私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第81話 束の間の勝利、そして

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魔族領国境での勝利。
それは「光の同盟」にとって、ただの初陣の勝利以上の意味を持っていた。
人間と魔族が手を取り合い共通の敵を打ち破る。その成功体験はまだ疑心暗鬼の中にあった同盟軍の兵士たちの心に、確かな絆と未来への希望を芽生えさせたのだ。

アルフレッドのリーダーシップとレヴィの卓越した戦術眼。そして遠く離れた王城から戦況を覆したリディアの新たなる力。
それぞれの力が噛み合った時、アビス・ウォーカーという未知の脅威にも対抗しうることが証明された。

王都に帰還したアルフレッドと仲間たちは英雄として民衆から熱狂的な歓迎を受けた。
しかし彼らの心は決して晴れやかではなかった。

作戦室に集まった同盟の幹部たちの顔は一様に硬い。
「今回の勝利は多くの偶然と、そして犠牲の上に成り立った薄氷の勝利です」
エルザが冷静に戦況を分析した。「敵は我々の戦い方を学習しました。次に現れる時はさらに強力に、そして巧妙になって現れるでしょう」

「うむ」と傷の癒えたダリウスも頷く。「何より王妃様の『魂の毒』。あれはあまりにも危険すぎる。何度も使える切り札ではない」

彼の言う通りだった。
あの戦いの後、私は再び三日三晩意識を失った。魂を直接削る術は私の命そのものを燃やすに等しい行為だったのだ。ベッドの上で報告を聞いたアルフレッドがどれほど私のことを叱り、そして心配したか言うまでもない。

「……だが、あれしか奴らに対抗する決定打がないのも事実だ」
レヴィが水晶通信の向こう側で腕を組んで言った。「問題はリディアの負担をどう軽減するかだ」

会議はそこから先へは進まなかった。
私たちは敵の正体もその目的の全容も、そしてその総数さえもまだ何も掴めていない。ただ次なる襲撃に備え防御を固めることしかできない。それはひどくもどかしい消耗戦の始まりだった。



それから数ヶ月。
世界は奇妙な平穏を保っていた。
アビス・ウォーカーの大規模な襲撃は起こらない。しかし世界各地で彼らの「侵食」は静かに、そして着実に進行していた。
人の住まない辺境の地がいつの間にか生命の存在しない不毛の地へと変わる。小さな村が一夜にして地図の上から消える。
それは大きなニュースになることのない小さな悲劇の積み重ねだった。しかしその小さな悲劇がじわじわと人々の心を蝕んでいく。

私も王妃としての務めの傍ら、エルザやレヴィと共に「魂の毒」をより安全に、そして効率的に運用するための研究を続けていた。
それは私自身の魂の構造を深く深く見つめ直す作業でもあった。
光と闇。その二つが混じり合う私の魂。それこそがこの世界の理の外側にいる敵への唯一の鍵なのだと私は理解し始めていた。

アルフレッドもまた国王として、そして同盟の最高司令官として多忙な日々を送っていた。
彼は諸国を回り、バラバラになりがちな同盟の結束を固めるために奔走していた。
夜、疲れ果てて私室に戻ってくる彼の顔には日に日に疲労の色が濃くなっていく。

「……大丈夫、あなた?」
その夜も私は書斎で山のような書類と格闘している彼の背中にそっと声をかけた。

「ああ、大丈夫だ」
彼は振り返ることなくそう答えた。しかしその声が空元気であることは私には分かっていた。

私は彼の後ろからそっとその肩を抱きしめた。
「少し休みましょう。あなたが倒れてしまったら元も子もないわ」

私の言葉に彼の肩からふっと力が抜けた。
彼は私の腕に自らの手を重ねた。
「……すまない」

その一言に彼の抱える重圧の全てが込められているような気がした。
王として、勇者として常に気高く強くあらねばならない。その仮面の下で彼もまた一人の人間として悩み、苦しんでいるのだ。

「あなたは一人じゃないわ」
私は彼の耳元で囁いた。「私がいる。イリーナたちがいる。ダリウスもエルザもレヴィでさえも。私たちはみんな、あなたと共にいる」

「……リディア」
彼は私の名を呼ぶとゆっくりとこちらを振り返った。そして私を強く強く抱きしめた。
その腕は僅かに震えていた。

私たちは言葉もなく、ただ互いの温もりを確かめ合った。
この束の間の安らぎだけが私たちを明日へと繋ぎ止める唯一の光だった。



その頃。
世界のどこか。
人間も魔族も誰も足を踏み入れない極北の氷原。
オーロラが揺らめく夜空の下で空間がまるで傷口のように裂けていた。
次元の穴。
その穴の向こう側には筆舌に尽くしがたい混沌の世界が広がっている。

その穴から一体のひときわ巨大なアビス・ウォーカーがゆっくりと姿を現した。
それは今まで現れたどの個体とも比較にならないほどの圧倒的な存在感を放っていた。
その体には無数の目が蠢いているだけではない。複数の知性を感じさせる巨大な脳が不気味に脈動していたのだ。

それはただの兵士ではない。
侵略を指揮する「司令官」クラスの個体だった。

司令官はこの世界の冷たい空気を吸い込むと、満足したかのようにその無数の目を細めた。
そしてその精神がこの世界にいる全ての下級個体へと一つの命令を発した。

『―――時は満ちた』
『これより最終段階へと移行する』
『全てのエネルギーを”女王”の覚醒のために捧げよ』

その命令を受け、世界各地に潜んでいた全てのアビス・ウォーカーが一斉に活動を開始した。
彼らはもはや隠れることをやめた。
街を襲い、村を喰らい、ただひたすらにエネルギーを収集し始める。

そしてその全てのエネルギーは一つの場所へと送られていった。
フリューゲル。
あの最初の事件が起こった交流都市の地下深く。

そこに眠るこの侵略の本当の元凶。
アビス・ウォーカーたちの母体であり女王である巨大な「何か」を目覚めさせるために。

世界はまだ気づいていなかった。
本当の絶望がすぐ足元でその産声を上げようとしていることを。
束の間の平穏は終わりを告げる。

王城の魔力観測儀が今までとは比較にならない最大級の警告を発したのはその数時間後のことだった。
それはまるで世界そのものの断末魔の悲鳴のようだった。
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