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第82話 女王覚醒
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「―――警報! 警報! フリューゲル地下の魔力反応、計測限界を突破! 急速に増大しています!」
王城の作戦室に魔術師の絶叫が響き渡った。
その声はこれまでとは全く質の違う本物の恐怖に染まっていた。
魔力観測儀が示す世界地図の上で、フリューゲルの地点だけが全てを塗り潰すかのような禍々しい深紅色に点滅している。
「何が起きている!?」
駆けつけたアルフレッドがエルザに問い詰めた。
「分かりません……! ですがこれは……これはもはや一個体のエネルギー量ではない! まるで都市そのものが一つの巨大な生命体になろうとしているかのようですわ!」
エルザの顔からも血の気が引いていた。
その時、水晶通信機が次々と緊急の報を告げ始めた。
「魔族領より緊急連絡! 各地の防衛線が突如として活性化したアビス・ウォーカーの総攻撃を受けています!」
「ドワーフ領からです! 鉄の都が完全に包囲されたと!」
「エルフの森が……燃えています!」
世界中で同時にアビス・ウォーカーたちが総攻撃を開始したのだ。
それは陽動だった。
光の同盟の戦力を各地に分散させ、釘付けにするための。
その全てはフリューゲルでこれから起ころうとしている”何か”のための時間稼ぎ。
「……罠か」
アルフレッドは歯噛みした。
敵は我々がフリューゲルに戦力を集中できないよう、周到に準備を進めていたのだ。
ゴゴゴゴゴ……!
その時、王城そのものが大きく揺れた。
それは遠く離れたフリューゲルで起きている地殻変動の余波だった。
フリューゲルの街は地獄絵図と化していた。
地面がまるで生き物のように脈動し、巨大な亀裂が走る。建物は次々と倒壊し、人々は逃げ惑い悲鳴を上げていた。
そして街の中心部。かつて下水道の入り口があった場所が巨大な陥没穴と化し、その底から言葉では形容しがたい冒涜的な”何か”が、ゆっくりとその姿を現し始めていた。
それは肉塊だった。
都市の地下構造物全てを飲み込み融合したかのような、山のように巨大な脈動する肉塊。
その表面には無数の目と苦悶の表情を浮かべた人間の顔が無数に浮かび上がっている。それは今まで奴らが喰らってきた全ての魂の成れの果てだった。
そしてその肉塊の頂点。
まるで毒々しい花弁が開くかのように肉が裂け、その中から一体の存在が姿を現した。
それは人型の女性の姿をしていた。
しかしその肌は病的なまでに青白く、髪は生きた蛇のように蠢いている。その瞳は宇宙の深淵そのものを覗き込むかのような絶対的な虚無を湛えていた。
その体からはこの世界の理を、存在そのものを否定するような圧倒的なプレッシャーが放たれている。
アビス・ウォーカーたちの母体にして頂点。
『女王』。
女王がゆっくりと目を開いた。
そしてか細く、しかし世界中に響き渡るかのような精神的な波動を発した。
『―――空腹』
ただ一言。
その一言が引き金となった。
彼女の足元に広がる巨大な肉塊が一斉に活動を開始した。無数の触手が天に向かって伸び、フリューゲルの空を覆い尽くしていく。
そしてその触手はこの世界に存在するあらゆるエネルギーを無差別に喰らい始めた。
大気中の魔力、太陽の光、地熱、そして逃げ惑う人々の生命力そのものまで。
フリューゲルを中心に世界のエネルギーが急速に失われていくのが、魔力観測儀を通して手に取るように分かった。
「……これが奴らの本当の狙い」
作戦室で私は絶句していた。
奴らはこの世界そのものを喰らい尽くすつもりなのだ。女王という究極の捕食者を満腹にさせるためだけに。
「陛下! ご決断を!」
宰相がアルフレッドに迫った。「このままでは世界が……!」
アルフレッドは固く目を閉じていた。
その脳裏で無数の選択肢が高速で交錯する。
各地の防衛線に援軍を送るか。
いや、それでは間に合わない。全ての元凶はフリューゲルにいるあの女王だ。
奴を叩かなければこの侵食は止まらない。
しかしフリューゲルに向かえる戦力は限られている。
王都の守りを空にはできない。
ダリウスはまだ万全ではない。
私とエルザは後方支援の要。
行けるのは彼一人しかいなかった。
それはあまりにも無謀で孤独な戦い。
「……リディア」
アルフレッドが目を開け、私の名を呼んだ。
その瞳には悲壮な、しかし揺るぎない覚悟が宿っていた。
「僕は行く。フリューゲルへ」
「あなた一人で……!?」
「ああ」
彼は頷いた。「僕にしかできない。僕の聖剣だけがあの女王に届く可能性がある。これは勇者として僕に与えられた最後の使命だ」
行かないで、とは言えなかった。
彼の決断がこの絶望的な状況下で唯一残された希望の道であると私も理解していたからだ。
彼は私の両肩にそっと手を置いた。
「僕が女王を食い止めている間に、君たちにはやってもらいたいことがある」
彼は私とエルザ、そして水晶通信機で繋がっているレヴィに最後の作戦を告げた。
それはあまりにも大胆で、そして成功する確率の極めて低い起死回生の策だった。
「……正気ですの?」
エルザがその作戦内容に絶句した。
「正気ではないかもしれないな」
アルフレッドは自嘲するように笑った。「だがこれしか道はない。僕たちの、世界の、未来を君たちに託す」
彼は私を強く抱きしめた。
それは言葉のない別れの抱擁だった。
「愛しているよ、リディア。いつまでも」
「私も……私も愛しています、アルフレッド」
彼は私の額に最後の口づけを落とすと、迷いのない足取りで作戦室を出て行った。
その後ろ姿は死地へと向かう孤高の英雄そのものだった。
一人フリューゲルへと向かう光の勇者。
そして残された者たちに託された最後の希望。
世界の存亡を賭けた本当の最終決戦が今、始まろうとしていた。
それは奇跡を信じる者たちだけが挑むことを許された、あまりにも過酷な戦いだった。
王城の作戦室に魔術師の絶叫が響き渡った。
その声はこれまでとは全く質の違う本物の恐怖に染まっていた。
魔力観測儀が示す世界地図の上で、フリューゲルの地点だけが全てを塗り潰すかのような禍々しい深紅色に点滅している。
「何が起きている!?」
駆けつけたアルフレッドがエルザに問い詰めた。
「分かりません……! ですがこれは……これはもはや一個体のエネルギー量ではない! まるで都市そのものが一つの巨大な生命体になろうとしているかのようですわ!」
エルザの顔からも血の気が引いていた。
その時、水晶通信機が次々と緊急の報を告げ始めた。
「魔族領より緊急連絡! 各地の防衛線が突如として活性化したアビス・ウォーカーの総攻撃を受けています!」
「ドワーフ領からです! 鉄の都が完全に包囲されたと!」
「エルフの森が……燃えています!」
世界中で同時にアビス・ウォーカーたちが総攻撃を開始したのだ。
それは陽動だった。
光の同盟の戦力を各地に分散させ、釘付けにするための。
その全てはフリューゲルでこれから起ころうとしている”何か”のための時間稼ぎ。
「……罠か」
アルフレッドは歯噛みした。
敵は我々がフリューゲルに戦力を集中できないよう、周到に準備を進めていたのだ。
ゴゴゴゴゴ……!
その時、王城そのものが大きく揺れた。
それは遠く離れたフリューゲルで起きている地殻変動の余波だった。
フリューゲルの街は地獄絵図と化していた。
地面がまるで生き物のように脈動し、巨大な亀裂が走る。建物は次々と倒壊し、人々は逃げ惑い悲鳴を上げていた。
そして街の中心部。かつて下水道の入り口があった場所が巨大な陥没穴と化し、その底から言葉では形容しがたい冒涜的な”何か”が、ゆっくりとその姿を現し始めていた。
それは肉塊だった。
都市の地下構造物全てを飲み込み融合したかのような、山のように巨大な脈動する肉塊。
その表面には無数の目と苦悶の表情を浮かべた人間の顔が無数に浮かび上がっている。それは今まで奴らが喰らってきた全ての魂の成れの果てだった。
そしてその肉塊の頂点。
まるで毒々しい花弁が開くかのように肉が裂け、その中から一体の存在が姿を現した。
それは人型の女性の姿をしていた。
しかしその肌は病的なまでに青白く、髪は生きた蛇のように蠢いている。その瞳は宇宙の深淵そのものを覗き込むかのような絶対的な虚無を湛えていた。
その体からはこの世界の理を、存在そのものを否定するような圧倒的なプレッシャーが放たれている。
アビス・ウォーカーたちの母体にして頂点。
『女王』。
女王がゆっくりと目を開いた。
そしてか細く、しかし世界中に響き渡るかのような精神的な波動を発した。
『―――空腹』
ただ一言。
その一言が引き金となった。
彼女の足元に広がる巨大な肉塊が一斉に活動を開始した。無数の触手が天に向かって伸び、フリューゲルの空を覆い尽くしていく。
そしてその触手はこの世界に存在するあらゆるエネルギーを無差別に喰らい始めた。
大気中の魔力、太陽の光、地熱、そして逃げ惑う人々の生命力そのものまで。
フリューゲルを中心に世界のエネルギーが急速に失われていくのが、魔力観測儀を通して手に取るように分かった。
「……これが奴らの本当の狙い」
作戦室で私は絶句していた。
奴らはこの世界そのものを喰らい尽くすつもりなのだ。女王という究極の捕食者を満腹にさせるためだけに。
「陛下! ご決断を!」
宰相がアルフレッドに迫った。「このままでは世界が……!」
アルフレッドは固く目を閉じていた。
その脳裏で無数の選択肢が高速で交錯する。
各地の防衛線に援軍を送るか。
いや、それでは間に合わない。全ての元凶はフリューゲルにいるあの女王だ。
奴を叩かなければこの侵食は止まらない。
しかしフリューゲルに向かえる戦力は限られている。
王都の守りを空にはできない。
ダリウスはまだ万全ではない。
私とエルザは後方支援の要。
行けるのは彼一人しかいなかった。
それはあまりにも無謀で孤独な戦い。
「……リディア」
アルフレッドが目を開け、私の名を呼んだ。
その瞳には悲壮な、しかし揺るぎない覚悟が宿っていた。
「僕は行く。フリューゲルへ」
「あなた一人で……!?」
「ああ」
彼は頷いた。「僕にしかできない。僕の聖剣だけがあの女王に届く可能性がある。これは勇者として僕に与えられた最後の使命だ」
行かないで、とは言えなかった。
彼の決断がこの絶望的な状況下で唯一残された希望の道であると私も理解していたからだ。
彼は私の両肩にそっと手を置いた。
「僕が女王を食い止めている間に、君たちにはやってもらいたいことがある」
彼は私とエルザ、そして水晶通信機で繋がっているレヴィに最後の作戦を告げた。
それはあまりにも大胆で、そして成功する確率の極めて低い起死回生の策だった。
「……正気ですの?」
エルザがその作戦内容に絶句した。
「正気ではないかもしれないな」
アルフレッドは自嘲するように笑った。「だがこれしか道はない。僕たちの、世界の、未来を君たちに託す」
彼は私を強く抱きしめた。
それは言葉のない別れの抱擁だった。
「愛しているよ、リディア。いつまでも」
「私も……私も愛しています、アルフレッド」
彼は私の額に最後の口づけを落とすと、迷いのない足取りで作戦室を出て行った。
その後ろ姿は死地へと向かう孤高の英雄そのものだった。
一人フリューゲルへと向かう光の勇者。
そして残された者たちに託された最後の希望。
世界の存亡を賭けた本当の最終決戦が今、始まろうとしていた。
それは奇跡を信じる者たちだけが挑むことを許された、あまりにも過酷な戦いだった。
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