婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第56話:騎士団、出撃

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翌朝、夜明けと共にシュヴァルツ砦の中庭は出撃を控えた騎士たちの熱気に包まれていた。
磨き上げられた鎧が朝日に鈍く輝き、馬の荒い息遣いが白い蒸気となって空に消えていく。掲げられた『剣を抱く黒鷲』の旗が、冬の冷たい風にはためいていた。

ギルバートは愛馬ナイトメアに跨り、整列した騎士団を見渡した。その数は二百を超える。砦の主力をほぼ全て率いての出撃だった。彼の金の瞳には、戦いを前にした猛禽のような鋭い光が宿っている。

「目標は三つ!」
彼の力強い声が中庭に響き渡った。
「第一部隊は俺と共に東の森へ向かい、ゴブリンの群れを殲滅する!第二部隊は西の渓谷へ、第三部隊は南の平原へ!目的はただ一つ、完全なる掃討だ!我らがシュヴァルツ領を荒らす害虫どもに、鉄槌を下せ!」

「「「おおおお!」」」
騎士たちの雄叫びが大地を震わせた。士気は最高潮に達している。

私はその光景を城館の窓から、祈るような気持ちで見つめていた。
昨夜ギルバート様から、大規模な魔物討伐のために出撃することを聞かされた。彼は多くを語らなかったが、その表情からこれがただの魔物討伐ではない、特別な意味を持つ戦いなのだということは私にも分かった。

「必ず、陽が落ちる前には戻る」
彼はそう言って私の頭を優しく撫でてくれた。
「お前はハンスのそばを離れず、砦で待っていろ。いいな」

その言葉は私を案じる優しさに満ちていた。しかし同時に、私を戦いから遠ざけようとする見えない壁のようにも感じられた。

守られているだけでは嫌だ。
私も何かできることがあるはずだ。
治癒の力を持つ薬草の知識。それを使えば傷ついた騎士たちの手当てができるかもしれない。そう申し出たが、彼は静かに首を横に振るだけだった。
「お前を危険な場所に連れて行くわけにはいかん」

彼の決意は固かった。

「開門!」
号令と共に巨大な城門がゆっくりと開かれていく。
ギルバートは騎士団の先頭に立ち、一度だけ私がいるであろう窓の方を振り返った。遠くてその表情までは見えない。しかし、彼の視線が確かに私を捉えているのを感じた。

行ってらっしゃいませ。
どうかご無事で。

私は声にならない祈りを彼に送った。
やがて彼は踵を返し、騎士団は地響きのような蹄の音と共に砦から出撃していった。その姿が雪原の向こうに完全に見えなくなるまで、私は窓辺から動くことができなかった。

砦の中は主力を失い、どこか静まり返っていた。残されたのはハンス殿が率いる五十名ほどの騎士と、マーサをはじめとする使用人たちだけ。

ハンス殿は私の護衛任務を最優先としていた。私が部屋から一歩でも出れば、必ず数名の騎士が影のようにつき従う。砦の門は固く閉ざされ、城壁の上では弓兵たちが厳重な警戒を続けていた。

私はただ待つことしかできない自分の無力さに、歯がゆい思いを抱いていた。
厨房へ行き、騎士たちが帰還した時のために温かいスープの準備を始めた。体を温め、疲労を回復させる効果のある薬草をたっぷりと煮込む。今、私にできるのはこんなことだけだった。

「リリアンナ様、あまりご心配なさらないでくださいませ」
マーサが私の不安を見透かしたかのように優しく声をかけてくれた。
「ギルバート様とシュヴァルツ騎士団は帝国最強です。どのような魔物の群れが相手であろうと、決して遅れを取ることはございません」

「…はい。分かってはいるのですが…」

マーサの言う通りだ。私は彼らを信じなければならない。
私は鍋をかき混ぜながら、彼の無事と皆の無事をただひたすらに祈り続けた。

時間はゆっくりと流れていった。
太陽が空の最も高い位置を通り過ぎ、少しずつ西へと傾き始める。
まだ何の連絡もない。

静かすぎる砦の中は逆に不安を煽った。
私は胸騒ぎを抑えることができなかった。何か良くないことが起ころうとしている。そんな予感が暗い影のように私の心に忍び寄っていた。

その予感が最悪の形で現実のものとなることを、この時の私はまだ知らなかった。
敵の本当の狙いは、ギルバート様たちを砦から引き離すことだけではなかったのだ。

陽動作戦に紛れ込ませた一筋の毒。
その毒牙が、最も無防備な場所を狙って静かに牙を剥こうとしていた。
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