私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第80話 王の剣、賢者の盾

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魔族領国境は地獄と化していた。
空はアビス・ウォーカーが発する瘴気によって不気味な紫色に染まっている。大地には力尽きた魔族の兵士たちが横たわり、その亡骸さえもが侵食者たちの糧となっていた。

その絶望的な戦場の中心で、レヴィはたった一人最後の抵抗を続けていた。
彼の周囲には彼が編み出した精緻な防御結界が幾重にも張られている。しかしその結界も魔力を喰らう無数の触手の前に風前の灯火だった。

「……ここまで、か」

結界についに亀裂が入った。
レヴィは自嘲の笑みを浮かべた。
知略の限りを尽くした。しかし絶対的な力の暴力の前にはそれも無意味だった。
彼は静かに目を閉じた。せめて己の最期は美しくありたい。

その時だった。

天が割れた。
紫色の瘴気の空を一本の純白の光の矢が貫いたのだ。
その光はまるで太陽そのものが降ってきたかのように、戦場全体の闇を一瞬で払拭した。

光に焼かれたアビス・ウォーカーたちが甲高い悲鳴を上げる。
レヴィを囲んでいた包囲網に大きな穴が開いた。

光が降り注いだ中心に一人の男が舞い降りる。
純白の鎧を身に纏い、その手には世界で最も気高い輝きを放つ聖剣が握られていた。

「……遅いじゃないか、勇者王殿」

レヴィは薄目を開けてその光景を見上げた。
その口元にはいつものような不敵な笑みが戻っていた。

「待たせたな、レヴィ」
アルフレッドは振り返ることなく静かに言った。「ここからは僕が引き受ける」

彼の全身から放たれる聖なるオーラは王城にいた時とは比較にならないほど力強く、そして研ぎ澄まされていた。戦場こそが彼の魂が最も輝く場所なのだ。

「フン……。一人でこの数を相手にするつもりか? さすがの君でも無謀というものだ」

「一人じゃないさ」
アルフレッドは微笑んだ。

彼の言葉に応えるかのように戦場の後方から鬨の声が上がった。
見ればアルフレッドの後を追い、王国騎士団の精鋭部隊が竜騎士にまたがり空から駆けつけてきていたのだ。その先頭には片腕を吊りながらも闘志に満ちた瞳で剣を構えるダリウスの姿があった。

「陛下! お待たせいたしました!」
「我ら陛下の剣となり、この地を切り開かん!」

さらに地上からも魔術師団を率いたエルザが転移魔法で駆けつけていた。
「全く、王様自らが最前線とは。私たち部下の顔が立ちませんわ!」

国王が自ら最前線へ。
その報は光の同盟に参加した全ての者たちの心を熱く揺さぶっていた。
疑心暗鬼に陥っていた彼らの心にアルフレッドの行動が、一つの確かな道を示したのだ。
『我らの王は我々と共にある』と。

「……なるほど。これが君の言う『王の戦い方』か」
レヴィは感心したように呟いた。「実に君らしいやり方だ」

「行くぞ!」
アルフレッドの号令が戦場に響き渡った。

それはもはや一方的な蹂躙ではなかった。
人間と魔族、光の同盟の初めての共同戦線。
その反撃が今、始まったのだ。

アルフレッドは光の化身となって敵陣の最も深い場所へと斬り込んでいく。
彼の聖剣の一閃はアビス・ウォーカーの異質な肉体をその理ごと浄化していく。聖剣の光を喰らおうとする個体もその許容量を超えた絶対的な光の奔流の前に、内側から破裂し消滅した。

そのアルフレッドが切り開いた道をダリウス率いる竜騎士団が空から援護する。
彼らの槍は物理攻撃に特化しており、魔力を喰らう敵に対して有効なダメージを与えた。

エルザの魔術師団は直接的な攻撃魔法ではなく、地形を変動させたり幻術で敵を攪乱したりと戦場のコントロールに徹した。

そしてレヴィ。
彼はアルフレッドの隣に立ち、その卓越した頭脳で戦況の全てを読み解いていた。
「右翼の群れが薄い! ダリウス、そちらへ回り込め!」
「エルザ! 敵の増援ルートを岩盤で塞げ!」
「勇者王! 中心の大型個体は再生能力が高い! 核を破壊した後、君の浄化の光で完全に消滅させろ!」

アルフレッドが比類なき「王の剣」ならば。
レヴィはその剣を最も効果的に振るうための「賢者の盾」であり、「軍師の頭脳」だった。

光と闇。人間と魔族。
かつて敵として刃を交えた二人の天才が今、背中を合わせ一つの目的のために戦っている。
その光景は戦場にいる全ての兵士たちの胸を熱く打った。
これこそが自分たちが目指すべき新しい時代の戦い方なのだと。

激しい戦いの末、あれほど絶望的だった戦況は少しずつ、しかし確実に覆されていった。
アビス・ウォーカーの群れはその数を減らし、統率を失い始めていた。

「……あと一息だ!」
アルフレッドが叫んだ。

しかしその時だった。
戦場の中心でひときわ巨大な個体がその体を不気味に脈動させ始めた。
そしてその体から今までとは比較にならないほどの強大な「ノイズ」を放ち始める。

「まずい!」
レヴィが叫んだ。「奴め、自爆する気だ! この一帯の空間ごと道連れにするつもりだぞ!」

その自爆エネルギーはアルフレッドの聖剣ですら防ぎきれるかどうか分からないほどの規模だった。
誰もが死を覚悟した。

その絶望的な瞬間。
アルフレッドの胸元で白銀の羽のブローチが温かい光を放った。
そして彼の頭の中に直接、愛しい人の声が響き渡った。

『――アルフレッド! 聞こえる!?』

リディアの声だ。

『今、私の研究がようやく形になったわ! あなたの聖剣の力と私の『魂の毒』の理論を遠隔で共鳴させる! それで奴の自爆エネルギーを内側から汚染できるはず!』

「リディア……! だがそんなことをすれば君の魂にどれほどの負担が……!」

『黙って! あなたを死なせるわけにはいかないのよ!』
その声は王妃ではなく、かつての煉獄の魔女を彷彿とさせる気高く力強い響きを持っていた。

『信じて! 私たちの力を!』

アルフレッドは一瞬だけ躊躇した。
しかしすぐに彼は笑った。
「……ああ、信じているさ。いつだってな!」

彼は聖剣を天に掲げた。
王城の地下書庫ではリディアが魔導書の上に両手をかざし、その魂の全てを術式に注ぎ込んでいた。

二つの場所で二つの魂が完全に一つになった。
アルフレッドの聖剣から白と黒が混じり合った禍々しくも美しい光の奔流が放たれる。
それは自爆しようとするアビス・ウォーカーの中心核を正確に貫いた。

怪物の体が痙攣する。
暴走しようとしていたエネルギーが内側から毒に侵され、行き場を失って自らの体を蝕んでいく。

そして。
音もなく。
巨大な怪物は光の粒子となって静かに消滅した。

戦場に再び静寂が戻る。
後に残されたのは勝利の雄叫びを上げる人間と魔族の兵士たちの姿だった。

光の同盟の初陣。
それは多くの犠牲を出しながらも確かな勝利でその幕を閉じた。
そしてその勝利は王の剣と賢者の盾、そして王妃の愛、その三つが揃って初めて成し得た奇跡だった。

アルフレッドは聖剣を握りしめ、遥か王都の空を見上げた。
(ありがとう、リディア。君はやっぱり僕の最高の……)

その言葉は声にはならなかった。
しかしその想いはきっと彼女の元へと届いているはずだと彼は確信していた。
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