婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第54話:あなたのせいじゃない

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マーサが用意してくれた温かい薬湯を飲み干すと、凍りついていた体がようやく少しだけ温まってきた。しかし心の震えは、なかなか収まってくれない。

恐ろしかった。
あの男たちの獣のような目。乱暴に伸ばされた手。そして、すぐそばで繰り広げられたあまりにも一方的な殺戮。

ギルバート様が守ってくれた。
その事実に安堵する一方で、私の心は別の感情に苛まれていた。

私のせいで人が死んだ。
私のせいで彼に剣を振るわせてしまった。
私のせいでこの平和だった砦に、血の匂いを持ち込んでしまった。

私はやはり災厄の女神なのだ。
エルミール王国にいた時は国を傾かせ、このシュヴァルツ領に来てからは争いの火種を呼び込んでいる。私がいる限り、私の大切な人たちは危険に晒され続けるのではないか。

そんな黒い考えが、私の心を支配し始めていた。
ギルバート様は私のことを「光だ」と言ってくれた。でも、本当は違う。私は周りの人々を不幸にする、暗闇そのものなのかもしれない。

「リリアンナ様…」
マーサが心配そうに私の顔を覗き込む。
「あまり思いつめては、お体に障りますわ」

「マーサ…私は、ここにいてはいけないのかもしれない」
私の唇から弱々しい言葉がこぼれ落ちた。
「私がいなければギルバート様も皆さんも、こんな危険な目に遭うことはなかったはずです」

マーサは何も言わず、ただ静かに私の背中をさすってくれた。その温かい手のひらが、私のささくれ立った心を少しだけ慰めてくれる。

その時だった。
部屋の扉が静かに開かれた。入ってきたのはギルバート様だった。彼はいつの間にか血で汚れていたであろう鎧を脱ぎ、簡素なシャツ姿になっている。その顔には深い疲労と、そして私を案じる色が浮かんでいた。

マーサは彼の姿を認めると、そっと立ち上がり部屋から出ていった。私たち二人きりにする、彼女なりの配慮なのだろう。

部屋には暖炉の薪が爆ぜる音と、外で降りしきる雨の音だけが響いていた。
彼は私のそばまで来ると、ベッドの縁に静かに腰を下ろした。そして何も言わずに、ただじっと私を見つめている。その金の瞳は、私の心の奥底まで見透かしているようだった。

「…ごめんなさい」
沈黙に耐えきれず、先に口を開いたのは私だった。
「私のせいで、あなたに大変なご迷惑を…」

私の謝罪の言葉を、彼は遮らなかった。ただ静かに聞いてくれている。
「私がもっと注意していれば。私がこの砦に来さえしなければ、こんなことには…」
声が震える。涙が込み上げてくるのを必死でこらえた。

一通り私が話し終えるのを待って、彼はゆっくりと口を開いた。
その声は驚くほど穏やかで、そして揺るぎない響きを持っていた。

「君のせいでは、断じてない」

そのきっぱりとした否定の言葉に、私は思わず顔を上げた。
彼の金の瞳がまっすぐに私を射抜いている。

「悪いのは全て、君の価値を理解できなかった愚か者たちだ。そして君という至宝を守りきれなかった、俺の不覚だ」

彼は私の罪悪感を、その全てを自分の責任だと言い切った。
「君は何も悪くない。自分を責めるな。お前が自分を責めることは、お前を見つけた俺の判断を、そしてお前を守ると誓った俺の覚悟を侮辱することに他ならない」

その言葉はあまりにも力強く、そしてあまりにも優しかった。
私の心をがんじがらめにしていた罪悪感の鎖が、彼の言葉によって音を立てて砕けていくのを感じた。

彼はそっと手を伸ばすと、私の頬を伝っていた一筋の涙をその大きな指で優しく拭ってくれた。
「お前はただここにいて、笑っていてくれればいい。それ以外の全ての厄介事は俺が片付ける」

その言葉を聞いて、私はもう涙をこらえることができなかった。
安堵の涙が、次から次へと溢れ出してくる。

彼はそんな私を何も言わずに、そのたくましい腕で強く抱きしめてくれた。
彼の胸の中は、世界で一番安全で温かい場所だった。
雨の音も心の痛みも、全てが遠のいていく。

「あなたのせいじゃない」
その言葉がどれほど私を救ってくれたことか。

この人は決して私を責めない。
どんな時も私の味方でいてくれる。
私という存在の全てを、受け入れ守り抜いてくれる。

その絶対的な信頼が、私の心をこれ以上ないほどの幸福感で満たしていった。

私はもう迷わない。
この人のそばにいる。
この人が作ってくれたこの温かい居場所で、生きていく。

そして、いつか。
私もこの人を守れるくらい、強くなりたい。
彼が私を光だと言ってくれるのなら、私は彼の進む道を照らす誰よりも明るい光になってみせる。

私は彼の胸に顔をうずめたまま、強く、強くそう誓った。
外の雨はまだ止む気配はなかったが、私の心の中には温かな陽だまりが戻ってきていた。
彼の腕の中で、私は久しぶりに心の底から安らかな眠りにつくことができた。
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