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第38話 呼び名の変更
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恋人同士となって初めての昼休み。
俺たちの席の周りには相変わらずルナリアお手製の三段重が広げられていた。
だが今日の昼食風景は、以前とは決定的に違う点が一つあった。
もはやルナリアは俺に「あーん」をしてこない。その代わり俺たちは机の下でそっと手を繋ぎながら、自分たちの箸で時々おかずを交換したりしていた。
そのささやかなやり取りが周りのクラスメイトたちには、以前の「あーん」以上に破壊力のあるイチャつきに見えているらしい。あちこちから「ぐはっ」「尊死…」などという断末魔のような声が聞こえてくる。
そんな砂糖菓子のように甘い時間が流れる中、ふとルナリアが箸を置き、どこか真剣な面持ちで俺に切り出してきた。
「あの…ユウキさん」
「ん? どうかした?」
「一つ、ご相談があるのですが…」
彼女は少しだけ頬を赤らめ、もじもじと指を絡ませながら上目遣いで俺を見つめてきた。
その仕草だけで俺の心臓は簡単に跳ね上がる。
「わ、私たちの…その…呼び名について、ですわ」
「呼び名?」
俺が聞き返すと、彼女はこくりと頷いた。
「はい。私たちはその…晴れて恋人同士となったわけですから。いつまでも『ユウキさん』『ルナリアさん』では、少し…そ、そよそよしいかと…」
最後の言葉は恥ずかしさのあまり消え入りそうな声になった。
なるほど、呼び名の変更か。
確かに恋人同士になったのだから、もっと親密な呼び方に変えるのは自然な流れだろう。
前世の恋愛経験が皆無な俺にとっては未知の領域だが。
「じゃあ…なんて呼べばいいかな」
俺がそう尋ねると、彼女は待ってましたとばかりにキラキラとした瞳で俺を見つめてきた。
「私は、ユウキ様のことを『ユウキ』と、お名前で呼ばせていただいても…よろしいでしょうか?」
彼女の口から呼び捨てにされた自分の名前。
その響きがなんだか無性に恥ずかしい。だがそれ以上に胸がときめいた。
俺は顔が熱くなるのを感じながら、小さく頷いた。
「ああ。もちろん」
俺の許可を得て、彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。
そして深呼吸を一つすると、まるで大切な呪文を唱えるかのようにその名を呼んだ。
「…ユウキ」
その吐息のように甘い響き。
俺の名前はこんなにも特別な音を持っていたのか。
彼女に呼ばれるだけで、ただの記号だったはずの自分の名前がまるで魔法の言葉のように感じられた。
俺の心臓はもはや正常なリズムを刻むことを放棄していた。
「ど、どうだろうか…」
俺があまりの破壊力に言葉を失っていると、今度は彼女が不安そうに俺の顔を窺ってきた。
「その…私のことも、お名前で…呼んで、いただけませんか…?」
そのあまりにも健気で、あまりにも可愛らしいお願い。
断れるはずがない。
俺もごくりと喉を鳴らし、覚悟を決めた。
「…ルナ」
俺の口から彼女の名前がこぼれ落ちる。
「さん」を付けないだけで、その響きは驚くほど親密なものに変わった。
その名を口にするだけで彼女との距離がぐっと縮まったような気がした。
俺に名前を呼ばれた瞬間、ルナの体がびくりと大きく跳ねた。
そして次の瞬間には、顔から首筋まで全てが真っ赤に染め上がっていた。
その空色の瞳は驚きと、羞恥と、そしてとろけるような幸福感でうるうると潤んでいる。
彼女は何も言えずに、ただぱくぱくと口を動かしているだけだった。
その反応は完全にキャパシティオーバーを起こしていることを示していた。
「だ、大丈夫か?」
俺が心配になって声をかけると、彼女ははっと我に返った。
そしてぶんぶんと、ちぎれんばかりに首を横に振った。
「だ、だだだ、大丈夫ですわ! 少し心臓に悪かっただけで…!」
そのしどろもどろな様子に、俺は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、練習してみるか?」
俺が少し意地悪く提案する。
「え、れ、練習…ですの?」
「ああ。慣れないと、いざという時に出てこないかもしれないだろ」
俺たちは顔を見合わせた。
そしてどちらからともなく、小さく頷いた。
二人だけの秘密の練習の始まりだ。
「えーっと…ユウキ」
「なんだい? …ルナ」
「今日の午後の授業は魔法薬学ですわね、ユウキ」
「ああ、そうだな。楽しみだ、ルナ」
「わたくし、ユウキとご一緒ならどんな授業も楽しみですわ」
「俺もだよ、ルナ」
最初はぎこちなかった呼び方も、繰り返すうちに少しずつ自然になっていく。
お互いの名前を呼ぶたびに新鮮な幸せが胸の中に広がり、くすぐったいような、嬉しいような不思議な気持ちになった。
そのやり取りは周りから見れば、ただひたすらに甘いだけの光景だっただろう。
俺たちの周りだけ砂糖を煮詰めたような空気が漂っている。
「…もう、いいですわ!」
しばらく練習を続けた後、ついに恥ずかしさの限界に達したらしいルナが両手で顔を覆って叫んだ。
その顔は茹でダコのように真っ赤だ。
「もう、心臓が持ちません…!」
その可愛すぎる反応に、俺は声を上げて笑ってしまった。
その日の放課後。
帰り道で俺たちはもう一度だけ、その名前を呼び合った。
「また明日な、ルナ」
「はい…! また明日、ユウキ…!」
夕日に照らされた並木道。
恥ずかしそうに、でも最高の笑顔で手を振る彼女の姿。
その光景は俺の心に、温かい一枚の絵画のように焼き付いた。
新しい呼び名。
それは俺たちの関係がまた一つ深く、そして特別なものになったことを示す甘い甘い合言葉。
これから先この名前を何度呼ぶことになるのだろう。
喜びの時も、もしかしたら悲しみの時も。
その全てをこの名前と共に分かち合っていくのだ。
そう思うと、ただ自分の名前を呼ばれるだけのことがこんなにも幸福なことなのだと俺は初めて知った。
俺たちの席の周りには相変わらずルナリアお手製の三段重が広げられていた。
だが今日の昼食風景は、以前とは決定的に違う点が一つあった。
もはやルナリアは俺に「あーん」をしてこない。その代わり俺たちは机の下でそっと手を繋ぎながら、自分たちの箸で時々おかずを交換したりしていた。
そのささやかなやり取りが周りのクラスメイトたちには、以前の「あーん」以上に破壊力のあるイチャつきに見えているらしい。あちこちから「ぐはっ」「尊死…」などという断末魔のような声が聞こえてくる。
そんな砂糖菓子のように甘い時間が流れる中、ふとルナリアが箸を置き、どこか真剣な面持ちで俺に切り出してきた。
「あの…ユウキさん」
「ん? どうかした?」
「一つ、ご相談があるのですが…」
彼女は少しだけ頬を赤らめ、もじもじと指を絡ませながら上目遣いで俺を見つめてきた。
その仕草だけで俺の心臓は簡単に跳ね上がる。
「わ、私たちの…その…呼び名について、ですわ」
「呼び名?」
俺が聞き返すと、彼女はこくりと頷いた。
「はい。私たちはその…晴れて恋人同士となったわけですから。いつまでも『ユウキさん』『ルナリアさん』では、少し…そ、そよそよしいかと…」
最後の言葉は恥ずかしさのあまり消え入りそうな声になった。
なるほど、呼び名の変更か。
確かに恋人同士になったのだから、もっと親密な呼び方に変えるのは自然な流れだろう。
前世の恋愛経験が皆無な俺にとっては未知の領域だが。
「じゃあ…なんて呼べばいいかな」
俺がそう尋ねると、彼女は待ってましたとばかりにキラキラとした瞳で俺を見つめてきた。
「私は、ユウキ様のことを『ユウキ』と、お名前で呼ばせていただいても…よろしいでしょうか?」
彼女の口から呼び捨てにされた自分の名前。
その響きがなんだか無性に恥ずかしい。だがそれ以上に胸がときめいた。
俺は顔が熱くなるのを感じながら、小さく頷いた。
「ああ。もちろん」
俺の許可を得て、彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。
そして深呼吸を一つすると、まるで大切な呪文を唱えるかのようにその名を呼んだ。
「…ユウキ」
その吐息のように甘い響き。
俺の名前はこんなにも特別な音を持っていたのか。
彼女に呼ばれるだけで、ただの記号だったはずの自分の名前がまるで魔法の言葉のように感じられた。
俺の心臓はもはや正常なリズムを刻むことを放棄していた。
「ど、どうだろうか…」
俺があまりの破壊力に言葉を失っていると、今度は彼女が不安そうに俺の顔を窺ってきた。
「その…私のことも、お名前で…呼んで、いただけませんか…?」
そのあまりにも健気で、あまりにも可愛らしいお願い。
断れるはずがない。
俺もごくりと喉を鳴らし、覚悟を決めた。
「…ルナ」
俺の口から彼女の名前がこぼれ落ちる。
「さん」を付けないだけで、その響きは驚くほど親密なものに変わった。
その名を口にするだけで彼女との距離がぐっと縮まったような気がした。
俺に名前を呼ばれた瞬間、ルナの体がびくりと大きく跳ねた。
そして次の瞬間には、顔から首筋まで全てが真っ赤に染め上がっていた。
その空色の瞳は驚きと、羞恥と、そしてとろけるような幸福感でうるうると潤んでいる。
彼女は何も言えずに、ただぱくぱくと口を動かしているだけだった。
その反応は完全にキャパシティオーバーを起こしていることを示していた。
「だ、大丈夫か?」
俺が心配になって声をかけると、彼女ははっと我に返った。
そしてぶんぶんと、ちぎれんばかりに首を横に振った。
「だ、だだだ、大丈夫ですわ! 少し心臓に悪かっただけで…!」
そのしどろもどろな様子に、俺は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、練習してみるか?」
俺が少し意地悪く提案する。
「え、れ、練習…ですの?」
「ああ。慣れないと、いざという時に出てこないかもしれないだろ」
俺たちは顔を見合わせた。
そしてどちらからともなく、小さく頷いた。
二人だけの秘密の練習の始まりだ。
「えーっと…ユウキ」
「なんだい? …ルナ」
「今日の午後の授業は魔法薬学ですわね、ユウキ」
「ああ、そうだな。楽しみだ、ルナ」
「わたくし、ユウキとご一緒ならどんな授業も楽しみですわ」
「俺もだよ、ルナ」
最初はぎこちなかった呼び方も、繰り返すうちに少しずつ自然になっていく。
お互いの名前を呼ぶたびに新鮮な幸せが胸の中に広がり、くすぐったいような、嬉しいような不思議な気持ちになった。
そのやり取りは周りから見れば、ただひたすらに甘いだけの光景だっただろう。
俺たちの周りだけ砂糖を煮詰めたような空気が漂っている。
「…もう、いいですわ!」
しばらく練習を続けた後、ついに恥ずかしさの限界に達したらしいルナが両手で顔を覆って叫んだ。
その顔は茹でダコのように真っ赤だ。
「もう、心臓が持ちません…!」
その可愛すぎる反応に、俺は声を上げて笑ってしまった。
その日の放課後。
帰り道で俺たちはもう一度だけ、その名前を呼び合った。
「また明日な、ルナ」
「はい…! また明日、ユウキ…!」
夕日に照らされた並木道。
恥ずかしそうに、でも最高の笑顔で手を振る彼女の姿。
その光景は俺の心に、温かい一枚の絵画のように焼き付いた。
新しい呼び名。
それは俺たちの関係がまた一つ深く、そして特別なものになったことを示す甘い甘い合言葉。
これから先この名前を何度呼ぶことになるのだろう。
喜びの時も、もしかしたら悲しみの時も。
その全てをこの名前と共に分かち合っていくのだ。
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