曲がり角でぶつかった少女に回復魔法を使ったら不治の病と盲目なのを治してしまってめちゃくちゃ懐かれてた

夏見ナイ

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第28話 ダンスの夜間練習

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学園祭の準備は、日を追うごとに熱を帯びていた。
メイド&執事喫茶の準備は順調に進み、教室は日に日に本格的なカフェの内装へと姿を変えていく。
俺は主に力仕事を担当し、ルナリアやクラリスは内装の飾り付けやメニューの最終調整に勤しんでいた。クラス全体が一体となり、一つの目標に向かっていく。その雰囲気は前世の殺伐とした職場しか知らない俺にとって、新鮮で心地よいものだった。

そんなある日の放課後。
準備が一段落したタイミングで、クラリスがパン、と手を叩いて全員の注目を集めた。
「皆様、喫茶の準備も順調ですが、忘れてはならないものがありますわ!」
彼女がそう言うと、クラスメイトたちは「なんだなんだ」と顔を見合わせる。

「学園祭最終日を飾る、大ダンスパーティーですわ!」

その言葉に教室の空気が華やいだ。
特に女子生徒たちの目は、夢見るようにキラキラと輝き始める。
「そうだったわ!」「今年は誰に誘われるかしら…」
そんな囁きが聞こえてくる。

俺は、その話題からそっと目を逸らした。
ダンス。
俺の人生とは全く縁のなかった文化だ。前世では盆踊りすらまともに踊ったことがない。
貴族の子弟にとっては必須教養なのだろうが、平民出身の俺にとっては未知の領域だった。

(まずいな…ルナリアさんと約束しちまった…)

別れ際に交わした小指の約束。
あの時は勢いで頷いてしまったが、冷静に考えれば無謀にもほどがある。
俺が棒立ちで突っ立っている姿を想像し、今から胃が痛み始めた。

そんな俺の心境を見透かしたかのように、クラリスがにやりと笑ってこちらを見た。
「もちろん、我らが看板カップルであるユウキ様とルナリア様には、パーティーの主役として誰よりも優雅なダンスを披露していただかなければなりませんわ!」
その言葉に、クラスメイトたちが「そうだそうだ!」と囃し立てる。
完全に外堀を埋めに来ている。

「しかし、ユウキ様はダンスのご経験がないと伺っております。これでは、ルナリア様を完璧にエスコートできませんわ!」
クラリスの言葉に、俺は「だよな!」と心の中で激しく同意した。
だから、俺は辞退して…

「――ですから!」
クラリスは俺の淡い期待を打ち砕くように、高らかに宣言した。
「今日から、お二人のための特別ダンスレッスンを開始いたしますわ!」

俺の意見は、またしても完全に無視された。
そしてそのレッスンコーチとして、当然のように名乗りを上げたのが他ならぬルナリア本人だった。

「ユウキ様。私でよろしければ、ワルツの基本ステップから手取り足取りお教えいたしますわ」
彼女は俺の前に立つと、優雅にドレスの裾をつまむような仕草で一礼した。
その空色の瞳は、期待とそしてほんの少しの不安で揺れている。
「私と…踊っていただけますか?」

そんな風に言われて、断れるはずがない。
俺は観念してこくりと頷いた。
「…よろしくお願いします」
その返事を聞いて、彼女は心の底から嬉しそうに、花が咲くように微笑んだ。



その日の放課後。
俺とルナリアは人目を避けるように、普段はあまり使われていない旧館の音楽室を訪れていた。
クラリスが「お二人の邪魔をするわけにはいきませんから」と、気を利かせて鍵を手配してくれたのだ。

夕日が差し込む広い音楽室には、グランドピアノが一台ぽつんと置かれているだけだった。
床に敷かれた赤い絨毯が、これから始まる特別なレッスンの舞台のように見える。

「では、ユウキ様。まずは姿勢から始めましょう」
ルナリアはまるで本物のダンス教師のように、きびきびとした口調で言った。
彼女は俺の背後に回ると、そっと俺の肩と背中に触れた。
「背筋を伸ばして、肩の力を抜いてくださいませ。そう、その調子です」
彼女の小さな手が触れた場所から熱が伝わってくる。
それだけで俺の心臓は落ち着きを失い始めた。

次にステップの練習。
「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー」
彼女の優しい声に合わせて、俺はぎこちなく足を動かす。
だが、慣れない動きに体は思うように動いてくれない。リズムはずれ、彼女の足を踏みそうになっては慌てて飛びのく。

「ご、ごめん!」
「ふふっ。大丈夫ですわ、ユウキ様。最初は誰でもそうですから」
彼女は少しも怒ることなく、楽しそうに笑っている。
その笑顔に救われながら、俺は必死にステップを繰り返した。

何度か練習するうちに、ようやく形だけは様になってきた。
「では、次は実際に組んでみましょう」
ルナリアはそう言うと、俺の正面に立った。
そして俺の右手を取り、自分の腰に優しく添えさせた。
次に彼女自身の左手を、俺の右肩にそっと置く。
最後に残った俺の左手と彼女の右手が、胸の前で優しく絡められた。

その瞬間、俺たちの距離はゼロになった。
鼻先が触れ合いそうなほどの至近距離。
彼女の甘い花の香りが俺の理性を揺さぶる。
制服越しに伝わる彼女の体の柔らかさと、温もり。
そして、すぐそばで聞こえる彼女の小さな息遣い。
その全てが俺の思考を麻痺させていく。

「ユウキ様…?」
俺が固まっているのに気づき、ルナリアが不安そうに俺の顔を覗き込んできた。
その潤んだ瞳に見つめられて、俺は慌てて我に返った。
「な、なんでもない! 続けよう!」

「ワン、ツー、スリー…」
彼女のリードに合わせて、俺たちはゆっくりとステップを踏み始めた。
ぎこちないながらも、音楽室の中をくるり、くるりと回り始める。
窓から差し込む夕日が、俺たちの影を長く、そして一つに重ねていた。

最初は緊張でガチガチだった俺も、ルナリアの完璧なリードのおかげで少しずつ体の力が抜けてきた。
音楽に身を任せるという感覚が、なんとなく分かってきた気がする。
何より、この時間がたまらなく楽しかった。

練習は日が暮れても続いた。
気づけば窓の外は深い藍色に染まり、空には美しい月が浮かんでいた。
音楽室の明かりはつけず、月明かりだけが俺たち二人をスポットライトのように照らし出している。
その幻想的な雰囲気の中で、俺たちのダンスはいつしか言葉を失い、ただお互いの呼吸と鼓動だけを感じながら続いていた。

そして、その時は訪れた。
大きく、優雅にターンをしたその瞬間。
俺はほとんど無意識のうちに、彼女の腰をぐっと引き寄せていた。
それはワルツのステップにはない、俺自身の衝動的な動きだった。

ルナリアの小さな体が、俺の胸の中にすっぽりと収まる。
俺は彼女を抱きしめるような形で、その動きを止めた。
音楽室に静寂が訪れる。

俺たちの顔は、もう触れ合ってしまいそうなほどの距離にあった。
月明かりに照らされた彼女の長い睫毛。
驚きに見開かれた宝石のような空色の瞳。
そして、わずかに開かれた桜色の唇。

その全てが俺の心を強く、そして甘く締め付けた。
聞こえるのは、お互いの早鐘のように高鳴る鼓動の音だけ。
どちらからともなく、俺たちの顔はゆっくりと、ゆっくりと近づいていった。
あと、数センチ。
あと、数ミリ。

その唇が触れ合うか、触れ合わないかのその刹那。
ゴーン、ゴーン、と。
学園の時計台が夜の訪れを告げる重々しい鐘の音を響かせた。

その音に、俺たちははっと我に返った。
そして、まるで火傷でもしたかのように慌ててお互いの体から飛びのいた。

「ご、ごご、ごめんなさいっ!」
「い、いや、俺こそ! 何か、その…!」

二人して顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに謝罪の言葉を繰り返す。
先ほどまでの甘い雰囲気はどこへやら、気まずい空気が音楽室に満ちていた。

「も、もう遅いし、今日はこの辺で…」
「そ、そうですわね!」

俺たちはぎこちない挨拶を交わすと、そそくさと音楽室を後にした。
帰り道も、ほとんど会話はなかった。
だが、その沈黙は心地よいものでも、気まずいだけのものでもなかった。
それは言葉にできないほどの甘い余韻と、これからへの期待に満ちた特別な沈黙だった。

学園祭本番で、俺は彼女を上手くエスコートできるだろうか。
そして、あの時の続きがダンスパーティーで訪れたりするのだろうか。
そんなことを考えると、俺の心臓はまた大きく高鳴り始めるのだった。
ただのダンスの練習だったはずが、俺たちの関係をまた一つ、深く、そして甘く変えてしまった。
その夜、俺もルナリアもなかなか寝付けなかったことを、お互いはまだ知らない。
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