、魔王様への手土産にしてさしあげるわ」

言い終えた時、私の頬を、一筋の涙が伝っていた。
しかし、その涙は、彼には見えない。

通信の向こうで、長い、長い沈黙が続いた。
やがて、聞こえてきた彼の声は、今まで聞いたことがないほど、静かで、そして冷え切っていた。

『……分かった』

たった、一言。
その声には、深い絶望と、そして、裏切られたことへの、静かな怒りのような響きが込められていた。

『それが、君の本当の答えなんだな』

『ええ、そうよ』

私は、かろうじてそう答えた。
もう、限界だった。これ以上、彼と繋がっていれば、私の嘘は全て崩れ去ってしまうだろう。

『最後に、一つだけ』
彼は、最後の力を振り絞るように言った。『君に、直接会って、話がしたい。これが、本当に最後だ。君の口から、直接その言葉を聞けば、僕も諦めがつく』

彼の提案に、私の心は激しく揺れた。
会ってはいけない。会ってしまえば、私の決意は、きっと崩壊してしまう。

しかし、同時に、会いたいと願う自分もいた。
最後に一度だけ、彼の顔が見たい。その瞳に、私の嘘を見抜かれないように、最後の演技をやり遂げたい。

それが、私の、彼への最後の甘えだったのかもしれない。

『……いいわ』
私は、その提案を受け入れた。「明日、日没の時刻に、グレンデル平原の、あの丘で。一人で来なさい」

そこは、私たちが初めて出会った場所だった。
始まりの場所で、全てを終わらせる。それが、私たちに相応しい結末だと思った。

『……分かった。必ず、行く』

それだけを言うと、彼の方から通信が切れた。
糸が切れたように、私とその場にへたり込んだ。

「……ごめん、なさい……」

嗚咽が、喉から漏れ出た。
誰にともなく、私は謝罪の言葉を繰り返した。
彼を傷つけてしまったこと。自分の心を偽ったこと。そして、彼を愛してしまったこと。
その全てを、懺悔するように。

これで、いいのだ。
明日、彼に会って、きっぱりと別れを告げる。
そうすれば、彼は私を憎み、私を忘れ、そして元の日常へと戻っていくだろう。勇者として、王国を守るという、彼の本来の使命へと。

それが、彼にとっての一番の幸せなのだから。

私は、涙で濡れた顔を上げた。
空には、二つの月が、冷たく輝いていた。

明日、私は、私の恋心を、自らの手で処刑する。
その覚悟だけを胸に、私は運命の日の夜明けを、一人静かに待っていた。
その先に待つ本当の絶望が、私の想像を遥かに超えるものであることなど、知る由もなかった。
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