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第63話:帝国の返答
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エルミール王国からの横暴な要求は、ガルヴァニア帝国の政務院を瞬く間に駆け巡った。その内容は、外交儀礼を著しく欠いた、前代未聞のものだった。
「犯罪者を引き渡せ、だと?正気か、エルミールの若造は」
「聖女の奇跡の噂がこれほど広まっているというのに、その価値を理解できんとは…」
「いや、理解しているからこそ、なりふり構わず取り戻そうとしているのだろう。見苦しい限りだがな」
大臣たちの間では、嘲笑と侮蔑の声が渦巻いていた。小国エルミールの愚かな行動は、大国ガルヴァニアにとっては、ただの茶番にしか見えなかったのだ。
そして、その要求に対するシュヴァルツ辺境伯からの返信案が帝都に届くと、政務院の空気はさらに沸騰した。
『貴国が地図の上から消える時だと思え』
外交文書とは到底思えない、剥き出しの敵意と恫喝。
「さすがは黒騎士殿。容赦がない」
「しかし、これはいくら何でも過激すぎる。本当に戦争になりかねんぞ」
「だが、エルミールの無礼を考えれば、このくらいの釘を刺しておかねば示しがつかん」
大臣たちの意見が割れる中、最終的な判断は、玉座に座る一人の男に委ねられた。
皇帝レオポルト・フォン・ガルヴァニア。
白髪交じりの髪を後ろで束ね、鋭い鷲のような目を持つ、齢六十を超える男。しかし、その体躯は歴戦の将軍のように鍛え上げられ、その瞳の奥には、老獪な政治家としての知性と、退屈を何よりも嫌う少年のような好奇心が、同居していた。
彼は、エルミールからの要求書と、ギルバートからの返信案を黙って読み比べた後、ふっと面白そうに口の端を吊り上げた。
「くくく…面白いことになってきたではないか」
その声に、大臣たちが緊張した面持ちで顔を上げる。
「陛下、いかがなされますか。エルミールの要求は、一蹴すべきかと存じますが…」
皇帝は、宰相の言葉を手の動きで制した。
「無論、要求は拒否する。我が帝国が、他国の言いなりになる理由などない。だが、ギルバートの返書は、少々乱暴が過ぎるな」
彼はそう言うと、羽ペンを手に取り、自ら帝国としての公式な返書を認め始めた。その内容は、ギルバートのものよりは遥かに穏当で、しかし、より狡猾で、相手に絶望を与えるのに十分なものだった。
『貴国からの不当かつ無礼極まりない要求は、我がガルヴァニア帝国に対する重大な侮辱と見なす。よって、これを完全に拒否する』
そこまでは、外交の常套句だ。しかし、皇帝はそこに、決定的な一文を付け加えた。
『なお、リリアンナ嬢は、現在、我が帝国の賓客として、シュヴァルツ辺境伯の庇護下にあり、その身柄の安全は帝国が保障するものである』
その一文を読んだ大臣たちは、息を呑んだ。
これは、ただの拒絶ではない。ガルヴァニア帝国という国家が、リリアンナという一個人を、正式に保護するという宣言だ。彼女に手を出そうとする者は、シュヴァルツ辺境伯個人ではなく、この帝国そのものを敵に回すことになる。
エルミール王国のような小国に、そんなことができるはずもない。これは、事実上の、完全なる詰み宣言だった。
「これならば、ギルバートも文句は言えまい。そして、エルミールの王子も、己の無力さを思い知るだろう」
皇帝は、満足げに頷いた。
返書がエルミールへと送られ、両国の外交関係は、公式に冷え切ったものとなった。
表向きには、これで一件落着。
しかし、皇帝の興味は、まだ尽きていなかった。
彼は、宰相に低い声で問いかけた。
「して、噂の『聖女』とやらは、どうなのだ。ギルバートが、そこまで執心するほどの娘とは、一体どんな代物なのだ?」
宰相は、待っていましたとばかりに、これまでに集めた情報を報告し始めた。
「はっ。シュヴァルツ領に潜らせている密偵からの報告によりますと、噂は真実かと。彼女、リリアンナ嬢が領地に来てから、凶作だった土地は豊穣に転じ、領民の暮らしは劇的に改善されたと」
「ほう」
「極めつけは、先日の魔獣騒ぎです。厄災級の魔獣アイアン・グリフォンを、彼女が放ったという金色の光が、一瞬で浄化したと…。数十人の騎士と、数百の領民が、その奇跡を目撃しております」
「金色の光、か。面白い」
皇帝の目が、きらりと好奇心に輝いた。
国を豊かにし、魔獣さえも浄化する奇跡の力。そして、あの鉄面皮の黒騎士を、骨抜きにしてしまうほどの魅力。
「その娘、会ってみたいとは思わんか?」
皇帝の言葉に、宰相は全てを察したように、深く頭を下げた。
「はっ。陛下のお望みとあらば、いつでも」
「うむ。ギルバートに、帝都への召喚命令を出せ。もちろん、その『聖女様』とやらも、同伴させるように、とな」
それは、命令だった。
帝国最強の騎士であるギルバートでさえ、逆らうことのできない、絶対君主からの命令。
皇帝は、これから起こるであろう面白い出来事を想像し、愉快でたまらないといった表情で、玉座の上で笑っていた。
あの朴念仁の黒騎士が、噂の聖女を連れて、この俺の前にどんな顔で現れるのか。
そして、その聖女とやらは、一体どれほどの価値を持つ『駒』なのか。
それを、この目で見定めてやる。
皇帝レオポルトは、久方ぶりに感じる胸の高鳴りを、楽しんでいた。
二つの国の対立は、今、皇帝という最大のプレイヤーを巻き込んで、新たな局面を迎えようとしていた。
「犯罪者を引き渡せ、だと?正気か、エルミールの若造は」
「聖女の奇跡の噂がこれほど広まっているというのに、その価値を理解できんとは…」
「いや、理解しているからこそ、なりふり構わず取り戻そうとしているのだろう。見苦しい限りだがな」
大臣たちの間では、嘲笑と侮蔑の声が渦巻いていた。小国エルミールの愚かな行動は、大国ガルヴァニアにとっては、ただの茶番にしか見えなかったのだ。
そして、その要求に対するシュヴァルツ辺境伯からの返信案が帝都に届くと、政務院の空気はさらに沸騰した。
『貴国が地図の上から消える時だと思え』
外交文書とは到底思えない、剥き出しの敵意と恫喝。
「さすがは黒騎士殿。容赦がない」
「しかし、これはいくら何でも過激すぎる。本当に戦争になりかねんぞ」
「だが、エルミールの無礼を考えれば、このくらいの釘を刺しておかねば示しがつかん」
大臣たちの意見が割れる中、最終的な判断は、玉座に座る一人の男に委ねられた。
皇帝レオポルト・フォン・ガルヴァニア。
白髪交じりの髪を後ろで束ね、鋭い鷲のような目を持つ、齢六十を超える男。しかし、その体躯は歴戦の将軍のように鍛え上げられ、その瞳の奥には、老獪な政治家としての知性と、退屈を何よりも嫌う少年のような好奇心が、同居していた。
彼は、エルミールからの要求書と、ギルバートからの返信案を黙って読み比べた後、ふっと面白そうに口の端を吊り上げた。
「くくく…面白いことになってきたではないか」
その声に、大臣たちが緊張した面持ちで顔を上げる。
「陛下、いかがなされますか。エルミールの要求は、一蹴すべきかと存じますが…」
皇帝は、宰相の言葉を手の動きで制した。
「無論、要求は拒否する。我が帝国が、他国の言いなりになる理由などない。だが、ギルバートの返書は、少々乱暴が過ぎるな」
彼はそう言うと、羽ペンを手に取り、自ら帝国としての公式な返書を認め始めた。その内容は、ギルバートのものよりは遥かに穏当で、しかし、より狡猾で、相手に絶望を与えるのに十分なものだった。
『貴国からの不当かつ無礼極まりない要求は、我がガルヴァニア帝国に対する重大な侮辱と見なす。よって、これを完全に拒否する』
そこまでは、外交の常套句だ。しかし、皇帝はそこに、決定的な一文を付け加えた。
『なお、リリアンナ嬢は、現在、我が帝国の賓客として、シュヴァルツ辺境伯の庇護下にあり、その身柄の安全は帝国が保障するものである』
その一文を読んだ大臣たちは、息を呑んだ。
これは、ただの拒絶ではない。ガルヴァニア帝国という国家が、リリアンナという一個人を、正式に保護するという宣言だ。彼女に手を出そうとする者は、シュヴァルツ辺境伯個人ではなく、この帝国そのものを敵に回すことになる。
エルミール王国のような小国に、そんなことができるはずもない。これは、事実上の、完全なる詰み宣言だった。
「これならば、ギルバートも文句は言えまい。そして、エルミールの王子も、己の無力さを思い知るだろう」
皇帝は、満足げに頷いた。
返書がエルミールへと送られ、両国の外交関係は、公式に冷え切ったものとなった。
表向きには、これで一件落着。
しかし、皇帝の興味は、まだ尽きていなかった。
彼は、宰相に低い声で問いかけた。
「して、噂の『聖女』とやらは、どうなのだ。ギルバートが、そこまで執心するほどの娘とは、一体どんな代物なのだ?」
宰相は、待っていましたとばかりに、これまでに集めた情報を報告し始めた。
「はっ。シュヴァルツ領に潜らせている密偵からの報告によりますと、噂は真実かと。彼女、リリアンナ嬢が領地に来てから、凶作だった土地は豊穣に転じ、領民の暮らしは劇的に改善されたと」
「ほう」
「極めつけは、先日の魔獣騒ぎです。厄災級の魔獣アイアン・グリフォンを、彼女が放ったという金色の光が、一瞬で浄化したと…。数十人の騎士と、数百の領民が、その奇跡を目撃しております」
「金色の光、か。面白い」
皇帝の目が、きらりと好奇心に輝いた。
国を豊かにし、魔獣さえも浄化する奇跡の力。そして、あの鉄面皮の黒騎士を、骨抜きにしてしまうほどの魅力。
「その娘、会ってみたいとは思わんか?」
皇帝の言葉に、宰相は全てを察したように、深く頭を下げた。
「はっ。陛下のお望みとあらば、いつでも」
「うむ。ギルバートに、帝都への召喚命令を出せ。もちろん、その『聖女様』とやらも、同伴させるように、とな」
それは、命令だった。
帝国最強の騎士であるギルバートでさえ、逆らうことのできない、絶対君主からの命令。
皇帝は、これから起こるであろう面白い出来事を想像し、愉快でたまらないといった表情で、玉座の上で笑っていた。
あの朴念仁の黒騎士が、噂の聖女を連れて、この俺の前にどんな顔で現れるのか。
そして、その聖女とやらは、一体どれほどの価値を持つ『駒』なのか。
それを、この目で見定めてやる。
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