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第42話:魔法の暴発
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濃密な霧が、戦場を支配していた。
視界は、腕を伸ばせばその先が見えなくなるほどに白い。湿った泥の匂いと、微かな硫黄の香りが鼻をつく。方向感覚は完全に麻痺し、自らがどこに立っているのかさえ定かではない。
「くそっ! どうなっている!?」
重騎士バルガスが、苛立ちを隠せない声で叫んだ。彼の自慢の巨体も、この霧の中ではただの的だ。
「ソーマ! なんとかしろ、この霧を!」
「黙れ! 分かっている!」
魔術師ソーマもまた、焦燥に駆られていた。彼の魔法は、正確な位置座標と視覚情報があってこそ、その真価を発揮する。この状況では、ほとんどの攻撃魔法は無力化されたに等しい。
彼は、風を操る魔法で霧を吹き払おうと試みた。だが、彼の魔法が作り出す風は、この異常なほど濃密で重い霧を動かすには、あまりにも非力だった。霧は、揺らぎさえしない。
「キリ殿! ご無事か!?」
バルガスが、隊長である暗殺者の名を呼ぶ。
だが、返事はなかった。
キリは、水蒸気爆発が起きる直前に、その場から離脱していた。一流の暗殺者としての危険察知能力が、彼にそうさせたのだ。彼は今、霧の外周から、中の様子を冷静に窺っている。そして、この異常事態を引き起こしたであろう、標的たちの次の動きを待っていた。
俺たち三人は、この濃霧を地の利として、静かに行動を開始していた。
俺たちにとっては、慣れ親しんだ村の入り口だ。たとえ目が見えなくとも、どこに何があるかは完全に把握している。
「フレア、予定通り、村の入り口の防衛ラインまで後退して、奴らを誘い込め」
俺は、小声で指示を出す。
「おう、任せとけ!」
フレアは、ニヤリと笑うと、音を立てないように後方へと下がっていった。
「リリアは、俺と一緒に森へ。第二ラウンドの準備だ」
「承知いたしました、アッシュ様」
リリアは、静かに頷いた。
俺とリリアは、霧に紛れて街道を外れ、森の入り口へと向かった。
森の中は、霧がさらに深くなっていた。リリアの呼びかけに応じた精霊たちが、霧をより濃く、そして幻惑的なものへと変質させているのだ。
「キリ、という暗殺者は、おそらく霧の外にいる。バルガスとソーマが霧の中で消耗するのを待っているはずだ」
俺は、敵の思考を予測する。
「だから、俺たちが先に、森の中で待ち伏せる。奴が、霧が晴れるのを待って森から迂回しようとした時が、チャンスだ」
「はい。森は、今やわたくしたちの庭ですわ」
リリアの瞳には、絶対的な自信が宿っていた。
彼女と森の精霊たちが作り出す結界は、どんな屈強な騎士団をも迷わせ、無力化するだろう。
一方、霧の中に残されたバルガスとソーマは、完全な混乱状態に陥っていた。
「ええい、埒があかん! このままでは、ただ時間を浪費するだけだ!」
痺れを切らしたソーマが、再び水晶玉を掲げた。
「こうなれば、無差別攻撃で炙り出してやる!」
彼は、方向も定めず、中規模の火球魔法を連続で放ち始めた。
「喰らえ! ファイアボール!」
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
だが、その攻撃は、あまりにも無謀で、愚かだった。
彼が放った火球の一つが、フレアが事前に設置しておいた、ある『仕掛け』の近くに着弾した。
それは、一見するとただの薪の山。
だが、その中には、ドワーフの鉱山から持ってきた、可燃性のガスを多量に含む鉱石が、巧妙に隠されていた。
火球の熱が、その鉱石に引火した。
瞬間。
ボオオオオオオッ!
薪の山が、巨大な火柱となって爆発した。
「なっ……ぐわあああああっ!」
ソーマとバルガスは、その爆発の余波をまともに受け、後方へと吹き飛ばされた。
バルガスの重鎧は爆風を防いだが、ソーマのローブは炎に焼かれ、所々が黒く焦げ付いている。
「馬鹿な! なぜ、あんな場所に可燃物が!?」
ソーマが、信じられないという顔で叫ぶ。
それは、フレアが仕掛けた罠だった。だが、火球が寸分の狂いもなく、その薪の山のすぐ隣に着弾したのは、偶然ではない。
俺の力が、ソーマの魔法の精度を『不運』に狂わせ、最も都合の悪い場所へと誘導したのだ。
爆発によって、霧が一時的に薄れる。
視界が晴れた先に見えたのは、大きく口を開けた、巨大な落とし穴だった。
フレアが、村の男たちと掘ったものだ。
吹き飛ばされたバルガスは、その巨体ゆえに勢いを殺せず、見事にその落とし穴へと吸い込まれていった。
「バルガス殿!」
ソーマが叫ぶ。
ドッスーン! という重い音と共に、落とし穴の底からバルガスの呻き声が聞こえてくる。深さはそれほどでもないが、堀の底に敷き詰められた粘土が、彼の重い鎧と絡みつき、身動きを封じていた。
「くそっ、動けん……! この泥、粘り気が異常だ……!」
ソーマは、孤立した。
相棒の重騎士は、穴の中で無力化された。
隊長のキリは、どこにいるか分からない。
そして、自分の魔法は、なぜかことごとく裏目に出る。
彼の額に、じわりと冷や汗が浮かんだ。
(おかしい……。何かが、おかしい。この戦場は、我々にあまりにも『不運』すぎる)
彼の冷静な思考が、この土地に働く異常な力の存在に、ようやく気づき始めていた。
だが、もう遅い。
霧が再び濃くなり、ソーマの視界を奪っていく。
そして、その霧の向こうから、カツン、カツン、と、何かが地面を叩く、不気味な音が近づいてきていた。
それは、フレアが、ウォーハンマーを引きずりながら、ゆっくりと姿を現す音だった。
その顔には、獲物を追い詰めた狩人のような、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「よう、魔法使いの兄ちゃん。一人になっちまったみてえだな」
ソーマは、後ずさった。
彼の魔法使いとしての本能が、目の前のドワーフの女から、規格外の脅威を感じ取っていた。
それは、単純な戦闘力ではない。
彼女の背後にいる、この戦場そのものを支配する、見えざる『何か』に対する、根源的な恐怖だった。
視界は、腕を伸ばせばその先が見えなくなるほどに白い。湿った泥の匂いと、微かな硫黄の香りが鼻をつく。方向感覚は完全に麻痺し、自らがどこに立っているのかさえ定かではない。
「くそっ! どうなっている!?」
重騎士バルガスが、苛立ちを隠せない声で叫んだ。彼の自慢の巨体も、この霧の中ではただの的だ。
「ソーマ! なんとかしろ、この霧を!」
「黙れ! 分かっている!」
魔術師ソーマもまた、焦燥に駆られていた。彼の魔法は、正確な位置座標と視覚情報があってこそ、その真価を発揮する。この状況では、ほとんどの攻撃魔法は無力化されたに等しい。
彼は、風を操る魔法で霧を吹き払おうと試みた。だが、彼の魔法が作り出す風は、この異常なほど濃密で重い霧を動かすには、あまりにも非力だった。霧は、揺らぎさえしない。
「キリ殿! ご無事か!?」
バルガスが、隊長である暗殺者の名を呼ぶ。
だが、返事はなかった。
キリは、水蒸気爆発が起きる直前に、その場から離脱していた。一流の暗殺者としての危険察知能力が、彼にそうさせたのだ。彼は今、霧の外周から、中の様子を冷静に窺っている。そして、この異常事態を引き起こしたであろう、標的たちの次の動きを待っていた。
俺たち三人は、この濃霧を地の利として、静かに行動を開始していた。
俺たちにとっては、慣れ親しんだ村の入り口だ。たとえ目が見えなくとも、どこに何があるかは完全に把握している。
「フレア、予定通り、村の入り口の防衛ラインまで後退して、奴らを誘い込め」
俺は、小声で指示を出す。
「おう、任せとけ!」
フレアは、ニヤリと笑うと、音を立てないように後方へと下がっていった。
「リリアは、俺と一緒に森へ。第二ラウンドの準備だ」
「承知いたしました、アッシュ様」
リリアは、静かに頷いた。
俺とリリアは、霧に紛れて街道を外れ、森の入り口へと向かった。
森の中は、霧がさらに深くなっていた。リリアの呼びかけに応じた精霊たちが、霧をより濃く、そして幻惑的なものへと変質させているのだ。
「キリ、という暗殺者は、おそらく霧の外にいる。バルガスとソーマが霧の中で消耗するのを待っているはずだ」
俺は、敵の思考を予測する。
「だから、俺たちが先に、森の中で待ち伏せる。奴が、霧が晴れるのを待って森から迂回しようとした時が、チャンスだ」
「はい。森は、今やわたくしたちの庭ですわ」
リリアの瞳には、絶対的な自信が宿っていた。
彼女と森の精霊たちが作り出す結界は、どんな屈強な騎士団をも迷わせ、無力化するだろう。
一方、霧の中に残されたバルガスとソーマは、完全な混乱状態に陥っていた。
「ええい、埒があかん! このままでは、ただ時間を浪費するだけだ!」
痺れを切らしたソーマが、再び水晶玉を掲げた。
「こうなれば、無差別攻撃で炙り出してやる!」
彼は、方向も定めず、中規模の火球魔法を連続で放ち始めた。
「喰らえ! ファイアボール!」
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
だが、その攻撃は、あまりにも無謀で、愚かだった。
彼が放った火球の一つが、フレアが事前に設置しておいた、ある『仕掛け』の近くに着弾した。
それは、一見するとただの薪の山。
だが、その中には、ドワーフの鉱山から持ってきた、可燃性のガスを多量に含む鉱石が、巧妙に隠されていた。
火球の熱が、その鉱石に引火した。
瞬間。
ボオオオオオオッ!
薪の山が、巨大な火柱となって爆発した。
「なっ……ぐわあああああっ!」
ソーマとバルガスは、その爆発の余波をまともに受け、後方へと吹き飛ばされた。
バルガスの重鎧は爆風を防いだが、ソーマのローブは炎に焼かれ、所々が黒く焦げ付いている。
「馬鹿な! なぜ、あんな場所に可燃物が!?」
ソーマが、信じられないという顔で叫ぶ。
それは、フレアが仕掛けた罠だった。だが、火球が寸分の狂いもなく、その薪の山のすぐ隣に着弾したのは、偶然ではない。
俺の力が、ソーマの魔法の精度を『不運』に狂わせ、最も都合の悪い場所へと誘導したのだ。
爆発によって、霧が一時的に薄れる。
視界が晴れた先に見えたのは、大きく口を開けた、巨大な落とし穴だった。
フレアが、村の男たちと掘ったものだ。
吹き飛ばされたバルガスは、その巨体ゆえに勢いを殺せず、見事にその落とし穴へと吸い込まれていった。
「バルガス殿!」
ソーマが叫ぶ。
ドッスーン! という重い音と共に、落とし穴の底からバルガスの呻き声が聞こえてくる。深さはそれほどでもないが、堀の底に敷き詰められた粘土が、彼の重い鎧と絡みつき、身動きを封じていた。
「くそっ、動けん……! この泥、粘り気が異常だ……!」
ソーマは、孤立した。
相棒の重騎士は、穴の中で無力化された。
隊長のキリは、どこにいるか分からない。
そして、自分の魔法は、なぜかことごとく裏目に出る。
彼の額に、じわりと冷や汗が浮かんだ。
(おかしい……。何かが、おかしい。この戦場は、我々にあまりにも『不運』すぎる)
彼の冷静な思考が、この土地に働く異常な力の存在に、ようやく気づき始めていた。
だが、もう遅い。
霧が再び濃くなり、ソーマの視界を奪っていく。
そして、その霧の向こうから、カツン、カツン、と、何かが地面を叩く、不気味な音が近づいてきていた。
それは、フレアが、ウォーハンマーを引きずりながら、ゆっくりと姿を現す音だった。
その顔には、獲物を追い詰めた狩人のような、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「よう、魔法使いの兄ちゃん。一人になっちまったみてえだな」
ソーマは、後ずさった。
彼の魔法使いとしての本能が、目の前のドワーフの女から、規格外の脅威を感じ取っていた。
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