婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第55話:第二の刺客

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ギルバートの親書を添えてエルミール王国へ送り返された、塩漬けにされた刺客たちの首。
それが王城に届けられた日、アレンは生まれて初めて本物の恐怖というものを味わった。

木箱を開けた瞬間に漂う腐臭と塩の匂い。その中に転がる見覚えのある顔、顔、顔。虚ろな瞳がまるで彼の愚かさを嘲笑っているかのようだった。

添えられていた親書は簡潔だった。
『次はない』
たった一言。しかし、そこに込められた黒騎士の底知れない怒りと殺意をアレンは肌で感じ取った。

彼はその場で嘔吐し、数日間自室に閉じこもって震え続けた。
シュヴァルツ辺境伯。あの男は悪魔だ。人の心を持っていない。
武力での奪還は不可能だ。それを骨の髄まで思い知らされた。

しかしアレンは諦めなかった。いや、諦めることができなかった。
国の惨状は日増しに悪化している。民の不満は爆発寸前だ。リリアンナを取り戻し、この国の『聖なる加護』を復活させなければ自分に未来はない。その強迫観念が彼をさらなる狂気へと駆り立てていた。

「…陽動だ」
数日後、やつれた顔で執務室に現れたアレンは密偵長に新たな計画を告げた。
「武力で敵わぬのなら、奴の足を止め目を逸らせる。その隙を突くのだ」

彼が考え出した次の手は、魔物を使った陽動作戦だった。
金に糸目はつけない。帝国中から裏社会で名うての魔物使いをかき集めた。彼らに多額の報酬を約束し、シュヴァルツ領の国境地帯へと送り込む。

彼らの任務はリリアンナを攫うことではない。
ただシュヴァルツ領内で魔物を暴れさせ、混乱を引き起こすこと。
ギルバート率いる騎士団がその討伐に駆り出されている間に、別の場所に潜ませた第二の特殊部隊が手薄になった砦を急襲し、リリアンナを奪取する。

それは以前よりもさらに大規模で、そして悪質な計画だった。領民の命を危険に晒すことを、もはや彼は何とも思わなくなっていた。

数週間後。シュヴァルツ領の国境地帯に不穏な空気が漂い始めた。
森の奥から聞こえる魔物の咆哮が明らかに数を増している。これまで目撃されることのなかった凶暴な種類の魔物が姿を現し始めた。
斥候からの報告は日増しに深刻さを増していく。

「東の森にて大規模なゴブリンの群れを確認!その数、およそ三百!」
「西の渓谷ではワイバーンが巣を作り、旅人を襲っている模様!」
「南の平原ではオークの部族が不穏な動きを見せております!このままでは大規模なスタンピードに発展する恐れが…!」

次々と舞い込む報告に、砦の作戦室は緊迫した空気に包まれた。
「…見事にバラけているな」
ギルバートは地図を睨みつけ、静かに呟いた。
魔物の出現箇所は国境沿いに広範囲に渡っていた。明らかに誰かが意図的に魔物を操り、こちらの戦力を分散させようとしている。

「エルミールの犬め。姑息な手を…」
ハンスが吐き捨てるように言った。

「閣下、いかがいたしますか。このままでは村々が危険に晒されます」
騎士の一人が進言する。

ギルバートはしばらく腕を組み、黙考していた。
敵の狙いは陽動。自分を、そして主力の騎士団をリリアンナから引き離すことだ。
分かっている。分かってはいるが、領民の命を見捨てるわけにはいかない。

彼は決断を下した。
「ハンス」
「はっ」
「お前は精鋭五十を率いて砦に残れ。そして何があろうとリリアンナ様のそばを離れるな。砦の防衛は全てお前に一任する」

「しかし閣下は…!?」
「俺は残りの全部隊を率いて出撃する。東のゴブリン、西のワイバーン、南のオーク。全ての害虫を一日で駆除する」

その言葉に、作戦室にいた全ての騎士が息を呑んだ。
三つの異なる場所に同時に出現した大規模な魔物の群れ。それをたった一日で全て掃討すると言うのか。常識的に考えれば無謀としか言いようのない作戦だった。

しかしギルバートの金の瞳には、微塵の迷いもなかった。
「敵の狙いが陽動である以上、時間をかけるのは得策ではない。速戦即決。奴らが次の手を打つ前に全ての脅威を排除する。そして何事もなかったかのようにリリアンナの元へ帰る。それだけだ」

彼の言葉には絶対的な自信が満ち溢れていた。
この男なら、あるいは本当にそれを成し遂げてしまうのではないか。騎士たちの間にそんな熱気が伝播していく。

「各部隊長に伝えろ。これよりシュヴァルツ騎士団は魔物掃討作戦を開始する。目標は完全殲滅。一匹たりとも生かして帰すな」

その号令は静かだったが、地鳴りのような凄みを持っていた。
黒騎士の逆鱗に触れたエルミール王国。その愚かな第二の刺客は、今、帝国最強の騎士団が持つ本物の『力』をその身をもって知ることになる。

嵐が再び動き始めた。
今度はリリアンナの知らない場所で。
彼女の大切な居場所を守るため、男たちの静かで熾烈な戦いが始まろうとしていた。
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