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第59話 帰りの馬車で
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その日、俺のタウンハウスの前は臨時の野戦病院と化した。
俺は押し寄せた全ての人々を、一人残らず癒やした。
生まれつきの奇病に苦しむ子供、事故で手足を失った職人、原因不明の熱病にうなされる老人。
そのありとあらゆる苦しみを、俺はただひたすらに黄金色の光で消し去っていった。
人々は目の前で起こる奇跡の数々に、最初は驚愕し、やがて涙を流してひれ伏した。
感謝の言葉、賞賛の声、そして神に祈るかのような敬虔な眼差し。
その全てを、俺はただ黙って受け止めた。
最後の一人の治療を終えた頃には、空はとっくに夜の闇に包まれていた。
心身共に疲れ果てていた。
俺の力は魔力をほとんど消費しない。だが、大勢の人々のあまりにも重い「想い」を受け止め続けた精神は、鉛のように重く疲弊していた。
俺はふらつく足取りで、タウンハウスの中へと戻った。
玄関ホールで俺を待っていたのは、ルナだった。
彼女は今日の騒動をどこで聞きつけたのか、心配そうな顔で唇を固く結んでいた。
俺の疲れ切った姿を見るなり、彼女は駆け寄ってきた。
「ユウキ…!」
その声には、俺を気遣う深い愛情がこもっていた。
俺は彼女の顔を見て、張り詰めていた糸がぷつりと切れるのを感じた。
「…疲れた」
俺の口から弱々しい本音がこぼれ落ちる。
俺はその場に崩れ落ちそうになった。
その俺の体を、彼女の華奢な腕がしかし力強く支えてくれた。
「ええ、存じておりますわ。…お疲れ様でした、ユウキ」
彼女はそれ以上何も言わなかった。
ただ俺の体を支え、ゆっくりとリビングのソファへと導いてくれた。
そして俺がソファに深く身を沈めると、彼女はキッチンへと向かい、すぐに温かいミルクティーを淹れてきてくれた。
その湯気の立つカップを、俺の冷えた手にそっと握らせてくれる。
その温かさが、じんわりと心の芯まで染み渡っていくようだった。
俺たちはしばらくの間、何も話さなかった。
ただ暖炉の炎がぱちぱちと静かにはぜる音だけが、部屋に響いていた。
その穏やかな沈黙が、今の俺には何よりもありがたかった。
彼女はただ俺の隣に座り、俺の心が落ち着くのを静かに待ってくれていた。
やがて少しだけ気力が戻ってきた俺は、ぽつりと呟いた。
「…俺は、聖者なんかじゃない」
それは誰に言うでもない、独り言のようなものだった。
「こんなふうに祭り上げられたいわけじゃない。ただ、静かに君と…」
そこまで言って俺は言葉を詰まらせた。
自分の無力さが歯がゆかった。
俺が望む未来と、世界が俺に求める役割。
そのあまりにも大きなギャップに、心が押し潰されそうだった。
俺の弱音。
それを聞いたルナは、しかし困ったような顔はしなかった。
彼女は俺の隣にさらに体を寄せると、俺の肩にこてんと優しく頭を預けてきた。
「存じておりますわ」
彼女は静かな、しかし絶対的な確信に満ちた声で言った。
「ユウキが聖者様などではないことくらい、わたくしが一番よく存じております」
俺は驚いて彼女の顔を見た。
「ユウキは、ただ誰よりも優しくて、誰よりも温かい、たった一人の私の大切な人」
彼女はそう言うと、ふわりと愛おしそうに微笑んだ。
その笑顔には一点の曇りもなかった。
「どんな称号で呼ばれようと、周りが貴方のことを何と言おうと関係ありませんわ」
彼女は俺の胸にそっと手を当てた。
「ここにいる本当のユウキを、私は知っています。それだけで十分ですわ」
そのあまりにも真っ直ぐで、あまりにも温かい言葉。
それは俺のささくれだった心の一番柔らかい場所に、じんわりと染み込んでいった。
そうだ。
俺は何を悩んでいたのだろう。
周りが俺をどう見ようと、どうでもいいことじゃないか。
この世界でたった一人、俺の本当の姿を理解し愛してくれる人が、こうして隣にいてくれるのだから。
俺はゆっくりと腕を伸ばした。
そして彼女の華奢な体を、そっと抱きしめた。
彼女もまた俺の背中に、優しく腕を回してくる。
腕の中で感じる彼女の温もりと規則正しい鼓動。
それが俺の荒んだ心を、静かに、そして確かに癒やしていく。
「ありがとう、ルナ」
俺の口から心からの感謝の言葉が零れ落ちた。
「君がいてくれて、よかった」
俺の言葉に、彼女は何も答えなかった。
ただ俺を抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
それが彼女の何よりの答えだった。
帰り道は同じ馬車に乗った。
もはや別々の家に帰るという選択肢は、俺たちの中にはなかった。
俺はタウンハウスではなく、彼女が暮らすシルフィード公爵邸へと向かっていた。
今夜だけは一人になりたくなかったのだ。
馬車が静かな夜道をゆっくりと進んでいく。
窓の外には王都の美しい夜景が流れていく。
俺たちはどちらからともなく、そっと手を繋いだ。
「どんな称号よりも、ルナの隣にいられることが俺の一番の幸せだよ」
俺がそう囁くと、彼女は静かに俺の肩にその頭を預けてきた。
その重みが、その温もりが、俺の生きる意味そのものだと心からそう思った。
聖者と呼ばれてもいい。英雄と呼ばれてもいい。
この腕の中に彼女がいる限り、俺はどんな運命だって受け入れてみせる。
俺は腕の中の温もりを、もう一度強く、強く抱きしめ直した。
馬車は俺たちの静かな誓いを乗せて、穏やかな夜の闇の中を進んでいく。
その先にあるのがどんな未来だとしても、二人一緒ならきっと乗り越えていける。
そんな確かな予感が、俺の胸を温かく満たしていた。
俺は押し寄せた全ての人々を、一人残らず癒やした。
生まれつきの奇病に苦しむ子供、事故で手足を失った職人、原因不明の熱病にうなされる老人。
そのありとあらゆる苦しみを、俺はただひたすらに黄金色の光で消し去っていった。
人々は目の前で起こる奇跡の数々に、最初は驚愕し、やがて涙を流してひれ伏した。
感謝の言葉、賞賛の声、そして神に祈るかのような敬虔な眼差し。
その全てを、俺はただ黙って受け止めた。
最後の一人の治療を終えた頃には、空はとっくに夜の闇に包まれていた。
心身共に疲れ果てていた。
俺の力は魔力をほとんど消費しない。だが、大勢の人々のあまりにも重い「想い」を受け止め続けた精神は、鉛のように重く疲弊していた。
俺はふらつく足取りで、タウンハウスの中へと戻った。
玄関ホールで俺を待っていたのは、ルナだった。
彼女は今日の騒動をどこで聞きつけたのか、心配そうな顔で唇を固く結んでいた。
俺の疲れ切った姿を見るなり、彼女は駆け寄ってきた。
「ユウキ…!」
その声には、俺を気遣う深い愛情がこもっていた。
俺は彼女の顔を見て、張り詰めていた糸がぷつりと切れるのを感じた。
「…疲れた」
俺の口から弱々しい本音がこぼれ落ちる。
俺はその場に崩れ落ちそうになった。
その俺の体を、彼女の華奢な腕がしかし力強く支えてくれた。
「ええ、存じておりますわ。…お疲れ様でした、ユウキ」
彼女はそれ以上何も言わなかった。
ただ俺の体を支え、ゆっくりとリビングのソファへと導いてくれた。
そして俺がソファに深く身を沈めると、彼女はキッチンへと向かい、すぐに温かいミルクティーを淹れてきてくれた。
その湯気の立つカップを、俺の冷えた手にそっと握らせてくれる。
その温かさが、じんわりと心の芯まで染み渡っていくようだった。
俺たちはしばらくの間、何も話さなかった。
ただ暖炉の炎がぱちぱちと静かにはぜる音だけが、部屋に響いていた。
その穏やかな沈黙が、今の俺には何よりもありがたかった。
彼女はただ俺の隣に座り、俺の心が落ち着くのを静かに待ってくれていた。
やがて少しだけ気力が戻ってきた俺は、ぽつりと呟いた。
「…俺は、聖者なんかじゃない」
それは誰に言うでもない、独り言のようなものだった。
「こんなふうに祭り上げられたいわけじゃない。ただ、静かに君と…」
そこまで言って俺は言葉を詰まらせた。
自分の無力さが歯がゆかった。
俺が望む未来と、世界が俺に求める役割。
そのあまりにも大きなギャップに、心が押し潰されそうだった。
俺の弱音。
それを聞いたルナは、しかし困ったような顔はしなかった。
彼女は俺の隣にさらに体を寄せると、俺の肩にこてんと優しく頭を預けてきた。
「存じておりますわ」
彼女は静かな、しかし絶対的な確信に満ちた声で言った。
「ユウキが聖者様などではないことくらい、わたくしが一番よく存じております」
俺は驚いて彼女の顔を見た。
「ユウキは、ただ誰よりも優しくて、誰よりも温かい、たった一人の私の大切な人」
彼女はそう言うと、ふわりと愛おしそうに微笑んだ。
その笑顔には一点の曇りもなかった。
「どんな称号で呼ばれようと、周りが貴方のことを何と言おうと関係ありませんわ」
彼女は俺の胸にそっと手を当てた。
「ここにいる本当のユウキを、私は知っています。それだけで十分ですわ」
そのあまりにも真っ直ぐで、あまりにも温かい言葉。
それは俺のささくれだった心の一番柔らかい場所に、じんわりと染み込んでいった。
そうだ。
俺は何を悩んでいたのだろう。
周りが俺をどう見ようと、どうでもいいことじゃないか。
この世界でたった一人、俺の本当の姿を理解し愛してくれる人が、こうして隣にいてくれるのだから。
俺はゆっくりと腕を伸ばした。
そして彼女の華奢な体を、そっと抱きしめた。
彼女もまた俺の背中に、優しく腕を回してくる。
腕の中で感じる彼女の温もりと規則正しい鼓動。
それが俺の荒んだ心を、静かに、そして確かに癒やしていく。
「ありがとう、ルナ」
俺の口から心からの感謝の言葉が零れ落ちた。
「君がいてくれて、よかった」
俺の言葉に、彼女は何も答えなかった。
ただ俺を抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
それが彼女の何よりの答えだった。
帰り道は同じ馬車に乗った。
もはや別々の家に帰るという選択肢は、俺たちの中にはなかった。
俺はタウンハウスではなく、彼女が暮らすシルフィード公爵邸へと向かっていた。
今夜だけは一人になりたくなかったのだ。
馬車が静かな夜道をゆっくりと進んでいく。
窓の外には王都の美しい夜景が流れていく。
俺たちはどちらからともなく、そっと手を繋いだ。
「どんな称号よりも、ルナの隣にいられることが俺の一番の幸せだよ」
俺がそう囁くと、彼女は静かに俺の肩にその頭を預けてきた。
その重みが、その温もりが、俺の生きる意味そのものだと心からそう思った。
聖者と呼ばれてもいい。英雄と呼ばれてもいい。
この腕の中に彼女がいる限り、俺はどんな運命だって受け入れてみせる。
俺は腕の中の温もりを、もう一度強く、強く抱きしめ直した。
馬車は俺たちの静かな誓いを乗せて、穏やかな夜の闇の中を進んでいく。
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