婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第84話:領民たちの歓迎

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「ただいま戻りました」

私の震える声は決して大きくはなかった。しかし、その一言は砦の中庭に集まった全ての人々の心に確かに届いていた。
一瞬の静寂の後、地鳴りのような歓声が冬の空気を震わせた。

「おかえりなさいませ、リリアンナ様!」
「聖女様! よくぞご無事で!」

騎士たちの力強い声。領民たちの温かい声。その全てが混じり合い、歓迎の渦となって私を包み込む。人々はまるで長旅から帰ってきた家族を迎えるように、その顔を喜びで輝かせていた。

ヨハン長老が、皺だらけの顔を涙で濡らしながら私の前に進み出た。
「お待ちしておりました、女神様。あなた様がおられない間、この土地は灯りが消えたように寂しゅうございました」

麓町の女たちも口々に駆け寄ってくる。
「リリアンナ様、帝都の暮らしはいかがでしたか?」
「まあ、お召し物が素敵! 帝都の貴婦人方も、あなた様の美しさには敵わなかったでしょう!」

その屈託のない笑顔と親しみに満ちた言葉に、私の心は温かいもので満たされていった。
帝都の貴族たちが向けてきた値踏みするような視線とは全く違う。彼らはただ純粋に、私の帰りを喜んでくれているのだ。

その時、人垣をかき分けるようにして一人の少年が私の前に駆け寄ってきた。それはかつて私がアイアン・グリフォンから庇った、あの少年だった。
彼はもじもじとしながら、小さな手で握りしめていた何かを私に差し出した。

「これ…あげる」
それは木を拙く削って作られた、一羽の鳥の飾りだった。不格好だけれど、一生懸命作ってくれたことが伝わってくる。
「あなたが、いなくならないように。お守り」

その小さな贈り物が、私の涙腺を完全に決壊させた。
「ありがとう…。ありがとう…!」
私は少年の前にしゃがみ込むと、その小さな体をそっと抱きしめた。

追放された時、私は全てを失ったと思っていた。
けれど違ったのだ。
私はこの場所で、何物にも代えがたい、たくさんの宝物を手に入れていた。

私の帰還を祝う宴は、その日の夜、砦の大食堂で開かれた。それは皇帝陛下が主催した夜会のような、華やかで洗練されたものではない。しかしそこには、どんな豪華な晩餐会にもない本物の温かさがあった。

テーブルには騎士たちが仕留めた猪の丸焼きや、私が教えたレシピで作られた温かいジャガイモのシチュー、そして山と積まれた黒パンが並ぶ。料理人たちが腕によりをかけて用意してくれた、心のこもったご馳走だった。

「リリアンナ先生! ご帰還、おめでとうございます!」
「先生のいない厨房は、活気がなくて寂しかったですぜ!」
ゲルハルト料理長をはじめ、厨房の仲間たちが大きなジョッキを掲げて私の周りに集まってきた。

騎士たちも次々と挨拶に来てくれる。
「リリアンナ様。あなたがいない間の砦は、まるで冬眠中の熊の巣のようでした。これでようやく春が来ます」
そんな不器用な歓迎の言葉が、私の心をくすぐった。

私は一人一人に「ただいま」と答え、彼らと杯を交わし、笑い合った。
エルミール王国という「生まれた場所」では決して得ることのできなかった、本当の意味での繋がり。血の繋がりよりも深い、心の繋がり。

ここが私の故郷なのだ。
私が命を懸けてでも守りたいと願う、大切な家族がいる場所。
その実感が私の胸を熱くした。

宴の喧騒から少し離れ、私は一人食堂のテラスに出て夜風にあたっていた。頬が喜びと少しのお酒で火照っている。
「楽しそうだな」
不意に背後から低い声がした。いつの間にか、ギルバート様が私の隣に立っていた。

「はい。とても」
私は心からの笑顔で頷いた。
「皆さんがこんなにも温かく迎えてくださるなんて、夢のようです」

彼は食堂の中で笑い合う領民たちの姿を、穏やかな目で見つめていた。
「夢ではない。それはお前が、お前自身の力で築き上げた確かな現実だ」

彼は私の方へ向き直った。その金の瞳が月明かりを浴びて、優しく輝いている。
「皆、お前を待っていた。俺もだ」

その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも私の心を震わせた。
私もあなたに会いたかった。
一刻も早く、あなたのいるこの場所に帰りたかった。

「おかえり、リリアンナ」
彼は改めて私の目を見て言った。
その声は帝都での緊張から解放された、深い安堵の色を帯びていた。

私も彼を見つめ返した。
そして今度は彼一人だけに届くように、はっきりと告げた。
「はい。ただいま帰りました、ギルバート様」

私たちは言葉を交わすことなく、しばらくの間ただ静かに寄り添っていた。
食堂から聞こえてくる人々の賑やかな笑い声。
冬の夜空に輝く澄んだ星々。
そして隣にいる、愛しい人の温もり。

これ以上、何もいらない。
私の幸せは、全てこの場所にある。

帝都での出来事が、まるで遠い嵐の夜の出来事のように感じられた。
しかしその嵐がまだ完全に過ぎ去ったわけではないことを、私たちは心のどこかで理解していた。
エルミール王国がこのまま引き下がるとは思えなかったからだ。

だが今はいい。
今はただこの帰るべき場所の温かさを、この腕の中に満ちる幸福を、心ゆくまで噛みしめていたかった。
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