私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第89話 新たなる命、忍び寄る影

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私の誕生日の夜から、さらに一年が過ぎた。
世界は表面上は穏やかな平和を謳歌していた。しかし、その水面下で進行する「侵食」は、光の同盟の幹部たちに重い懸念となってのしかかっていた。

原因不明の失踪事件は世界各地で散発的に続き、エルザとレヴィが描き出す「魔法陣」は、その輪郭を少しずつ、しかし確実に明確なものにしていた。それは特定の星の配置と連動しているようだった。何者かが天体の運行を計算し、世界の龍脈が最も活性化する瞬間を狙って儀式を進めている。その事実に私たちは戦慄した。

しかし、その不穏な空気とは裏腹に、ルクス王国王城は近年まれに見る喜ばしい報せに沸いていた。
私、王妃リディアがアルフレッドの子供を身籠ったのだ。

その報せは瞬く間に王国中に広まり、民衆は歓喜の声を上げた。
勇者王と彼が愛した元・魔女との間に生まれる新しい命。それは人間と魔族の完全なる融和を象徴する、まさに希望の御子だった。

アルフレッドの喜びようは尋常ではなかった。
彼は国王としての公務の合間を縫っては私の元へ駆けつけ、甲斐甲斐しく世話を焼いた。

「リディア、体調は? 何か食べたいものはないかい?」
「無理はするなよ。今日の公務は僕が代わっておくから」

その過保護ぶりは周囲が呆れるほどだったが、私にとっては彼の深い愛情を感じられる幸せな時間だった。
お腹の子は順調に育っていった。日に日に大きくなっていくお腹を撫でながら、私はこの子の未来に思いを馳せる。
この子が何の心配もなく、笑顔で暮らせる世界を。
その想いが私の心を強く、強くさせた。

しかし、幸せの絶頂にあった私はまだ気づいていなかった。
私のお腹の中に宿ったこの新しい命が放つ強大な生命エネルギー。光と闇、その両方の力を受け継ぐ唯一無二の魂の輝きが、水面下で蠢く闇を強烈に引き寄せているという事実に。



魔族領。レヴィの私室。
彼は魔法観測儀の前に立ち、その眉間に今までで最も深い皺を刻んでいた。
観測儀が示す世界の魔力の流れ。その中心に、一つのひときわ強く輝く光点が新たに生まれていた。それは王都ルクシオンの位置と完全に一致している。

「……まずいな。これはあまりにも、まずい」

彼の冷静な頭脳が最悪のシナリオを導き出す。
アビス・ウォーカーの目的が魂のエネルギーの収集であるならば。
光と闇、両方の属性を宿しかつてないほどのポテンシャルを秘めた胎児の魂。
それは奴らにとって、喉から手が出るほど欲しい極上の「餌」に他ならない。

世界各地で散発的に行われていた儀式は、全てこの一つの魂を狩るための壮大な布石だったのではないか。

彼はすぐさまアルフレッドに通信を送ろうとした。
しかし、その指が水晶に触れる寸前で止まった。

(……いや、待て)

今この事実を伝えたところで何になる?
アルフレッドはパニックに陥り、リディアを過剰なまでに守ろうとするだろう。それは王としての彼の冷静な判断力を奪いかねない。
それに、まだこれは仮説に過ぎない。確たる証拠がない。

彼は葛藤の末、水晶から手を離した。
そして、代わりに自らの諜報部隊に極秘の指令を下した。
『王都ルクシオン周辺のあらゆる不審な動きを徹底的に監視せよ』と。



季節は巡り、冬が訪れた。
私の出産予定日も間近に迫っていた。お腹はもうはち切れんばかりに大きい。
王城全体が新しい命の誕生を今か今かと待ちわびる、温かい期待感に包まれていた。

その夜。
王都には珍しく深い霧が立ち込めていた。視界は数メートル先も見通せないほど乳白色の闇に閉ざされている。

王妃の寝室で、私はアルフレッドと共に穏やかな時間を過ごしていた。
彼は大きくなった私のお腹にそっと耳を当てていた。

「……動いたぞ、リディア」
彼は子供のように嬉しそうな声を上げた。「元気な子だ。きっと君に似て強い子になるな」

「あら。あなたに似てお人好しで無鉄砲な子になるかもしれないわよ」
私たちは顔を見合わせ、笑い合った。
この何でもない穏やかな時間。それが何よりも尊い宝物だった。

しかし、その平穏は突如として破られた。

けたたましく鳴り響く城の警鐘。
そして、遠くから聞こえてくる人々の悲鳴と剣戟の音。

「何事だ!?」
アルフレT.O.D.D.は弾かれたように立ち上がり、窓辺へと駆け寄った。
しかし、深い霧のせいで外の様子は全く見えない。

その時、寝室の扉が凄まじい勢いで叩かれた。
「陛下! リディア様! お逃げください!」
扉の向こうから聞こえてきたのは、近衛騎士団長ダリウスの切羽詰まった声だった。

「城内に敵が……! 数え切れないほどの怪物が……!」

その言葉と同時に、扉が内側からではなく外側から、凄まじい力で破壊された。
砕け散った扉の向こうに立っていたのは、もはや人間の姿を留めていない異形の怪物たちだった。
その手には血に濡れた剣が握られ、その虚ろな瞳はただ一点、私のお腹だけをじっと見つめていた。

アビス・ウォーカー。
奴らはついにその牙を、王城の、そして私の心臓部へと突き立ててきたのだ。

「リディア!」
アルフレッドは私を庇うように前に立ち、聖剣を抜き放った。
「来るな、化け物どもが!」

しかし、敵の数はあまりにも多い。
次から次へと廊下の闇の中から湧いてくる。
ダリウス率いる近衛騎士団が必死で応戦しているが、多勢に無勢だった。

そして、何よりも絶望的だったのは、彼らがこの深い霧に乗じていつの間にか城の警備網を完全に突破し、ここまで到達していたという事実だった。
これはただの襲撃ではない。
周到に、そして完璧に計画された王妃誘拐計画。

怪物の群れをかき分けるように、一体のひときわ異様な存在が姿を現した。
それはフリューゲルでアルフレッドが戦った司令官クラスの個体だった。しかし、その体はあの時よりもさらに歪に進化を遂げている。

『……見つけた』
司令官の思念が直接脳内に響き渡る。『極上の魂……。女王復活のための最高の贄……』

その言葉が全ての真実を私に突きつけた。
狙いは私ではない。
私のお腹の中にいる、まだ生まれぬこの子。

その事実に気づいた瞬間、私の全身を母としての絶対的な怒りが駆け巡った。

「……あなたたちに……」
私はアルフレッドの背後から、震える体を叱咤して立ち上がった。「この子を……渡すものですか……!」

私の赤い瞳が、かつての煉獄の魔女を彷彿とさせる燃えるような光を宿す。
お腹の子を守るためなら、私は再び鬼にでも悪魔にでもなれる。

しかし、その私の決意を嘲笑うかのように、司令官はその歪な腕をゆっくりと私の方へと伸ばしてきた。
その動きはまるで、熟した果実を木から摘み取るかのように絶対的な自信に満ちていた。
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