お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ

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第15話:氷の皇子

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意識がゆっくりと浮上してくる。
最初に感じたのは、柔らかな温もりだった。誰かが、自分の冷え切った体に上着をかけてくれている。その温もりに安堵し、リリアーナは重い瞼をゆっくりと押し上げた。

ぼやけていた視界が、徐々に焦点を結ぶ。
そして、彼女は息をのんだ。
目の前に、人がいた。
昨日、自分が助けたはずの銀髪の騎士が、すぐそばに座ってこちらをじっと見つめていたのだ。

夜の闇の中では分からなかった、その瞳の色に心を奪われる。
凍てついた冬の湖のような、深く澄んだ青。感情の色を一切映さず、ただ静かにこちらを見据えている。そのあまりの冷たさと美しさに、リリアー-ナは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。

彼はもう、昨日とは全く違う空気をまとっていた。
泥と血に汚れてはいるが、その佇まいには隠しようのない気品と威厳が満ちている。ただそこに座っているだけで、周囲の空間を支配する絶対的な存在感。一介の騎士ではないことだけは、すぐに分かった。

「……目が覚めたか」

低く、よく通る声だった。その声もまた、彼の瞳と同じように冷たく、感情の起伏を感じさせない。
リリアーナは慌てて体を起こそうとしたが、全身が鉛のように重く、力が入らない。生命力を使いすぎた代償だ。
「動くな。消耗しているのだろう」
彼は短くそう言うと、リリアーナの動きを制した。その言葉は命令のようだったが、どこか気遣う響きも含まれている気がした。

「……あ、あの……お体は」
かろうじて、それだけを絞り出す。自分の声が、ひどくかすれていることに気づいた。
「問題ない」
彼は簡潔に答えた。その言葉通り、昨日見た深い傷も、体を蝕んでいた魔瘴の気配も綺麗に消えている。無事に助けられたのだと分かり、リリアーナは心の底から安堵した。よかった。今度は、間違えなかった。

安堵したのも束の間、彼の氷の瞳が再びリリアーナを射抜いた。
「お前がやったのか」
それは問いかけというより、事実の確認だった。
リリアーナは小さく頷くことしかできない。自分の力がバレてしまった。この人は、私の力をどう思うだろう。気味悪がられるだろうか。化け物だと、罵られるだろうか。過去の記憶が蘇り、恐怖で体が縮こまる。

「……申し訳、ございません。余計なことを……」
俯き、消え入りそうな声で謝罪する。それが彼女の体に染み付いた癖だった。
すると、彼は意外な言葉を口にした。
「余計なことではない。お前がいなければ、私は死んでいた」
その声には、やはり感情は乗っていなかった。ただ、事実を述べただけ。しかし、リリアー-ナにとって、それは初めて聞く言葉だった。自分の力が、誰かの役に立ったと肯定されたのは。

リリアーナが顔を上げられずにいると、彼は続けた。
「名乗ろう。私はアシュレイ・フォン・エルミート。エルミート帝国の第一皇子だ」

その名前に、リリアーナの思考は完全に停止した。
アシュレイ・フォン・エルミート。
「氷の皇子」の異名で知られる、隣国エルミート帝国の完璧な後継者。その噂は、リリアーナがいた王国にまで届いていた。頭脳明晰、剣技無双。そして、氷のように冷徹で、一切の感情を見せない人物だと。

まさか、自分が助けた相手が、そんな雲の上の存在だったとは。
恐怖と混乱で、声も出ない。平民と偽ってこのまま逃げるべきか。いや、この人の前で嘘が通じるとは思えなかった。

アシュレイは、リリアーナの動揺など意にも介さず、淡々と話を続けた。
「私の体は、幼い頃にかけられた呪いに蝕まれている。今まで、どんな治癒術師も、どんな聖職者も、この呪いを和らげることすらできなかった。だが、お前の力は違った。呪いの根源にまで届き、その力を弱めた。お前が初めてだ」

彼の青い瞳が、リリアーナを真っ直ぐに見つめる。それはまるで、値踏みするような、分析するような視線だった。
そして、彼は結論を下すように言った。

「お前の力が必要だ。帝国に来い」

有無を言わせぬ、絶対的な命令だった。
リリアーナは、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
必要だ。
私が必要? この、誰からも不要だと言われ続けてきた私が?
呪われた力を持つ、この私が?

あまりにも唐突な申し出に、戸惑うばかりで言葉が出てこない。
しかし、アシュレイは彼女の返事を待つ気などないようだった。彼はすっと立ち上がると、空に向かって鋭い音の指笛を鳴らした。森の静寂を破る、高く澄んだ音色。それは、仲間への合図なのだろう。

彼は再びリリアーナを見下ろした。その氷の瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、奇妙な光が宿ったのをリリアーナは見逃さなかった。それは独占欲にも似た、強い光だった。

「これは命令だ。拒否は許さない」

そう言い放った氷の皇子の言葉は、リリアーナの逃げ道を全て塞いでしまった。
この出会いが、彼女の灰色の人生を根底から覆す、運命の始まりとなる。
だが、今の彼女はただ、目の前の絶対的な存在に圧倒されることしかできなかった。
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