私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第69話 フリューゲルの闇

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交流都市フリューゲル。
人間と魔族、二つの種族が混じり合うその街は今日も変わらぬ喧騒に包まれていた。しかしその賑やかな表の顔とは裏腹に、街の深層部では静かに、そして着実に闇がその勢力を広げていた。

路地裏のゴミ捨て場から生まれた異形の怪物。
それは夜の闇に紛れて、獲物を求めて街を徘徊していた。
その獲物とは弱者。街の流れ者、酔いつぶれたごろつき、身寄りのない孤児。社会から零れ落ち、誰にも気に留められないような存在を、それは好んで狙った。

怪物は標的の魂を喰らった。
魂を喰われた者は肉体を失うわけではない。ただその瞳から光が消え、意思を失った抜け殻となる。彼らはまるで操り人形のように怪物の意思に従い、新たな獲物を誘き出すための餌となった。

行方不明事件は少しずつ、しかし確実にその数を増やしていく。
最初は誰も気に留めなかった。この無法地帯では人の一人や二人が消えることなど日常茶飯事だったからだ。
しかし、その数が数十人規模に及ぶと、さすがに街を治める衛兵たちも事態を看過できなくなっていた。

「……まただ。これで今月に入って10人目だぞ」
衛兵隊の詰所で隊長を務める屈強なドワーフの男が、苦々しげに吐き捨てた。
「失踪者に何の共通点もない。種族も年齢も性別もバラバラだ。ただ一つ言えるのは、全員がこの街で独り身だったということくらいか」

「まるで神隠しですな」
部下の若い人間の兵士が青い顔で呟いた。

「神隠しだと? 馬鹿を言え」
ドワーフの隊長は一喝した。「これは何者かによる連続誘拐事件だ。それも極めて悪質な。被害者たちの痕跡が全く残っていない。まるで初めから存在しなかったかのように、綺麗さっぱり消え失せているんだ」

捜査は完全に行き詰まっていた。
目撃者も物証も何一つない。
街には得体の知れない不安と恐怖が、じわりと広がり始めていた。



その夜。
フリューゲルのとある安酒場。
一人の魔族の青年がカウンターで一人、安いエールを呷っていた。
彼は魔王軍の元兵士だった。戦いが終わり故郷に帰ることもできず、この交流都市で日雇いの用心棒をしてなんとか食い繋いでいる。

「……ちくしょう」
彼は悪態をついた。
平和な時代。それは彼のような、戦うことしか能のない者にとっては生きづらい時代でもあった。
故郷にはもう彼の居場所はない。かつての仲間たちは新しい時代に適応し、それぞれの道を歩み始めている。自分だけが過去に取り残されたような、そんな焦燥感に彼は苛まれていた。

酒でそのやるせない気持ちを紛らわす。
気づけば彼は泥酔していた。
千鳥足で酒場を出ると、夜の冷たい風が火照った体に心地よかった。

彼は近道である裏路地へとふらふらと足を踏み入れた。
その路地が近頃「神隠し横丁」と呼ばれ、人々から避けられていることなど酔った彼の頭にはなかった。

路地の最も暗い場所。
そこで彼は一人の少女がうずくまっているのを見つけた。
まだ幼い人間の子どもだ。ボロボロの服を着て、空腹なのか震えている。

「おい、嬢ちゃん。こんなとこで何してやがる」
彼は酔ってはいたが根は悪人ではなかった。放っておけず、声をかける。

少女はゆっくりと顔を上げた。
その顔には何の表情も浮かんでいない。
ただ、その瞳だけが暗闇の中で不気味なほど虚ろに輝いていた。

「……おいで」
少女がか細い声で囁いた。「こっちへ、おいで」

その声はまるで魔力を持っているかのように彼の抗う意思を奪っていく。
彼はまるで操り人形のように、ふらふらと少女の方へと引き寄せられていった。

(まずい……これは……)

彼の本能が警鐘を鳴らす。
しかし、体が言うことを聞かない。

少女の背後。
ゴミの山の影が不自然に蠢いた。
そしてその影の中から、いくつもの昆虫のような足が音もなく伸びてくる。

彼は見てしまった。
影の中心で無数の目が、一斉に自分を見つめているのを。
その瞳に宿る底なしの飢餓を。

「ひっ……!」
恐怖が酔いを吹き飛ばした。
彼は最後の力を振り絞り、その場から逃げ出そうとした。

しかし、もう遅い。
異形の怪物は既に彼の魂を、その見えない触手で捕らえていた。
彼の意識が急速に遠のいていく。
最後に彼の目に映ったのは、感情のない瞳で自分を見下ろす少女の顔と、その背後で蠢く冒涜的な混沌の塊だった。

翌朝。
衛兵隊の詰所に新たな失踪者の報告がもたらされた。
昨夜酒場で泥酔していた、魔族の元兵士。
彼の部屋には飲みかけのエールのジョッキが虚しく残されているだけだった。

「またか……!」
ドワーフの隊長は机を強く叩いた。「このままでは街の評判が地に落ちる。……こうなれば王国に、正式な調査団の派遣を要請するしかあるまい」

彼は苦渋の決断を下した。
それはこの街だけではもはやこの異常事態に対処できないという、敗北宣言に他ならなかった。

フリューゲルの闇は人々の気づかぬうちに、もはや無視できないほどの大きさにまで膨れ上がっていた。
そして、その闇はようやく平和な世界の中心にいる光の勇者の元へと、その不吉な影を伸ばし始めようとしていた。

王国に調査依頼の書状が送られたのは、その数日後のことだった。
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