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第84話 繋がる魂、最後の賭け
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フリューゲルの空はもはや空ではなかった。
女王の周囲に渦巻く冒涜的なエネルギーが大気そのものを異次元の物質へと変容させ、見る者の正気を奪う万華鏡のような混沌を描き出していた。
その中心でアルフレッドは孤独な戦いを続けていた。
「はあっ、はあっ……!」
呼吸が荒い。
聖剣を握る腕は鉛のように重い。
全身を切り刻む無数の傷からは絶え間なく血が流れ、純白だった鎧を赤黒く染めていた。
彼は女王を倒すことなどとっくに諦めていた。
ただ時間を稼ぐ。
一秒でも長くこの世界の理の外側にいる絶対者をこの場に引きつけておく。
その一心だけで彼は限界を超えた体を動かし続けていた。
『……まだ足掻くか。矮小なる光よ』
女王の思念が直接脳内に響き渡る。それは声というよりも純粋な侮蔑の概念そのものだった。
女王が指先一つ動かさないままアルフレッドの周囲の空間を捻じ曲げた。見えない万力に全身を締め付けられ、彼の骨が軋む。
「ぐ……あああっ……!」
意識が遠のきかけた。
もう駄目か。
僕の役目はここまでか。
リディア、すまない……。
彼が膝から崩れ落ちそうになったその瞬間。
魂の奥底で繋がっていたはずの細い糸が不意に温かい光を帯びた。
『―――しっかりして、アルフレッド!』
リディアの声だ。
それは幻聴ではない。魂と魂が直接繋がっているからこそ聞こえる彼女の魂の叫び。
その声と共に彼女の温かい想いが彼の枯れ果てた心に恵みの雨のように降り注いだ。
『あなたが諦めてどうするの! あなたが私たちの最後の希望なのでしょう!』
その声にアルフレッドの瞳に再び光が宿った。
そうだ。僕は一人じゃない。
遥か遠くの王城で彼女もまた命を賭して戦っている。僕を信じて。
「……ああ」
彼は血を吐きながら笑った。「そうだったな。君が信じてくれる限り僕は倒れるわけにはいかないんだ」
彼は最後の力を振り絞り、捻じ曲げられた空間を聖剣の光でこじ開けた。
そして再び女王の前に凛として立つ。
その姿は満身創痍で痛々しいほどだったが、その魂の輝きはいかなる闇にも屈しない勇者のそれだった。
◇
王城の儀式の間。
私の意識はもはや肉体にはなかった。
それはエルザとレヴィの魂と共にこの世界の理そのものが渦巻く高次の次元へと飛翔していた。
「リディア様、気を確かに! 術式の奔流に意識を飲み込まれてはなりません!」
エルザの悲痛な声が遠くに聞こえる。
『そうだぞ、姫君! ここでしくじれば君の愛した男は本当にただの犬死にだ!』
レヴィのいつになく厳しい声が私の精神を叱咤する。
分かっている。
だがこの術式の負荷は私の想像を絶していた。
全世界の魔力の流れ、生命の息吹、因果の法則。その全てを読み解き一つの術式へと編み上げる。それは神の視点に立つことに等しい行為。
私のちっぽけな人間の(魔族の)魂が耐えられるはずもなかった。
鼻から血が流れる。視界が白く霞んでいく。
(アルフレッド……)
彼の魂の輝きが遠くで明滅しているのが見えた。彼もまた限界なのだ。
私がやらなければ。
私が彼の光を未来へと繋がなければ。
私は自らの魂をさらに燃やした。
命が削れていくのが分かった。
それでも構わない。
この命に代えてもあなたを、そしてあなたの世界を守れるのなら。
「―――見えたわ」
私の唇から呟きが漏れた。
無数の法則の奔流の中にたった一つだけ全ての根源へと繋がる黄金の糸。
それこそがこの世界に生きる全ての魂を繋ぐ因果の律。
「エルザ! レヴィ! 今よ! 全ての力をその一点に!」
私の指示に応え、二人の魂もまた最後の輝きを放った。
三つの魂が完全に一つになる。
そしてその黄金の糸を掴み取った。
その瞬間、儀式の間に描かれた巨大な魔法陣が完成した。
それは白と黒が混じり合った禍々しくも神々しいほどの光を放ち、王城の天井を突き抜け天へと昇っていった。
◇
時を同じくして王城の城門前。
ダリウスは傷ついた体を引きずりながら騎士団の先頭に立っていた。
城壁を黒い津波のように無数のアビス・ウォーカーが埋め尽くしている。
「怯むな!」
彼は片手で握った長剣を掲げ吼えた。「我らが王は今、世界の存亡を賭けて戦っておられる! 我らが王妃は、その勝利のためにその身を賭しておられる! 我々がここで退いてどうする!」
彼の魂の叫びが恐怖に怯える騎士たちの心を再び奮い立たせた。
「我らが務めはただ一つ! この城門を死守すること! 何人たりとも儀式の間へは近づけさせるな!」
その背後。
儀の間へと続く扉の前でイリーナが静かに祈りを捧げていた。
彼女の全身から放たれる聖なる光が城全体を覆う最後の結界となっている。
「……行かせません」
彼女の瞳には涙が浮かんでいた。それは恐怖からではない。仲間たちの、そして愛する人たちのあまりにも気高い覚gosuに心を打たれてのものだった。
「この祈りが尽きることはありません」
王城もまた最後の戦いを繰り広げていた。
誰もが己の役目を命を賭して果たそうとしていた。
◇
フリューゲルの上空。
アルフレッドはついに女王の放った最大級の攻撃の前に吹き飛ばされ、片膝をついた。
聖剣の輝きももはや風前の灯火。
彼の視界がゆっくりと暗転していく。
(……ここまで、か……リディア、すまない……)
彼が完全に意識を失いかけたその時。
彼の魂に直接、世界を揺がすほどの力強い声が響き渡った。
『―――いいえ、ここからよ、アルフレッド!』
ハッと顔を上げると世界の景色が一変していた。
空が白と黒の巨大なオーロラのような光で完全に覆い尽くされている。
それは王城から放たれた最後の希望。
術式が完成したのだ。
『今よ!』
リディアの、そしてエルザとレヴィ、三人の声が重なった神の宣告のような声が世界中に響き渡る。
『この世界に仇なす全ての異物(ノイズ)に魂の裁きを!』
その言葉を合図に天を覆っていた白と黒の光が無数の光の雨となって地上へと降り注ぎ始めた。
それは世界の理そのものが自らを蝕む癌細胞を排除するために流す浄化の涙だった。
アルフレッドはその神々しい光景をただ呆然と見上げていた。
そして光の雨が女王の体に降り注いだ瞬間、彼女の虚無の瞳に初めて明確な「恐怖」の色が浮かんだのを確かに見た。
女王の周囲に渦巻く冒涜的なエネルギーが大気そのものを異次元の物質へと変容させ、見る者の正気を奪う万華鏡のような混沌を描き出していた。
その中心でアルフレッドは孤独な戦いを続けていた。
「はあっ、はあっ……!」
呼吸が荒い。
聖剣を握る腕は鉛のように重い。
全身を切り刻む無数の傷からは絶え間なく血が流れ、純白だった鎧を赤黒く染めていた。
彼は女王を倒すことなどとっくに諦めていた。
ただ時間を稼ぐ。
一秒でも長くこの世界の理の外側にいる絶対者をこの場に引きつけておく。
その一心だけで彼は限界を超えた体を動かし続けていた。
『……まだ足掻くか。矮小なる光よ』
女王の思念が直接脳内に響き渡る。それは声というよりも純粋な侮蔑の概念そのものだった。
女王が指先一つ動かさないままアルフレッドの周囲の空間を捻じ曲げた。見えない万力に全身を締め付けられ、彼の骨が軋む。
「ぐ……あああっ……!」
意識が遠のきかけた。
もう駄目か。
僕の役目はここまでか。
リディア、すまない……。
彼が膝から崩れ落ちそうになったその瞬間。
魂の奥底で繋がっていたはずの細い糸が不意に温かい光を帯びた。
『―――しっかりして、アルフレッド!』
リディアの声だ。
それは幻聴ではない。魂と魂が直接繋がっているからこそ聞こえる彼女の魂の叫び。
その声と共に彼女の温かい想いが彼の枯れ果てた心に恵みの雨のように降り注いだ。
『あなたが諦めてどうするの! あなたが私たちの最後の希望なのでしょう!』
その声にアルフレッドの瞳に再び光が宿った。
そうだ。僕は一人じゃない。
遥か遠くの王城で彼女もまた命を賭して戦っている。僕を信じて。
「……ああ」
彼は血を吐きながら笑った。「そうだったな。君が信じてくれる限り僕は倒れるわけにはいかないんだ」
彼は最後の力を振り絞り、捻じ曲げられた空間を聖剣の光でこじ開けた。
そして再び女王の前に凛として立つ。
その姿は満身創痍で痛々しいほどだったが、その魂の輝きはいかなる闇にも屈しない勇者のそれだった。
◇
王城の儀式の間。
私の意識はもはや肉体にはなかった。
それはエルザとレヴィの魂と共にこの世界の理そのものが渦巻く高次の次元へと飛翔していた。
「リディア様、気を確かに! 術式の奔流に意識を飲み込まれてはなりません!」
エルザの悲痛な声が遠くに聞こえる。
『そうだぞ、姫君! ここでしくじれば君の愛した男は本当にただの犬死にだ!』
レヴィのいつになく厳しい声が私の精神を叱咤する。
分かっている。
だがこの術式の負荷は私の想像を絶していた。
全世界の魔力の流れ、生命の息吹、因果の法則。その全てを読み解き一つの術式へと編み上げる。それは神の視点に立つことに等しい行為。
私のちっぽけな人間の(魔族の)魂が耐えられるはずもなかった。
鼻から血が流れる。視界が白く霞んでいく。
(アルフレッド……)
彼の魂の輝きが遠くで明滅しているのが見えた。彼もまた限界なのだ。
私がやらなければ。
私が彼の光を未来へと繋がなければ。
私は自らの魂をさらに燃やした。
命が削れていくのが分かった。
それでも構わない。
この命に代えてもあなたを、そしてあなたの世界を守れるのなら。
「―――見えたわ」
私の唇から呟きが漏れた。
無数の法則の奔流の中にたった一つだけ全ての根源へと繋がる黄金の糸。
それこそがこの世界に生きる全ての魂を繋ぐ因果の律。
「エルザ! レヴィ! 今よ! 全ての力をその一点に!」
私の指示に応え、二人の魂もまた最後の輝きを放った。
三つの魂が完全に一つになる。
そしてその黄金の糸を掴み取った。
その瞬間、儀式の間に描かれた巨大な魔法陣が完成した。
それは白と黒が混じり合った禍々しくも神々しいほどの光を放ち、王城の天井を突き抜け天へと昇っていった。
◇
時を同じくして王城の城門前。
ダリウスは傷ついた体を引きずりながら騎士団の先頭に立っていた。
城壁を黒い津波のように無数のアビス・ウォーカーが埋め尽くしている。
「怯むな!」
彼は片手で握った長剣を掲げ吼えた。「我らが王は今、世界の存亡を賭けて戦っておられる! 我らが王妃は、その勝利のためにその身を賭しておられる! 我々がここで退いてどうする!」
彼の魂の叫びが恐怖に怯える騎士たちの心を再び奮い立たせた。
「我らが務めはただ一つ! この城門を死守すること! 何人たりとも儀式の間へは近づけさせるな!」
その背後。
儀の間へと続く扉の前でイリーナが静かに祈りを捧げていた。
彼女の全身から放たれる聖なる光が城全体を覆う最後の結界となっている。
「……行かせません」
彼女の瞳には涙が浮かんでいた。それは恐怖からではない。仲間たちの、そして愛する人たちのあまりにも気高い覚gosuに心を打たれてのものだった。
「この祈りが尽きることはありません」
王城もまた最後の戦いを繰り広げていた。
誰もが己の役目を命を賭して果たそうとしていた。
◇
フリューゲルの上空。
アルフレッドはついに女王の放った最大級の攻撃の前に吹き飛ばされ、片膝をついた。
聖剣の輝きももはや風前の灯火。
彼の視界がゆっくりと暗転していく。
(……ここまで、か……リディア、すまない……)
彼が完全に意識を失いかけたその時。
彼の魂に直接、世界を揺がすほどの力強い声が響き渡った。
『―――いいえ、ここからよ、アルフレッド!』
ハッと顔を上げると世界の景色が一変していた。
空が白と黒の巨大なオーロラのような光で完全に覆い尽くされている。
それは王城から放たれた最後の希望。
術式が完成したのだ。
『今よ!』
リディアの、そしてエルザとレヴィ、三人の声が重なった神の宣告のような声が世界中に響き渡る。
『この世界に仇なす全ての異物(ノイズ)に魂の裁きを!』
その言葉を合図に天を覆っていた白と黒の光が無数の光の雨となって地上へと降り注ぎ始めた。
それは世界の理そのものが自らを蝕む癌細胞を排除するために流す浄化の涙だった。
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