無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第三十四章:「帝国の薔薇」の来訪

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バルツァー伯爵領が内紛の種を抱えて揺らぐ一方で、ヴァイスラントは着実な発展を遂げていた。ギムリが指揮する鉱山開発は軌道に乗り、高品質な鉄鉱石が安定して産出されるようになった。ブロックが設計した新しい住居の建設も始まり、村は少しずつ街としての体裁を整えつつあった。ガイウスも奇跡的な回復を見せ、まだ本調子ではないものの、義勇兵たちの訓練を再び監督できるまでになっていた。

ヴァイスラントは、もはや帝国のゴミ捨て場ではなかった。それは、北の果てに生まれた、活気ある小さな独立国家だった。

その噂は、ドベルグの商人たちを通じて、風のように帝国中に広まりつつあった。
「北の果ての流刑地が、奇跡の復興を遂げているらしい」
「なんでも、追放されたヴェルヘイム家の三男坊が、辣腕を振るっているとか」
「高品質な鉄が、安値で手に入るという話だ」

噂は噂を呼び、やがて無視できないほどの大きさとなって、帝都の中枢にまで届いた。
そして、その噂に強い関心を示した人物がいた。

侯爵令嬢、セレスティア・フォン・ヴァーミリオン。
燃えるような真紅の髪と、翡翠色の瞳を持つ、帝国随一の美貌の持ち主。だが、彼女を有名にしているのは、その見た目だけではなかった。若くして帝国魔導師団の筆頭に名を連ねるほどの、圧倒的な魔法の才能。そして、何よりも、不正と腐敗を許さない、燃え盛る炎のような正義感。
人々は、敬意と畏怖を込めて、彼女をこう呼んだ。『帝国の薔薇』と。

セレスティアは、アッシュ・フォン・ヴェルヘイムの噂を聞き、強い疑念を抱いていた。
「ヴェルヘイム家の出来損ない……。あの、夜会で反逆の大罪を犯したという少年が、領地経営の天才だと?あり得ないわ」
彼女の執務室で、副官の報告を聞きながら、セレスティアは柳眉をひそめた。彼女の感情は、「懐疑:90」「警戒:80」。

「噂によれば、彼は奴隷を買い集め、過酷な労働を強いているとか。あるいは、隣国のグランツ帝国と裏で手を結び、禁制品の密貿易で富を築いているという話も」
副官が、帝都で囁かれる悪意に満ちた噂を付け加える。

「やはり、まともなやり方ではないのね」
セレスティアは、確信を深めた。彼女は、腐敗した貴族社会を誰よりも嫌悪していた。アッシュという存在は、その腐敗が生み出した新たな膿だと、彼女は結論づけた。

「このまま放置すれば、いずれ帝国の新たな脅威となりかねない。私が、この目で直接確かめる必要があるわ」
セレスティアは、立ち上がった。その翡翠色の瞳には、正義を執行する者としての、揺るぎない決意が宿っていた。
「非公式の視察よ。私がヴァーミリオン家の者だと知られてはならない。準備をなさい」

数週間後。
ヴァイスラントの村の入り口に、一台の質素な馬車が到着した。中から現れたのは、旅の商人といった風体の男と、その娘と見える、フードで顔を隠した若い女性だった。

村の入り口を警備していたボルグは、見慣れぬ訪問者に警戒の目を向けた。
「あんたたち、何者だ?どこから来た?」
彼の態度は、以前のような荒々しさは消え、責任感のある警備兵のものとなっていた。

「我々は、ドベルグから来た商人の親子です。こちらで良い鉄が手に入ると聞きまして」
供の男が、愛想よく答える。

フードの女性――変装したセレスティアは、馬車の中から村の様子を観察していた。彼女が想像していたのは、奴隷たちのうめき声が響き、住民が恐怖に怯える、圧政下の暗い村だった。
だが、目の前に広がる光景は、その予想とは全く違っていた。

家々の建設に励む男たちの額には汗が光り、その顔には充実感が浮かんでいる。子供たちは、広場で元気に走り回り、笑い声が響いている。すれ違う人々は、見知らぬ自分たちに訝しげな目を向けながらも、その表情に絶望の色はなかった。

(……噂と、違う……?)
セレスティアの感情に、「困惑:50」という数値が浮かび上がる。アッシュがスキルでその反応を捉えていたなら、そう表示されただろう。

ボルグは、二人の身元を確認すると、領主の館へと案内した。
アッシュは、執務室で新たな訪問者を迎えた。彼は、目の前のフードの女性が、ただの商人の娘ではないことなど、一目で見抜いていた。その立ち居振る舞い、隠しきれない気品、そして何より、彼女の内側から発せられる、膨大で、しかし完璧に制御された魔力の気配。

(帝都からの客人か。それも、かなりの大物と見える)
アッシュは、内心で警戒しつつも、完璧な笑みを浮かべて二人を迎えた。
「ようこそ、ヴァイスラントへ。私が、ここの領主代行を務めるアッシュです」

セレスティアは、フードの下でアッシュの姿を観察した。銀色の髪に、赤い瞳。病的に白い肌。噂に聞いていた通りの、か弱そうな美少年。だが、その瞳の奥に宿る光は、とてもではないが、ただの少年が持つものではなかった。全てを見透かすような、底知れない冷徹さ。

「お噂はかねがね。見事な復興ぶりですわね」
セレスティアは、探るような口調で言った。
「これだけの事業を行うには、相当な資金と労働力が必要だったでしょう。一体、どのような『手段』をお使いになったのかしら?」

その言葉には、明確な棘があった。奴隷労働や、不正な取引を指しているのは明らかだった。
アッシュは、その棘を意にも介さず、穏やかに答えた。
「手段、ですか。特別なことは何も。ただ、ここにいる人々の『心』を動かしただけですよ」

「心、ですって?」
セレスティアは、鼻で笑った。
「人は、理想だけでは動きませんわ。飢え、恐怖、あるいは欲望。そういうもので動かす方が、遥かに簡単で、確実でしょう?」

二人の間に、目に見えない火花が散った。
正義と理想を信じる『帝国の薔薇』と、現実と謀略を操る『辺境の悪魔』。
その最初の接触は、互いの主義主張が決して相容れないものであることを、明確に示すものだった。

アッシュは、椅子から立ち上がると、窓の外に広がる自分の領地を指し示した。
「ええ、その通りです。理想だけでは、民の腹は満たされない。だからこそ、私はあらゆる手を使って、彼らの腹を満たし、安全を保証する。そのために、私が悪魔と呼ばれることになろうとも、一切厭うつもりはありません」

その言葉は、セレスティアに対する明確な宣戦布告だった。
セレスティアの翡翠色の瞳が、怒りの炎で燃え上がった。
「あなたは……やはり、帝国を蝕む悪だわ」

「悪、ですか。結構なことです」
アッシュは、静かに笑った。
「ならば、あなたという『正義』が、私という『悪』を裁けるものか、試してみるといい」

二人の天才の出会いは、最悪の形で果たされた。彼らの対立は、やがてヴァイスラント、そして帝国全体の運命を巻き込む、大きな渦の中心となっていく。アッシュの前に、初めて、力でも金でもなく、純粋な『正義』という名の、最も厄介な敵が立ちはだかった瞬間だった。
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