婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

文字の大きさ
62 / 100

第62話:外交圧力

しおりを挟む
リアンナが聖女として覚醒したという報せは瞬く間にシュヴァルツ領を駆け巡り、やがて国境を越えエルミール王国の王城にも届いた。
その報告を受けたアレンは、執務室で一人崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。

「聖女…だと…?」
彼の唇からか細い声が漏れた。
あのリリアンナが?自分が悪女だと断罪し、無一文で追放した元婚約者が、国を救うと言われる伝説の聖女だった?

全ての謎が氷解した。
彼女を追放した途端に始まった国の衰退。凶作、魔物の活性化、疫病。その全てが、聖女を失ったことによる『呪い』だったのだ。

「ああ…あああ…なんということだ…」
アレンは頭を抱え、呻いた。
自分が犯した過ちの大きさにようやく気づいたのだ。彼は自分の手で、自国の首を絞めていたに等しい。

嫉妬に狂った悪女。そう信じて疑わなかった。エリアーナの涙と言葉だけを鵜呑みにし、リリアンナの訴えには一切耳を貸さなかった。
あの時の彼女の悲しそうな、そしてどこか諦めたような紫色の瞳が脳裏に蘇る。

後悔が津波のように彼の心を飲み込んでいく。
しかし、ただ後悔しているだけでは何も変わらない。国は今も刻一刻と滅びへと向かっているのだ。

リリアンナを取り戻さなければ。
何としても彼女をこのエルミール王国に連れ戻し、再び聖女として迎えなければ。
それしか、この国が救われる道はない。

武力での奪還は失敗に終わった。それどころか、シュヴァルツ辺境伯の逆鱗に触れ再起不能の返り討ちに遭った。
ならば次は正攻法だ。

アレンは震える手で大臣たちを招集すると、決然とした口調で命じた。
「ガルヴァニア帝国に対し、公式に要求を突きつけるのだ。『我が国の犯罪者であるリリアンナ・フォン・アルクライドを、即刻エルミール王国へ引き渡せ』と!」

そのあまりにも横暴な要求に、大臣たちは顔を見合わせた。
「で、殿下、お待ちください!シュヴァルツ辺境伯が聖女とまで噂されるリリアンナ嬢を保護している今、彼女を『犯罪者』と断じるのはあまりにも…!」
「それに、そのような要求をガルヴァニア帝国が素直に飲むとは思えません!」

「黙れ!」
アレンの怒声が会議室に響いた。
「彼女が聖女であろうと、我が国を追放された罪人であることに変わりはない!これはエルミール王国の正当な権利だ!彼女は我が国の所有物なのだ!」

彼の瞳にはもはや理性のかけらもなかった。あるのは失ったものを取り戻そうとする、剥き出しの執着と焦りだけ。

アレンの強硬な命令により、エルミール王国からの公式な外交文書がガルヴァニア帝国の帝都へと送られた。

その内容は、帝国の外交官たちを呆れさせ、そして激怒させるのに十分なものだった。
犯罪者を引き渡せという一方的な要求。リリアンナが聖女であるという事実には一切触れず、ただエルミール王国の所有権のみを主張する傲慢極まりない文面。

その文書はすぐさまシュヴァルツ砦のギルバートのもとへも転送された。
彼は親書を一読すると、それを音もなく握り潰した。紙の塊が彼の鋼鉄の握力によって無残な形に歪む。

「…まだ彼女を『物』扱いするか。あの愚かな王子は」
彼の声は氷点下の冷気を帯びていた。
「ハンス。帝都へ返書を送れ」

「はっ。いかなる内容で?」
「内容は、お前に任せる。だがこれだけは伝えろ」

ギルバートは立ち上がると、窓の外に広がる雪景色を睨みつけた。
「『我がシュヴァルツ辺境伯が保護する人物を、犯罪者と罵るか。その無礼、万死に値する。次に同じ言葉を口にした時が、貴国が地図の上から消える時だと思え』とな」

それは外交文書の返書というよりは、もはや最後通牒に等しかった。
ハンスは主君の揺るぎない決意をその目に焼き付けると、力強く頷いた。
「御意に」

数日後。
エルミール王国の要求に対するガルヴァニア帝国からの公式な返答がアレンのもとへ届けられた。
その内容は彼の期待を無惨に打ち砕くものだった。

『貴国からの不当かつ無礼極まりない要求は、我がガルヴァ-ニア帝国に対する重大な侮辱と見なす。よってこれを完全に拒否する。なお、リリアンナ嬢は現在、我が帝国の賓客としてシュヴァルツ辺境伯の庇護下にあり、その身柄の安全は帝国が保障するものである』

要求の完全な拒絶。
それどころか、リリアンナを『帝国の賓客』としてその身柄を公式に保護するという明確な宣言。
それはエルミール王国に対して「彼女に指一本でも触れてみろ」という、無言の恫喝に他ならなかった。

アレンは返書を握りしめたまま、わなわなと震えていた。
屈辱だった。
小国だと侮っていたエルミール王国が、大国である帝国からこれほどまでに明確な拒絶と侮辱を受けた。
彼の王太子としてのプライドはズタズタに引き裂かれた。

「シュヴァルツ辺境伯…ギルバート…!」
アレンの唇から呪詛のような声が漏れた。
「よくも…よくも、俺のものを…!」

外交という正攻法も完全に絶たれた。
残された道は、もはや一つしかない。
国と国との全面的な衝突。つまり戦争だ。

正気と狂気の境界線で、アレンの心は大きく揺れていた。
彼はまだ知らない。
この一連の外交の応酬が両国の関係を悪化させただけでなく、もう一人の最も厄介な人物の興味を引いてしまったということを。

ガルヴァニア帝国皇帝。
大陸最強の国家を率いる老獪で、そして何よりも面白いことを好む絶対君主の耳に。
シュヴァルツ辺境伯が聖女らしき娘に執心しているという、興味深い噂が届いてしまったのだ。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

元社畜悪役令嬢、辺境のボロ城を全自動ボタニカル美容スパに大改造して引きこもる ~前世コスメで冷徹公爵を完治させたら溺愛されました~

季未
恋愛
「貴様のような悪逆非道な女は、極寒の辺境へ追放だ!」 建国記念の夜会で王太子から婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢シャルロッテ。 しかし、彼女の中身は前世でブラック企業に殺された過労で過労死したマーケターだった! (激務の王妃ルート回避!? しかも辺境は誰にも邪魔されないブルーオーシャン! 最高のフリーランス生活の始まりじゃない!) 理不尽な追放を究極のホワイト・スローライフへのパスポートだと歓喜した彼女は、あてがわれた辺境のボロ城を、前世の「DIY・スマートホーム知識」と「土・水魔法」を駆使して爆速で大改造! 隙間風の吹く部屋は、一瞬で「床暖房完備の全自動温水スパ」へ。 辺境に自生する雑草からは「極上ボタニカルコスメ」を開発し、自らも絶世の美女へと変貌していく。 さらに「お前には干渉しない」と白い結婚を突きつけてきたはずの、呪いで顔に火傷を負った氷の公爵に特製マッサージと美肌治療を施したところ……。 「お前が作ったこの空間と、お前自身が……俺のすべてだ」 冷徹だったはずの公爵様が、極上の癒やし空間と彼女の手技で完全に骨抜きにされ、異常なまでの過保護・溺愛モードに突入!? 現代マーケティングと美容チートで辺境を超高級スマート・リゾートへと再生させ、かつて自分を追放した王太子たちを大後悔させる! 爽快&極甘な、異世界リゾート経営×溺愛ファンタジー、堂々開幕!

わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが

水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。 王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。 数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。 記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。 リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが…… ◆表紙はGirly Drop様からお借りしました ◇小説家になろうにも掲載しています

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

処理中です...