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第83話 最後の希望
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アルフレッドがただ一騎、死地であるフリューゲルへと向かった後。
王城の作戦室は絶望的な静寂と、しかしその奥底で燃える悲壮な熱気に包まれていた。
「……本当にやるのですか、リディア様」
エルザが震える声で私に問いかけた。その顔からは血の気が引いている。
アルフレッドが私たちに託した最後の作戦。それは常軌を逸していた。
「ええ。やるわ」
私はきっぱりと答えた。私の瞳にはもう迷いはない。彼が命を賭して作ってくれる時間。それを一瞬たりとも無駄にはできない。
作戦内容はこうだ。
アルフレッドがフリューゲルの女王をその聖剣の力で一時的にでも食い止める。
その間に私とエルザ、そして魔族領にいるレヴィが三位一体となって超大規模な『魂の毒』の術式を構築する。
そしてその完成した術式を全世界にいるアビス・ウォーカーたちに同時に叩き込む。
それは女王という頭脳だけでなく、その手足となっている全ての個体を同時に機能不全に陥らせるという起死回生の策だった。
しかしその術式の構築は困難を極める。
それはもはや魔法というよりも世界の理そのものを書き換えるに等しい神の領域の所業。私一人では魂が焼き切れてしまう。だからこそ人間と魔族、最高の魔術師であるエルザとレヴィの補助が必要不可欠だったのだ。
「レヴィ! 聞こえているわね!」
私は水晶通信機に向かって叫んだ。
『ああ、聞こえているとも』
水晶の向こう側でレヴィが不敵な笑みを浮かべていた。彼の背後では魔族の魔術師たちが巨大な魔法陣の準備を急いでいる。『全く、君の旦那様はとんでもない置き土産をしてくれたものだ。だが面白い。乗ってやろうじゃないか、その狂った賭けに』
「エルザ!」
『覚悟はできていますわ!』
エルザもまた王城の魔術師団を総動員し、王城の地下深くに巨大な術式の中継点を構築し始めていた。
私、エルザ、レヴィ。
三つの拠点で同時に一つの巨大な術式を練り上げる。
それは歴史上誰も試みたことのない前代未聞の大魔術だった。
私は王城の最上階にあるかつての儀式の間に向かった。
そこはアルフレッドの計らいで私のための研究室として改装されている。部屋の中央には魔導書の『魂の錬成陣』が静かにそのページを開いていた。
私はその前に座り、静かに目を閉じた。
意識を集中させる。
私の魂をエルザの魂とレヴィの魂と、そして遠く離れた戦場にいるアルフレッドの魂と繋げるために。
◇
フリューゲルの上空。
アルフレッドは竜鳥の背から眼下に広がる地獄絵図を見下ろしていた。
街はもはやその原型を留めていない。巨大な脈動する肉塊が大地を覆い尽くし、そこから伸びる無数の触手が天を覆っている。
そしてその中心に君臨する女王。
彼女はただそこにいるだけで世界の理を歪め、絶望を振りまいていた。
「……行くぞ」
アルフレッドは短く呟くと竜鳥からその身を投げ出した。
彼は光の流星となって女王へと急降下していく。
その接近を感知した女王がゆっくりと顔を上げた。その虚無の瞳が初めてアルフレッドという個を明確な「敵」として認識した。
女王の足元の肉塊から数百、数千の触手が槍の雨となってアルフレッドに殺到する。
しかし今の彼はもはやただの人間ではない。
聖剣の力を完全に解放し、その身を光そのものへと変えた神威の化身。
「邪魔だ!」
彼が聖剣を一閃すると光の衝撃波が放射状に広がり、殺到する触手の群れを薙ぎ払った。
彼はその弾幕を突き抜け、ついに女王の目前へと到達する。
「お前たちの好きにはさせない!」
聖剣が女王の喉元へと迫る。
しかし女王は動じなかった。
彼女はその青白い指先を軽く上げただけ。
それだけで彼女の前に空間そのものが盾となってアルフレッドの剣を受け止めた。
キィィィィン!
聖剣が見えない壁に阻まれ甲高い悲鳴を上げる。
『……光』
女王の唇が僅かに動いた。『美しい……喰らいたい』
空間の盾がアルフレッドを弾き飛ばす。
彼は空中で体勢を立て直したが、その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
(物理攻撃が通じない……!?)
女王は魔法を使うのではない。
彼女の存在そのものがこの世界の法則を自在に操っているのだ。
絶望的な力の差。
しかしアルフレッドはここで退くわけにはいかなかった。
彼の役目は彼女を倒すことではない。彼女をこの場に引きつけ時間を稼ぐことだ。
「ならば、これならどうだ!」
彼は戦い方を変えた。
直接的な攻撃ではなく聖剣の光を広範囲に、そして絶え間なく放ち続ける。
それは女王にとっては極上の食事であると同時に体を焼く毒でもある。
彼女はその光を喰らうためにこの場から動くことができない。
アルフレッドは自らの命を餌としてこの世界の癌細胞を一点に釘付けにしているのだ。
消耗戦。
先に限界が来るのはどちらか。
アルフレッドは歯を食いしばり聖剣を振り続けた。
その脳裏に愛しい妻の顔を、そして彼女に託した最後の希望を思い浮かべながら。
◇
「……繋がった!」
王城の儀式の間で私は目を開けた。
私の意識はエルザとレヴィ、そして遥かフリューゲルで戦うアルフレッドの魂と確かに繋がっている。
「術式構築、第一段階、開始!」
私の号令と共に三つの拠点で同時に巨大な魔法陣がその輝きを増した。
私の光と闇の力。
エルザの精密な魔力制御。
レヴィの古代魔法に関する膨大な知識。
その全てが一つに溶け合い世界の理に干渉する禁断の術式を編み上げていく。
それはまるで新しい宇宙を創造するような途方もない作業だった。
私の魂がその膨大な情報量とエネルギーの奔流に悲鳴を上げる。
(耐えろ……! アルフレッドが戦っている……!)
私は彼の魂から伝わってくる激しい消耗と、しかし決して折れない鋼の意志を感じていた。
彼が信じてくれたのだ。
ならば私はその信頼に応えなければならない。
儀式の間の床に描かれた魔法陣が白と黒の禍々しくも美しい光を放ち始める。
世界の運命を賭けた最後の希望が、今まさにこの場所で生まれようとしていた。
その光景を部屋の入り口から一人の女性が固唾を飲んで見守っていた。
聖女イリーナ。
彼女の役目はこの儀式が完成するまで何人たりともこの部屋に近づけさせないこと。
そしてもし私が暴走した時にはその手で私を止めること。
「……お願い、リディアさん」
彼女は胸の前で固く手を組んだ。「そして、アルフレッド……」
彼女の祈りが儀式の間を静かに満たしていた。
世界の存亡は今、二つの戦場で戦う愛し合う二人と、その仲間たちの最後の覚悟に託されていた。
王城の作戦室は絶望的な静寂と、しかしその奥底で燃える悲壮な熱気に包まれていた。
「……本当にやるのですか、リディア様」
エルザが震える声で私に問いかけた。その顔からは血の気が引いている。
アルフレッドが私たちに託した最後の作戦。それは常軌を逸していた。
「ええ。やるわ」
私はきっぱりと答えた。私の瞳にはもう迷いはない。彼が命を賭して作ってくれる時間。それを一瞬たりとも無駄にはできない。
作戦内容はこうだ。
アルフレッドがフリューゲルの女王をその聖剣の力で一時的にでも食い止める。
その間に私とエルザ、そして魔族領にいるレヴィが三位一体となって超大規模な『魂の毒』の術式を構築する。
そしてその完成した術式を全世界にいるアビス・ウォーカーたちに同時に叩き込む。
それは女王という頭脳だけでなく、その手足となっている全ての個体を同時に機能不全に陥らせるという起死回生の策だった。
しかしその術式の構築は困難を極める。
それはもはや魔法というよりも世界の理そのものを書き換えるに等しい神の領域の所業。私一人では魂が焼き切れてしまう。だからこそ人間と魔族、最高の魔術師であるエルザとレヴィの補助が必要不可欠だったのだ。
「レヴィ! 聞こえているわね!」
私は水晶通信機に向かって叫んだ。
『ああ、聞こえているとも』
水晶の向こう側でレヴィが不敵な笑みを浮かべていた。彼の背後では魔族の魔術師たちが巨大な魔法陣の準備を急いでいる。『全く、君の旦那様はとんでもない置き土産をしてくれたものだ。だが面白い。乗ってやろうじゃないか、その狂った賭けに』
「エルザ!」
『覚悟はできていますわ!』
エルザもまた王城の魔術師団を総動員し、王城の地下深くに巨大な術式の中継点を構築し始めていた。
私、エルザ、レヴィ。
三つの拠点で同時に一つの巨大な術式を練り上げる。
それは歴史上誰も試みたことのない前代未聞の大魔術だった。
私は王城の最上階にあるかつての儀式の間に向かった。
そこはアルフレッドの計らいで私のための研究室として改装されている。部屋の中央には魔導書の『魂の錬成陣』が静かにそのページを開いていた。
私はその前に座り、静かに目を閉じた。
意識を集中させる。
私の魂をエルザの魂とレヴィの魂と、そして遠く離れた戦場にいるアルフレッドの魂と繋げるために。
◇
フリューゲルの上空。
アルフレッドは竜鳥の背から眼下に広がる地獄絵図を見下ろしていた。
街はもはやその原型を留めていない。巨大な脈動する肉塊が大地を覆い尽くし、そこから伸びる無数の触手が天を覆っている。
そしてその中心に君臨する女王。
彼女はただそこにいるだけで世界の理を歪め、絶望を振りまいていた。
「……行くぞ」
アルフレッドは短く呟くと竜鳥からその身を投げ出した。
彼は光の流星となって女王へと急降下していく。
その接近を感知した女王がゆっくりと顔を上げた。その虚無の瞳が初めてアルフレッドという個を明確な「敵」として認識した。
女王の足元の肉塊から数百、数千の触手が槍の雨となってアルフレッドに殺到する。
しかし今の彼はもはやただの人間ではない。
聖剣の力を完全に解放し、その身を光そのものへと変えた神威の化身。
「邪魔だ!」
彼が聖剣を一閃すると光の衝撃波が放射状に広がり、殺到する触手の群れを薙ぎ払った。
彼はその弾幕を突き抜け、ついに女王の目前へと到達する。
「お前たちの好きにはさせない!」
聖剣が女王の喉元へと迫る。
しかし女王は動じなかった。
彼女はその青白い指先を軽く上げただけ。
それだけで彼女の前に空間そのものが盾となってアルフレッドの剣を受け止めた。
キィィィィン!
聖剣が見えない壁に阻まれ甲高い悲鳴を上げる。
『……光』
女王の唇が僅かに動いた。『美しい……喰らいたい』
空間の盾がアルフレッドを弾き飛ばす。
彼は空中で体勢を立て直したが、その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
(物理攻撃が通じない……!?)
女王は魔法を使うのではない。
彼女の存在そのものがこの世界の法則を自在に操っているのだ。
絶望的な力の差。
しかしアルフレッドはここで退くわけにはいかなかった。
彼の役目は彼女を倒すことではない。彼女をこの場に引きつけ時間を稼ぐことだ。
「ならば、これならどうだ!」
彼は戦い方を変えた。
直接的な攻撃ではなく聖剣の光を広範囲に、そして絶え間なく放ち続ける。
それは女王にとっては極上の食事であると同時に体を焼く毒でもある。
彼女はその光を喰らうためにこの場から動くことができない。
アルフレッドは自らの命を餌としてこの世界の癌細胞を一点に釘付けにしているのだ。
消耗戦。
先に限界が来るのはどちらか。
アルフレッドは歯を食いしばり聖剣を振り続けた。
その脳裏に愛しい妻の顔を、そして彼女に託した最後の希望を思い浮かべながら。
◇
「……繋がった!」
王城の儀式の間で私は目を開けた。
私の意識はエルザとレヴィ、そして遥かフリューゲルで戦うアルフレッドの魂と確かに繋がっている。
「術式構築、第一段階、開始!」
私の号令と共に三つの拠点で同時に巨大な魔法陣がその輝きを増した。
私の光と闇の力。
エルザの精密な魔力制御。
レヴィの古代魔法に関する膨大な知識。
その全てが一つに溶け合い世界の理に干渉する禁断の術式を編み上げていく。
それはまるで新しい宇宙を創造するような途方もない作業だった。
私の魂がその膨大な情報量とエネルギーの奔流に悲鳴を上げる。
(耐えろ……! アルフレッドが戦っている……!)
私は彼の魂から伝わってくる激しい消耗と、しかし決して折れない鋼の意志を感じていた。
彼が信じてくれたのだ。
ならば私はその信頼に応えなければならない。
儀式の間の床に描かれた魔法陣が白と黒の禍々しくも美しい光を放ち始める。
世界の運命を賭けた最後の希望が、今まさにこの場所で生まれようとしていた。
その光景を部屋の入り口から一人の女性が固唾を飲んで見守っていた。
聖女イリーナ。
彼女の役目はこの儀式が完成するまで何人たりともこの部屋に近づけさせないこと。
そしてもし私が暴走した時にはその手で私を止めること。
「……お願い、リディアさん」
彼女は胸の前で固く手を組んだ。「そして、アルフレッド……」
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