私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第70話 王命と、忍び寄る影

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交流都市フリューゲルからの、正式な調査団派遣要請。
その書状は、ルクス王国の上層部に、小さな、しかし無視できない波紋を広げた。

「連続失踪事件、か」
玉座の間で、アルフレッドは宰相からの報告を受けながら、眉をひそめていた。
数ヶ月前に、報告書の片隅で見た、あの些細な記述。彼の胸の内に燻っていた小さな違和感の火種が、再び熱を帯び始めたのを感じた。

「ただの失踪事件ではありますまい」
宰相は、苦々しい表情で続けた。「フリューゲルの衛兵隊長からの密書によれば、現場には一切の争った形跡がなく、被害者はまるで煙のように消え失せる、とのこと。まるで、強力な魔法か、あるいは未知の魔物による犯行のようだと」

「……魔物の、仕業」
アルフレッドの脳裏に、一つの懸念がよぎる。
魔王は倒した。しかし、彼の死によって、逆に制御を失った危険な魔物が、世界のどこかに潜んでいる可能性は、ゼロではなかった。

「陛下」
宰相が進み出た。「この一件、看過はできませぬ。フリューゲルは、人間と魔族の融和を象徴する、重要な都市。そこでこのような不穏な事件が続けば、ようやく築き始めた両種族の信頼関係に、再び亀裂が入りかねません」

「うむ……」

「つきましては、王国騎士団の中から精鋭を選び、正式な調査団として派遣したく存じます。そして、その指揮官として、最も適任な人物がおります」

宰相の視線が、玉座の隣に立つ、一人の男に向けられた。
寡黙にして、誠実。そして、パーティーの仲間として、勇者の剣技を間近で学んだ、王国最強の剣士。

「騎士団長、ダリウス殿。あなたにお願いしたい」

その指名に、ダリウスは動じることなく、静かに一歩前に出た。
「……御意。このダリウス、必ずや事件の真相を突き止め、陛下にご報告いたします」

その力強い返答に、アルフレッドは安堵すると同時に、一抹の寂しさを感じていた。
平和な時代が訪れ、自分は王として、この玉座に縛られる身となった。かつてのように、仲間たちと共に、自ら現場へ赴くことは、もう許されない。

(頼んだぞ、ダリウス)
彼は、心の中で、親友に語りかけた。

調査団の派遣は、すぐに決定された。
ダリウスは、王国騎士団と、エルザが所属する魔法師団から、最も腕利きの者たちを選抜し、数日後にはフリューゲルへと出発する手筈となった。



その夜。
王妃の私室で、私はアルフレッドから、その話を聞かされていた。

「フリューゲルで、事件……」

その言葉に、私の胸が、小さくざわめいた。
理由のない、不安。
あの街には、何か、良くないものがいる。私の魂が、そう警告しているような気がした。

「心配することはないよ、リディア」
アルフレッドは、私の不安を和らげるように、優しく微笑んだ。「ダリウスが行くんだ。彼と、王国最高の精鋭たちがいれば、どんな事件も解決できないはずがない」

彼の言葉は、理性的には正しかった。
しかし、私の胸のざわめきは、消えなかった。

「私も、行きます」
私は、思わず口にしていた。

その言葉に、アルフレッドは驚いたように目を見開いた。
「リディア? 何を言っているんだい。君は、この国の王妃だ。危険な場所に、君を行かせるわけには……」

「いいえ」
私は、彼の言葉を遮った。その瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。
「王妃であるからこそ、行かなければならないのです。フリューゲルは、人間と魔族が共存する街。そこで起きている事件ならば、人間だけの視点では、見えないものがあるかもしれない。元・魔族である私がいることで、助けになることが、きっとあるはずです」

それは、建前だった。
本当の理由は、この胸騒ぎの正体を、自分の目で確かめたいという、強い衝動。
そして、仲間たちが危険な場所へ行くのに、自分だけが安全な場所にいることへの、耐え難いもどかしさ。

「ですが……!」
アルフレッドが、なおも反論しようとする。
私は、彼の手に、そっと自分の手を重ねた。

「お願い、アルフレッド」
私は、懇願した。「私を、ただ守られるだけのお姫様にしないで。私は、あなたの隣に立ち、あなたと共に、この国を、そしてこの世界を、支えていきたいの。それは、私が王妃になると決めた時からの、覚悟です」

その赤い瞳に宿る、揺るぎない決意の光。
それは、かつて戦場で、彼の心を奪った、あの気高い光と同じだった。
アルフレッドは、もう何も言えなかった。

彼は、深いため息をつくと、降参したように、小さく笑った。
「……分かったよ。君が、そこまで言うのなら。君の覚悟を、僕が疑うわけにはいかないな」

彼は、一つの条件を出した。
決して、一人では行動しないこと。常に、ダリウスやエルザと共に行動し、その護衛を離れないこと。

私は、その条件を飲み、ダリウス率いる調査団に、王妃として、そして魔族の専門家として、同行することが正式に決定した。



数日後。
調査団が出発する日の朝。
王城の門前で、アルフレッドは、旅装に身を包んだ私と、仲間たちを見送っていた。

「ダリウス、エルザ。リディアを、頼んだぞ」
「御意」
「お任せくださいませ、陛下」

仲間たちとの、短い、しかし信頼に満ちた会話。

最後に、アルフレッドは私の前に立った。
人目も憚らず、彼は私を優しく抱きしめた。

「……気をつけて、行くんだよ」
彼の声が、心配に震えていた。

「ええ。大丈夫よ、あなた」
私は、彼の背中に腕を回し、その不安を和らげるように、優しく叩いた。「すぐに、戻ってくるわ。だから、あなたも、この城をしっかり守っていてね」

私たちは、名残惜しく体を離した。
私が馬車に乗り込む、その直前。
彼は、私の耳元で、そっと囁いた。

「もし、万が一のことがあれば……これを」

彼は、私の手に、小さな、白銀の羽を模したブローチを握らせた。
「僕の聖なる力を込めた、通信機であり、転移の標だ。危険が迫ったら、迷わずそれを使うんだ。僕が、すぐに君の元へ駆けつけるから」

その温かい心遣いに、私の胸が熱くなった。
「……ありがとう」

私は、彼にもらったブローチを、胸の奥にしまい込むと、馬車へと乗り込んだ。

調査団が、ゆっくりと王都を出発していく。
遠ざかる城門の上で、いつまでも見送りを続ける、アルフレッドの姿が見えた。

行ってきます、あなた。
私の、愛しい光。

私は、心の中でそう呟くと、これから向かうフリューゲルの街へと、意識を集中させた。
胸騒ぎは、まだ消えない。
しかし、今の私には、守ってくれる仲間がいる。そして、遠く離れていても、心を繋いでくれる、愛する人がいる。
何も、怖くはない。

しかし、その時の私は、まだ気づいていなかった。
アルフレッドが私に渡してくれた、あの白銀の羽。
それが、やがて彼の命そのものを危険に晒す、悲劇の引き金になる可能性を。

そして、私たちがこれから直面する闇が、魔王ザルディアスさえも駒の一つに過ぎなかった、もっと巨大で、冒涜的な混沌の一部であったことを。

馬車は、何も知らずに、ただひたすらに、忍び寄る影が待つ、運命の街へと向かって、走り続けていた。
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