私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第87話 追悼の碑、未来への誓い

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世界を救った激戦から数週間が過ぎた。
アルフレッドの体はエルフたちの秘術によって奇跡的な回復を遂げ、私もまたイリーナの献身的な看護と、何よりも彼が傍にいてくれるという安らぎの中で、削られた魂の力を少しずつ取り戻していた。

しかし世界が回復するにはまだ長い時間が必要だった。
王城は新たな時代の舵取りを担う「光の同盟」の本部として、かつてないほどの活気と緊張感に満ちていた。連日、各国の代表者たちが集まり、世界の復興とアビス・ウォーカーの残党狩りに関する会議が続けられている。

国王として、同盟の最高司令官として、アルフレッドはその中心にいた。彼の席はもはや玉座ではなく、巨大な円卓の上座だった。朝から晩まで続く会議、膨大な報告書の決裁、そして諸国との調整。彼が眠る時間は日に日に短くなっているようだった。

私はそんな彼の身を案じながらも王妃として自分にしかできない役目を果たそうと決めていた。
それは過去を正しく弔うこと。

「……慰霊碑、ですか」
私の提案に円卓会議に参加していた宰相が訝しげな顔をした。

「ええ」私は集まった各国の代表たちを一人一人見据えながら、静かにしかし力強く言った。「今回の戦いでは多くの尊い命が失われました。人間も魔族も、そして他の種族も。彼らの犠牲がなければ今の私たちはありません。その全ての魂を種族の垣根なく等しく追悼し、その感謝と誓いを未来へと繋ぐための場所が必要だと思うのです」

私の言葉に広間は静まり返った。
まだ人々の心には憎しみの記憶が生々しく残っている。魔族と、同じ碑に? その抵抗感が広間の空気を重くしていた。

その重い空気を破ったのは魔族代表のレヴィだった。
「……賛成だ」
彼は静かに言った。「戦いに善も悪もなかった。ただそれぞれが守りたいもののために戦い、そして散っていった。その魂の気高さに種族の違いなどない」

彼の言葉が、そして何よりこの提案を真っ直ぐな瞳で支持するアルフレッドの王としての威厳が、頑なだった代表たちの心を少しずつ動かしていった。



数週間後。
かつて人間領と魔族領を隔てていた国境線。今は緩衝地帯となっている見晴らしの良い丘の上に、一つの巨大な石碑が建てられた。
黒でもなく白でもない。様々な色の石が混じり合った美しい花崗岩で作られたその碑は、多様な種族が手を取り合う新しい世界を象徴しているかのようだった。

その除幕式には多くの人々が集まった。
アルフレッドと私。傷の癒えたダリウスとエルザ、イリーナ。そしてレヴィ。
人間と魔族、双方の兵士たちも武器を持たず、ただ静かにそこに整列していた。

厳かな雰囲気の中、式典は進んでいく。
私は石碑の前に立ち、そっとその冷たい表面に触れた。
脳裏に一人の男の豪快な笑顔が蘇る。

ガレス。
あなたもここに眠っているのね。

「……柄じゃないんだがな」
いつの間にか隣に立っていたレヴィが誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。「あいつの墓は酒と喧騒に満ちた戦場のど真ん中こそが相応しいと思っていたんだが」

その声にはいつものような皮肉はなく、ただ友を偲ぶ静かな寂しさが滲んでいた。

「いいえ」
私は静かに首を振った。「彼はきっとここが気に入るわ。だってここからは私たちがこれから作る平和な世界が全部見渡せるのだから」

私の言葉にレヴィは少しだけ驚いたように目を見開いた。そしてふっと、本当に僅かだけその口元に優しい笑みを浮かべた。
「……そうか。それもそうだな」

彼は持参した上等な酒の瓶を取り出すと、その中身を石碑の根元に静かに注いだ。
「飲め、ガレス。お前の好きだった酒だ。そっちで退屈はしていないか? こちらはお前がいなくて、少しだけ静かすぎてつまらんよ」

その光景を誰もが静かに見守っていた。
憎しみ合った過去が今、一つの友情の記憶として確かに未来へと繋がった瞬間だった。

式典が終わり、人々が丘を下りていく。
私はアルフレッドと二人きりで夕日に染まる慰霊碑の前に残っていた。

「……ごめんなさい」
私がぽつりと謝った。

「どうして君が謝るんだ?」
アルフレッドが不思議そうに尋ねる。

「だってガレスは私のせいで……」
こみ上げてくる罪悪感に声が震える。

その私の言葉をアルフレッドは優しく、しかし力強く遮った。
彼は私の両肩を掴むと、その瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

「違うよ、リディア。彼は君のせいじゃない。君のために死んだんだ。彼自身の誇り高い意志でね。その覚悟を君が悲しみで曇らせてはいけない」
彼の言葉はイリーナが言ってくれた言葉と同じだった。しかし彼が言うとそれは絶対的な真実として私の心に染み渡っていく。

「僕たちは悲しんでいるだけではいけないんだ」
彼は夕日に染まる空を見上げた。「きっと今頃彼は空の上で豪快に笑っているさ。『いつまでもメソメソしてんじゃねえ! 俺の守った未来はそんな涙で濡らすためにあるんじゃねえぞ!』ってね」

その言葉はあまりにも彼らしくて。
私の口から思わずふっと笑みが漏れた。
涙で濡れた、でも確かな笑顔だった。

「……そうね。本当に聞こえてきそうだわ」

そうだ。泣いていてはいけない。
彼が命を賭して繋いでくれたこの未来を。
私たちは笑顔で歩んでいかなければ。

アルフレッドはそんな私の顔を見て満足そうに頷くと、私の手を固く握った。
「さあ、帰ろう。リディア。私たちの城へ。やるべきことはまだ山のようにあるんだから」

「ええ」
私は力強く頷き返した。

私たちは慰霊碑にもう一度だけ深く頭を下げると、それに背を向け未来へと続く道を歩き出した。
石碑にはアルフレッドの直筆でこう刻まれている。

『種族を越え、未来のために戦った全ての魂に、永遠の安らぎと感謝を』

多くの悲しみと犠牲の上に私たちの平和は成り立っている。
そのことを決して忘れない。
そしてその尊い犠牲に胸を張れる未来を必ずこの手で創り上げていく。

夕日に照らされた二人の影は固く固く結ばれ、一つの大きな影となって丘の上に長く伸びていた。
それは多くの悲しみを乗り越えた彼らが以前よりもずっと強く、そして優しくなったことの確かな証だった。
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