私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

文字の大きさ
88 / 100

第88話 平和の陰で蠢くもの

しおりを挟む
慰霊碑の建立から、さらに数年が過ぎた。
世界は驚くべき速度で復興と融和の道を歩んでいた。
光の同盟はもはや一時的な軍事同盟ではなく、種族を超えた恒久的な国際機関「世界連合」へとその姿を変えようとしていた。その中心にはもちろん国王アルフレッドと、彼を支える私、王妃リディアがいた。

人間と魔族の間に子供が生まれることも、もはや珍しいことではなくなった。
かつての戦いの記憶は少しずつ歴史となり、人々は未来へと目を向け始めていた。
世界は誰もが夢見た理想の平和を手に入れたかに見えた。

しかし、光が強ければその影もまた濃くなる。

その日、王城の最深部にある光の同盟の情報分析室。
室長となったエルザは、世界各地から集められた膨大な情報を前に、眉間に深い皺を寄せていた。

「……まただわ」
彼女は一つの報告書を手に取り、独り言のように呟いた。

それは世界の辺境、どこの国にも属さない無法地帯からの些細な報告だった。
旅の一団が忽然と姿を消した。家畜が一夜にして全ていなくなった。
アビス・ウォーカーとの大戦以来、散発的に報告される原因不明の失踪事件。そのどれもが小規模で、明確な証拠も残されていない。
しかし、その発生頻度はここ数ヶ月で明らかに増加していた。

「エルザ。何か気になることでも?」
部屋に入ってきたのは聖女イリーナだった。彼女は同盟の医療部門と孤児院の運営を統括する重要な役職に就いている。

「ええ……」
エルザは地図の上に失踪事件の発生地点を赤い点で記していった。「この点の分布を見てください、イリーナ様。一見バラバラに見える。でも……」

彼女はいくつかの点を線で結んだ。
すると、そこに一つの巨大な、そして歪な幾何学模様が浮かび上がった。

「……魔法陣?」
イリーナが息を呑んだ。

「その可能性が高いですわ」
エルザの声には緊張が滲んでいた。「何者かが意図的に、この世界の特定の『龍脈』の上で魂を収集している。まるで何か巨大な術式を、世界規模でゆっくりと起動させているかのように」

「アビス・ウォーカーの残党……?」

「分かりません」
エルザは首を振った。「ですが、奴らの女王は陛下が倒したはず。これほどの知性と計画性を持つ個体がまだ残っているとは考えにくい。あるいは……」

彼女は最も考えたくない最悪の可能性を口にした。
「……私たちの知らない『何か』が」

その頃、魔族領の首都。
新たな魔王として民を賢明に導いていたレヴィもまた、同じ結論に達していた。

「……侵食は終わっていなかったか」
彼は自室の魔法観測儀が示す世界の魔力の歪みを、冷たい瞳で見つめていた。「いや、むしろより巧妙に、より深く静かに進行していると見るべきか」

アビス・ウォーカーの女王は確かに倒された。
しかし、彼女がこの世界に開けてしまった「次元の穴」。
その傷跡は完全には塞がっていなかったのだ。
そして、その小さな傷口から異次元の汚染が、じわじわと膿のようにこの世界に流れ込み続けている。

「面倒なことになったな」
彼はチェス盤の上の黒のキングの駒を指先で弾いた。「どうやら本当の『チェックメイト』はまだ先らしい」



その夜。王城のバルコニー。
私はアルフレッドと共に穏やかな夜風に吹かれていた。
彼の治世は盤石だった。民は彼を慕い、世界は平和だ。
しかし、彼の顔には時折、深い憂いの影がよぎることがあった。王として世界の全てを背負う彼の心労は計り知れない。

「……疲れているのね、あなた」
私は彼の背中にそっと腕を回した。

「ああ……少しだけな」
彼は私の手に自分の手を重ねた。「だが、君がこうしていてくれるだけで、どんな疲れも吹き飛ぶよ」

私たちは言葉もなく、しばらくの間、眼下に広がる王都の灯りを眺めていた。
この平和を守りたい。
永遠に。

「そういえば、リディア」
彼がふと思い出したように言った。「明日は君の誕生日だったな。何か欲しいものはあるかい?」

その言葉に私は少しだけ驚き、そして微笑んだ。
彼はあれほど多忙な中でも、私の誕生日をちゃんと覚えていてくれたのだ。

「欲しいもの……そうね……」
私は少しだけ考える素振りを見せた。
そして、彼の耳元でそっと囁いた。

「……あなたの子供が欲しいわ」

その言葉に、アルフレッドの肩がびくりと震えた。
彼は驚いたように目を見開き、私の方を振り返った。
その顔はみるみるうちに熟した林檎のように真っ赤に染まっていく。

「り、リディア……! 君は、何を突然……!」
普段の冷静沈着な国王の姿はどこにもない。ただ、愛する妻の大胆な言葉に狼狽える一人の青年の顔がそこにあった。

その可愛らしい反応に、私はくすくすと笑いが込み上げてくるのを止められなかった。
「ふふっ。冗談よ」

「じょ、冗談……」
彼は心底安堵したように大きな息を吐いた。

「でも」
私は続ける。その瞳を真っ直ぐに見つめ返して。「いつかは本当に。あなたと私の愛の証が欲しい。この平和な世界で、私たちの子を育ててみたいの」

その真摯な願いに、アルフレッドの表情が変わった。
彼は私の頬を優しく両手で包み込んだ。

「……ああ。僕も同じ気持ちだ」
その声は愛しさに満ちていた。「必ずそんな未来を創ってみせる。君と僕と、そして僕たちの子が、何の心配もなく笑って暮らせる世界を」

彼は誓うように私の額に優しく口づけをした。

私たちはまだ気づいていなかった。
私たちが夢見るそのささやかな未来のすぐそばに、静かに、しかし確実に新たな闇がその口を開けて待ち構えていることを。
そして、私たちが産み出すであろう光と闇の力を受け継ぐ新しい命そのものが、その闇を引き寄せる最大の要因となる可能性を。

平和の陰で蠢くもの。
その正体はまだ誰にも分からない。

しかし、運命の歯車は再びゆっくりと回り始めていた。
愛と平和の物語は、まだ本当の終わりを迎えてはいなかったのだ。
それは次なる世代へと続く、新たな叙事詩の静かな、静かな序章に過ぎなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます

鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。 そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。 そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。 ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。 「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」 聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。

処理中です...