私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第47話 ガレスの葛藤

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魔王城の訓練場は、凄まじい熱気と闘気に満ちていた。
王国軍との総力戦を前に、兵士たちの士気は最高潮に達している。その中心で、一際大きな雄叫びを上げながら、巨大な戦斧を振るっている男がいた。

四天王「豪雷」のガレス。

リディアが追放されて以来、彼の荒れようは常軌を逸していた。訓練と称しては、配下の兵士たちを半殺しにし、城の備品を破壊する。その破壊衝動の根底にあるのが、リディアを誑かした勇者への憎しみと、そして彼女を守れなかった自分への不甲斐なさであることは、誰の目にも明らかだった。

「おおおおおっ!」

彼が戦斧を地面に叩きつけると、大地が悲鳴を上げてひび割れた。その威力は、以前よりも増している。憎しみが、彼の力をさらに引き上げているのだ。

しかし、その力の増大とは裏腹に、彼の心は深い闇の中を彷徨っていた。

(リディア……お前は、今どこにいる……)

魔王様は、彼女を裏切り者として断罪した。
だが、ガレスには、どうしてもそれが信じられなかった。
あの勇者が、彼女におかしな魔法でもかけたに違いない。そうだ、そうでなければ、あんなに真っ直ぐだった彼女が、道を踏み外すはずがない。

彼は、自らの信じたい真実に、必死で縋り付いていた。
リディアは悪くない。悪いのは、全てあの勇者なのだ、と。

訓練を終え、汗を拭う彼の元に、一人の魔族が近づいてきた。
四天王「深淵」のレヴィだった。

「やあ、ガレス。随分と熱心だね。その有り余るエネルギー、来るべき総力戦で存分に発揮してくれたまえよ」
レヴィは、いつもと変わらぬ飄々とした態度で声をかけた。

「……レヴィか」
ガレスは、忌々しげに舌打ちをした。「お前には関係ない。俺は、俺のやり方で、あの害虫を叩き潰すだけだ」

「害虫、ね。勇者殿のことかい?」
レヴィは、面白そうに目を細めた。「どうやら、君の怒りの矛先は、リディアではなく、彼に向いているようだ」

「当たり前だ!」
ガレスは吼えた。「全て、あいつが悪いのだ! あいつさえいなければ、リディアは……!」

「本当に、そうかな?」

レヴィの静かな問いが、ガレスの言葉を遮った。
その声には、いつものような揶揄の色はなく、真理を突くような、鋭い響きがあった。

「なんだと……?」

「君は、真実から目を逸らしているだけじゃないのかい?」
レヴィは、ガレスの巨体を意に介すことなく、ゆっくりと距離を詰めた。「君が本当に怒っているのは、勇者殿に対してだけではないはずだ。リディアを、あそこまで追い詰めた、この城の主に、だろう?」

その言葉は、ガレスが心の奥底に封じ込めていた、最大の禁忌に触れた。

「……黙れ!」
ガレスは、レヴィの胸ぐらを掴み上げた。「魔王様を、侮辱する気か!」

「侮辱などしていないさ。事実を言っているだけだ」
レヴィは、顔色一つ変えずに続けた。「リディアは、裏切ってなどいない。彼女はただ、自分の心に正直であろうとしただけだ。それを、我が主は許さなかった。それどころか、彼女を罠に嵌め、全ての罪を着せ、そして……」

レヴィは、そこで一度言葉を切り、ガレスの耳元で、囁くように告げた。

「自らの狂気じみた計画の、『贄』にしようとしている」

贄。
その言葉を聞いた瞬間、ガレスの全身から、力が抜けていった。
彼は、レヴィの胸ぐらを掴んでいた手を、力なく離す。

「……なんだと……? 贄、だと……?」

「ああ。彼女は今、この城の地下深くで、囚われの身となっている。自らの魂を、魔王の野望のために捧げられる、その時を、ただ待つだけの存在としてね」

レヴィが語る事実は、ガレスの信じていた全てを、根底から覆すものだった。
リディアは、裏切ったのではない。
魔王様に、嵌められたのだ。
そして、今もこの城のどこかで、苦しんでいる。

「そん……な……」
ガレスは、その場に膝から崩れ落ちそうになった。頭が、理解を拒絶している。
自分たちが絶対の忠誠を誓った主が、自分たちが妹のように可愛がってきた少女を、生贄にしようとしている。
そんな悪夢のような話が、信じられるはずもなかった。

「……嘘だ」
彼は、絞り出すように言った。「お前の、いつもの戯言だろう」

「残念ながら、真実だよ」
レヴィは、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、彼の目の前に突きつけた。それは、『魂の錬成陣』の設計図の写しだった。

「これを見ても、まだ僕の言葉を疑うかい?」

羊皮紙に描かれた禍々しい術式と、その中心に記された『贄の姫』という文字。
それは、何より雄弁に、真実を物語っていた。

「ああ……ああああ……」

ガレスの口から、呻き声とも、悲鳴ともつかない声が漏れた。
裏切られた。
信じていた主に、完全に。

リディアは、正しかったのだ。
いや、彼女は、正しくあろうとした結果、全てを奪われたのだ。
それを、自分は……。

後悔が、巨大な津波となって彼の心を飲み込んでいく。
自分は、彼女が苦しんでいる時に、何もしてやれなかった。それどころか、彼女を疑い、魔王様の言葉を鵜呑みにして、彼女を非難さえした。

「魔王様……あんたは……」
ガレスは、血を吐くように呟いた。「あんたは、間違っている……!」

その瞳に宿っていた勇者への憎しみは、今や、より大きく、そして絶望的な怒りとなって、魔王ザルディアスへと向けられていた。

「どうする、ガレス?」
レヴィが、静かに問いかけた。「このまま、狂った主に仕え、可愛い妹が生贄にされるのを、黙って見ているか? それとも……」

ガレスは、ゆっくりと立ち上がった。
その巨体からは、今までにないほどの、凄まじい闘気が立ち上っている。それは、憎しみや怒りだけではない。何かを守ることを決意した者だけが放つことができる、覚悟のオーラだった。

彼は、自分の愛用する巨大な戦斧を、強く、強く握りしめた。

「……決まっているだろう」

彼の声は、低く、そして地を這うように響いた。

「俺は、リディアを助ける」

その瞳には、もはや一切の迷いはなかった。
たとえ、それが主君への反逆となろうとも。たとえ、この身が滅びようとも。
彼は、自らの信じる「義」のために、戦うことを決意したのだ。

レヴィは、その答えを聞くと、満足そうに微笑んだ。
「ならば、君にも教えておこうか。君が守ろうとする姫君を救うために、間もなくこの城に現れるであろう、一人の『勇者』について、ね」

その言葉に、ガレスの眉がぴくりと動く。

盤上の駒は、全て出揃った。
魔王軍最強の武を誇る「豪雷」が、ついに反旗を翻す。
彼の怒りの雷槌は、果たして、闇を打ち払う光となるのか。

物語は、誰も予想しなかった共闘へと向けて、大きく舵を切ろうとしていた。
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