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第95話 王子の力
しおりを挟む十年の歳月は世界を癒やすには十分な時間だった。
しかし、それは一人の少年が自らの内に眠る力の大きさに気づくには、あまりにも短い時間でもあった。
「はあっ!」
王城の訓練場で、金色の髪をなびかせた少年――ガレスが木剣を振るう。
その相手を務めるのは王国騎士団総司令官ダリウス。彼は片手で軽々と少年の剣を受け止めながら、その瞳を厳しく細めていた。
「甘いぞ、ガレス王子。剣に迷いが見える」
「くっ……!」
ガレスは父譲りの身体能力と母譲りの魔力感知能力を併せ持つ、まさに神童だった。しかし、その力はあまりにも強大で、そして不安定だった。
彼の剣に白と黒のオーラが螺旋を描くように纏わりつく。光と闇。彼の内なる二つの力が、彼の感情に呼応してせめぎ合っている。
「力を制御しろ。お前の力はただ振るうだけでは、自らをも傷つける諸刃の剣だ」
ダリウスの言葉は厳しかった。それは彼がガレスの将来を心から案じている証拠でもあった。
その時、訓練場の入り口に二つの人影が現れた。
国王アルフレッドと王妃である私、リディアだ。
「そこまでだ、ダリウス」
アルフレッドの穏やかな声が訓練場の空気を和らげた。
「父上! 母上!」
ガレスは剣を放り出すと、子供らしい笑顔で私たちの元へと駆け寄ってきた。
「見てくださいましたか! 今の一撃!」
「ああ、見ていたよ。見事な剣筋だった」
アルフレッドは息子の頭を優しく撫でた。しかし、その瞳の奥にはダリウスと同じ深い懸念の色が浮かんでいた。
夜。
ガレスが眠りについた後、私たちは夫婦の寝室で静かな時間を過ごしていた。
「……あの子の力は日に日に増しているわ」
私が不安を込めて呟いた。
「ああ」
アルフレッドは窓の外の月を見上げながら重々しく頷いた。「光と闇。その二つを一つの魂の中に宿すということ。それがどれほどの重荷になるのか……。僕たちにも想像がつかない」
私たちの息子は奇跡の子だ。
彼の存在そのものが世界を癒やし、安定させている。
しかし、その奇跡は彼自身に計り知れないほどの宿命を背負わせているのかもしれない。
「だが、心配はいらないさ」
アルフレッドは私の不安を振り払うかのように優しく微笑んだ。そして、私をその逞しい腕の中にそっと抱きしめた。
「彼には僕たちがついている。君と僕、二人の愛があればどんな運命だって乗り越えていけるさ」
その言葉は私を安心させるための魔法の呪文だった。
私は彼の胸に顔を埋めた。この腕の中だけが私の心を穏やかにしてくれる。
私たちはまだ知らなかった。
私たちの息子が背負う宿命が、私たちが思っている以上にこの世界の根幹に関わる重大なものであることを。
そして、その力が眠っていたはずの古の闇を再び呼び覚まそうとしていることを。
平穏な日々の裏側で、新たな物語の歯車は確かにその一回転目を刻み始めていた。
それは愛と平和の物語の第二章。
光と闇の子が紡ぐ新たな叙事詩の、静かな、静かな始まりだった。
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