私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第71話 調査団フリューゲルへ

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王都を出発して数日後、私たちを乗せた馬車は、ようやく目的地の交流都市フリューゲルに到着した。
城壁に囲まれた王都とは違い、この街には明確な入り口がない。様々な道が自然に合流し一つの巨大な都市を形成している。その雑多な有り様こそが、この街の成り立ちを物語っていた。

馬車を降りると、むわりとした熱気と多種多様なスパイスの匂いが鼻を突いた。行き交う人々も人間、魔族、獣人、ドワーフと様々だ。誰もが己の目的のために動き、街全体が巨大な生き物のように絶えず脈動している。表向きは、活気に満ちた平和な街そのものだった。

「……しかし、どこか違和感がありますわね」
馬車の隣で、エルザが眉をひそめて呟いた。彼女の言う通りだった。人々の笑顔の裏にどこか張り詰めたような見えない不安の影が落ちている。すれ違う者たちの会話に耳を澄ませば、「また消えたらしい」「夜道は危ない」といった不穏な単語が囁き声となって聞こえてくる。

「まずは衛兵隊の詰所へ向かうおう」
調査団の指揮官であるダリウスが、冷静に指示を出す。「現状を直接聞くのが一番早い」

フリューゲルの衛兵隊詰所は街の中心広場に面した、一際頑丈な石造りの建物だった。私たちが王国からの調査団であることを告げると、中から現れたのは立派な髭をたくわえた屈強なドワーフの男だった。彼がこの街の衛兵隊長らしい。

「おお! よくぞお越しくださった、ダリウス殿! そして……王妃様まで、直々に……!」
隊長は私の姿を認めると驚きに目を見開き、慌てて屈強な体を折り曲げて敬意を示した。

「面を上げてください、隊長」
私が穏やかに言うと、彼は安堵したように息を吐いた。「早速ですが事件について、詳しくお聞かせいただけますか」

詰所の一室に通された私たちは、隊長から事件の概要を聞かされた。
彼の語る内容は書状で読んだものよりも、さらに深刻だった。失踪者の数は報告されているよりも遥かに多く、その手口は奇怪極まるものだった。争った形跡も血痕も何一つ残っていない。まるで人間が蒸発したかのように、忽然と姿を消すのだという。

「……まるで魂だけを抜き取られたかのようだ、と。街の古老はそう言っておりました」
隊長は苦々しい表情で付け加えた。

魂だけを抜き取る。その言葉に、私の胸が嫌な音を立ててざわめいた。

情報収集を終え、私たちは宿舎として与えられた建物で作戦会議を開いた。
「手分けして調査しましょう」
エルザが地図を広げながら提案した。「私と魔術師団の者たちは、街全体の魔力の流れを調査します。この不可解な事件、何らかの魔法的な要因が絡んでいる可能性が高いですわ」

「うむ」と、ダリウスが頷く。「俺と騎士団の者たちは衛兵隊と協力し、失踪現場の再調査と目撃者がいないかの聞き込みを徹底的に行う。何か物理的な痕跡が残っているかもしれん」

「では、私は……」
私が口を開くと、二人の視線が私に集中した。

「リディア様には宿舎にて待機していただくのが最も安全かと」
ダリウスの言葉は私を気遣ってのものだと分かっていた。しかし私は静かに首を振る。

「いいえ。私も調査に出ます。特に魔族が多く住む地区の聞き込みは、私が行うのが一番でしょう。彼らも元・四天王の私相手なら、少しは口を開きやすいかもしれないわ」

私の決意の固い瞳を見て、ダリウスはしばらく逡巡したがやがて折れた。
「……分かりました。ただし必ず俺かエルザ、そして護衛の騎士を複数名連れて行動してください。決して単独では動かれぬよう」

「ええ、約束するわ」

その日の午後から私たちはそれぞれの調査を開始した。
私はダリウスと数名の騎士と共に、街の裏通りを中心に情報を集めて回った。しかし得られたものは曖昧な噂話ばかり。誰も決定的な何かを見た者はいなかった。ただ誰もが口を揃えて言うのは、「夜の路地裏には近づかない方がいい」ということだけ。

夕刻、宿舎に戻った私を待っていたのは深刻な顔をしたエルザだった。
「……見つけましたわ。やはりこの街はおかしい」
彼女が広げた魔力分布図には、街のいくつかの地点が赤い印で示されていた。

「この赤い印の場所で、極めて異質で不協和音のような魔力の『ノイズ』が観測されています。レヴィ殿が懸念されていたものと同一の波形です。そしてそのノイズは、失踪事件が多発している地区と完全に一致しています」

「ノイズの発生源は?」
ダリウスが尋ねる。

「それが、分からないのです」
エルザは悔しげに唇を噛んだ。「発生源がこの次元に存在しないかのような……そんな、ありえない観測結果が出ています」

その時、私がその地図を覗き込むと、ノイズの発生地点からぞわりとした悪寒が背筋を駆け上った。それはただの魔力ではない。生き物の魂が持つ根源的な部分を直接揺さぶるような、生理的な嫌悪感を伴う冒涜的な気配だった。

「……この気配、知っている」
私は無意識に呟いていた。「魔王様が作り出したどんな凶悪な魔物とも違う。もっと……異質な……」

その夜。
私たちはエルザが示した『ノイズ』の発生地点の一つ、街の最も古い地区である「煤闇地区」の夜間調査を決行した。
狭く入り組んだ路地、崩れかけた建物。月明かりさえ届かないその場所は、まるで街に見捨てられたかのように静まり返っていた。

「……何か、来る」
先頭を進んでいたダリウスが足を止めて低く呟いた。
闇の奥から、ふらりと一つの人影が現れた。それは数日前に失踪したと報告があった魔族の若者だった。

「おい、無事だったのか!」
騎士の一人が安堵の声を上げる。
しかし私は叫んだ。
「待って! 近寄らないで!」

その若者の様子が明らかにおかしかった。
その足取りはまるで操り人形のように覚束なく、顔には何の表情も浮かんでいない。そして、その瞳。光を失い、ただ虚ろに闇の奥を見つめている。
魂が、ない。

「……おいで」
若者が囁いた。それは、かつて彼が持っていたはずの声ではなかった。複数の声が重なり合ったかのような不気味な響き。
「こっちへ……おいで……」

彼は私たちを誘うかのようにゆっくりと闇の中へと後ずさっていく。
それはあまりにも分かりやすい罠だった。
しかし私たちはその罠に乗るしかなかった。あれが失踪者たちの成れの果てなのだとしたら、その先に事件の核心があるに違いない。

私たちは互いに視線を交わし合うと覚悟を決めて若者の後を追った。
彼が消えていったのは古びた下水道へと続く暗い入り口だった。

中へと足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
鼻を突く悪臭と、そして今までとは比較にならないほどの濃密な邪気。私の魂が危険信号を激しく鳴らしている。

その時、闇の奥で無数の赤い光が一斉に灯った。
それは獣の目ではない。
蠢く肉塊に無理やり埋め込まれたかのような、冒涜的な光。

ズル……ズルリ……
壁を、天井を、床を、黒い粘液質の何かが覆い尽くしていく。
そしてその中心部から悪夢そのものを具現化したかのような異形の怪物が、その姿を現した。

「……ひっ」
若い騎士の一人が恐怖に息を呑んだ。

「総員、構え!」
ダリウスの号令が響く。

私は恐怖に震える体を叱咤し、両手に炎を灯した。王妃としてではなく、一人の戦士として。

「煉獄の炎よ!」
私はかつての力を呼び覚まし、炎の奔流を怪物へと叩きつけた。この世界の理に属する魔物ならば、この一撃で炭化するはず。

しかし、信じられない光景が私の目の前で広がった。
怪物は私の炎を、まるでご馳走でも食べるかのようにその体へと吸収し始めたのだ。
そして炎を吸収した分だけ、その体をさらに大きく、さらに冒涜的に膨張させていく。

「な……!?」
私は絶句した。
私の力が通じない? それどころか敵を強くしている?

「リディア様、いけません!」
エルザの悲痛な叫びが私の耳に届いた。

「そいつ……私たちの魔力を、喰ってる……!?」

その絶望的な事実を突きつけられた瞬間、膨れ上がった怪物が甲高い耳障りな咆哮を上げ、私たちに襲いかかってきた。
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