お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ

文字の大きさ
17 / 99

第17話:皇城での歓迎と戸惑い

しおりを挟む
馬車が帝都エルミリアの中心、皇城の正門前に到着した時、リリアーナは窓の外の光景に言葉を失った。
彼女が育った王国の王城が、華美で優雅な「宮殿」であるならば、エルミートのそれはまさしく「城塞」だった。磨き上げられた黒に近い灰色の石材で築かれた城壁は、天を衝くほどの高さで聳え立ち、見る者を威圧する。装飾は最小限に抑えられ、その全てが機能美と揺るぎない力強さを物語っていた。

巨大な城門が、厳かな音を立てて開かれる。馬車が中庭へ入ると、そこにはすでに大勢の人間が整列して待ち構えていた。文官、騎士、侍女。誰もが一分の隙もない立ち居振る舞いで、主の帰還を待っている。

アシュレイが先に馬車を降り、続いてリリアーナが彼の手に引かれて姿を現した瞬間、その場にいた全員の空気が凍りついた。
彼らはまず、皇子の無事な姿に安堵の表情を浮かべた。しかし、その次に、泥だらけの地味なドレスを着た、見知らぬ少女が皇子の隣にいるという異常事態を認識し、困惑と疑念の表情へと変わっていった。

「殿下! ご無事で何よりです!」
年配の宰相らしき人物が前に進み出て、深々と頭を下げる。彼の視線は、リリアーナの姿を一瞬だけ捉え、すぐにアシュレイへと戻された。
「ご心配をおかけしました。詳細は後ほど。それより、父上は?」
「執務室にてお待ちです」
「分かった」

アシュレイは簡潔に答えると、リリアーナの手を掴んだまま、大理石の階段を上り始めた。その行動に、側近たちがざわめく。騎士団長のレオナルドが、慌てて彼の隣に並んだ。
「殿下、お待ちください。その娘を、このまま城内へ?」
「何か問題でも?」
アシュレイは足を止めず、冷たく問い返した。
「問題しかございません! 素性も目的も知れぬ者を、陛下の御前に連れて行くなど、断じて……!」
「黙れ、レオナルド」

アシュレイの静かな一言が、レオナルドの言葉を遮った。その声には、絶対零度の冷たさが宿っていた。
「彼女は私の命の恩人であり、客人だ。無礼な態度は許さない。二度言わせるな」
その言葉は、レオナルドだけでなく、周囲にいた全ての者たちに向けられていた。絶対的な主君の命令。誰もが息をのみ、反論の言葉を飲み込むしかなかった。レオナルドは悔しそうに顔を歪め、一歩下がる。

リリアーナは、アシュレイに手を引かれるまま、壮麗な城の中を進んだ。周囲から突き刺さる無遠慮な視線に耐えきれず、彼女は荷物の奥にしまっていた予備の古い眼鏡を、お守りのようにそっとかけた。磨き上げられた床には自分の見慣れた地味な姿が映り込み、それは羞恥であると同時に、奇妙な安心感を彼女に与えた周囲からは、ひそひそとした囁き声と、突き刺すような視線が絶え間なく注がれた。
「あの娘は一体……?」
「どこかの密偵では……」
「殿下をたぶらかしたのではあるまいな」

悪意に満ちた言葉の礫が、彼女の心を容赦なく打ち付ける。婚約破棄の夜会で浴びた嘲笑とは、また質の違う冷たい刃。ここでは、彼女は完全に異物であり、排除すべき敵なのだ。
リリアーナは俯き、ただアシュレイの背中だけを見つめた。今、この広大な城の中で、自分の存在を許してくれるのは、この氷の皇子ただ一人だった。

やがて、重厚な彫刻が施された巨大な扉の前で、アシュレイは足を止めた。皇帝の執務室だ。衛兵が厳かに扉を開ける。
中は、書斎と呼ぶにはあまりにも広く、天井まで届く本棚が壁一面を埋め尽くしていた。部屋の中央にある巨大な執務机で、一人の男性が書類に目を通していた。
アシュレイの父親、現エルミート帝国皇帝、アルフォンス・フォン・エルミート。
歳を重ねてもなお衰えぬ威厳と、理知的な光を宿す瞳を持つ、大陸全土にその名を轟かせる賢帝だった。

「……戻ったか、アシュレイ」
皇帝は書類から顔を上げ、息子を見つめた。その声は穏やかだったが、確かな威厳があった。
「はい、父上。ご心配をおかけしました」
アシュレイが深く礼をする。リリアーナも慌てて見よう見まねで頭を下げた。
皇帝の視線が、リリアーナへと移る。その瞳は、全てを見透かすかのように鋭く、リリアーナは思わず身を固くした。
「して、その娘が、そなたを救ったという癒やし手か」
「はい。彼女の力なくして、私はここにはおりません」
アシュレイの言葉に、嘘も誇張もないことを皇帝は即座に見抜いたようだった。彼はふむ、と短く息を漏らすと、それ以上は何も問わなかった。
「……分かった。そなたの判断に任せる。必要なものは、何でも使うが良い」
「はっ。ありがたき幸せ」

あまりにも短い会話。しかし、そこには父と子の間の絶対的な信頼関係が窺えた。皇帝は息子の能力と判断力を信じ、全てを委ねたのだ。
リリアーナは、自分がいた王国の王家や、実の家族との関係とのあまりの違いに、ただ驚くばかりだった。

執務室を出ると、アシュレイは待っていた侍従長に命じた。
「客人を一人、迎える。離宮の東棟にある一番良い部屋を用意しろ。必要なものを全て揃え、最高の待遇でもてなせ」
「か、しかし殿下、あそこは国賓をお迎えする部屋で……」
「私の客人は、国賓と同等だ。問題あるか?」
「……滅相もございません。直ちに」
侍従長は、アシュレイの気迫に押され、深く頭を下げてその場を去った。

リリアーナは、自分がとんでもない場所に来てしまったのだと、改めて実感していた。
氷の皇子の気まぐれか、あるいは本当に彼の呪いを解くための道具としてか。どちらにせよ、ここは歓迎されざる場所。四方を敵に囲まれた、美しくも冷たい牢獄。
これから自分はどうなってしまうのだろう。
拭い去れない不安と孤独感が、冷たい霧のように彼女の心を包み込んでいた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄されましたが、実は本物の聖女でした

きまま
恋愛
王国の夜会で、第一王子のレオンハルトから婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リリエル・アルヴァリア。 顔を銀の仮面で隠していることから『醜貌の聖女』と嘲られ、不要と切り捨てられた彼女は、そのまま王城を追われることになる。 しかし、その後に待ち受ける国の運命は滅亡へと向かっていた——

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?

藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。 目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。 前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。 前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない! そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

処理中です...