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第三十七話:ヴァイスラント防衛軍
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グランツ帝国侵攻の報は、ヴァイスラント全土を震撼させた。だが、領民たちの反応は、アッシュが最初にこの地を訪れた時とは全く違っていた。彼らの心に宿ったのは、逃げ惑う「恐怖」や全てを諦める「絶望」ではない。自らの手で築き上げた故郷を、家族を、そして未来を守り抜こうとする、燃えるような「決意」だった。
「俺も戦うぜ!これ以上、好きにはさせねえ!」
「私の息子が兵士なら、私も看護兵として働くよ!」
「わしら年寄りにできることは、武器を研ぐことと、神に祈ることぐらいじゃが、それでも!」
村の広場には、義勇兵への参加を志願する者たちが列をなした。それは、屈強な若者だけではなかった。まだ少年と呼べる年齢の者から、狩りの経験がある中年の男、果ては農具を手に取った老人まで。彼らの目は、皆一様に、死を覚悟した兵士の光を宿していた。
アッシュは、その光景を館の窓から見下ろしていた。彼のスキルが、村全体に満ちる感情を捉える。
「愛郷心:80」「団結:85」「闘志:70」
かつて絶望の吹き溜まりだったこの土地は、今や帝国で最も士気の高い場所へと変貌していた。
「……見事なものだ」
背後から、杖を突いたガイウスが声をかけた。彼の顔には、まだ病み上がりの青白さが残っているが、その隻腕の将軍は、眼下の光景に深い感銘を受けていた。
「お前さんは、たった数ヶ月で、ここの民を本物の戦士に変えた。これは、どんな名将にもできん芸当だ」
「俺が変えたのではない。彼ら自身が変わったんだ」
アッシュは静かに答えた。
「俺は、きっかけを与えたに過ぎん。守るべきものができた時、人は誰でも強くなれる」
ガイウスは、新たに志願した者たちの中から、戦力になりそうな者を選抜し、既存の義勇兵と合わせて正式な「ヴァイスラント防衛軍」を組織した。総兵力は、百名に満たない。それでも、彼らはこの土地で最強の軍隊だった。
ガイウスの訓練は、以前にも増して苛烈を極めた。彼は、限られた時間の中で、素人同然の民を兵士へと叩き上げる必要があった。
「敵は千だ!お前たち一人が、十人を相手にする計算になる!気合でどうにかなると思うな!頭を使え!仲間を信じろ!」
練兵場には、彼の雷鳴のような怒声が絶え間なく響き渡った。
ブロック率いる建築部隊は、村の周囲に急ピッチで防衛設備の構築を進めていた。深い空堀、鋭く尖らせた木の杭を並べた柵、そして、敵の進軍を妨げるための巧妙な罠。彼の頭脳は、この痩せた土地を、難攻不落の要塞へと変えようとしていた。
ギムリの鍛冶場は、二十四時間、火が消えることがなかった。鉱山から採掘された良質な鉄が、彼のドワーフとしての魂を込めて打ち鍛えられ、鋭い切れ味を持つ剣や、頑丈な鎧へと姿を変えていく。ヴァイスラントの兵士たちは、帝国の正規軍にも劣らない、最高品質の武具で身を固めることになった。
そして、セレスティアは、この戦いにおける最大の切り札となるべく、自らの魔力を高めていた。彼女は、村のはずれにある岩場で、一人黙々と魔法の訓練に打ち込んでいた。
「――集え、炎の精霊よ。我が声に応え、敵を焼き尽くす劫火となれ!」
彼女が呪文を唱えると、何もない空間から巨大な火球が出現し、轟音と共に岩壁を粉々に砕いた。その威力は、一個師団の砲撃にも匹敵する。
だが、彼女の表情は晴れなかった。
(これほどの魔法でも、千の軍勢を相手に、どれだけ通用するかしら……)
彼女の広範囲攻撃魔法は、確かに強力だ。しかし、連発はできない。一度使えば、膨大な魔力を消耗し、しばらくは無防備になる。使いどころを見誤れば、戦況を好転させるどころか、自らの命を危険に晒すことになりかねない。
アッシュは、そんな彼女の元を訪れた。
「無理はするな。貴女は、我々の切り札だ。切り札は、ここぞという時まで見せるべきではない」
「分かっているわ」
セレスティアは、額の汗を拭い、ぶっきらぼうに答えた。
「それより、あなたはどうなの?皆がそれぞれの持ち場で戦っているというのに、あなたは部屋に籠って、地図を眺めているだけ。まさか、怖気づいたわけではないでしょうね?」
その言葉には、まだアッシュに対する不信と、皮肉が混じっていた。
アッシュは、彼女の挑発には乗らなかった。
「俺の戦場は、ここではない。もっと別の場所だ」
彼はそう言うと、一枚の羊皮紙をセレスティアに手渡した。
「これは……?」
「敵の進軍予想ルートと、天候の予測。そして、敵将の性格分析だ」
羊皮紙には、アッシュによる緻密な分析が、びっしりと書き込まれていた。
グランツ帝国の将軍は、功を焦る猪突猛進タイプ。ヴァイスラントを侮り、短期決戦を挑んでくるだろう。そして、侵攻が予想される数日後、この地域には濃い霧が発生しやすい、という過去の天候データまで記されていた。
セレスティアは、その分析のあまりの正確さと、冷徹さに言葉を失った。
「……あなた、一体何者なの……」
「言ったはずだ。俺は、使えるものは全て使う。情報も、天候も、そして、敵の感情さえもな」
アッシュの赤い瞳が、セレスティアを射抜いた。
「貴女の魔法は、確かに強力だ。だが、闇雲に放っても、敵兵を数百人殺せるだけだ。それでは、戦争には勝てん。俺が、貴女のその力が最大限に活きる『舞台』を用意してやる。貴女は、俺の合図があるまで、決して動くな」
それは、命令だった。帝国最強の魔導師である彼女に対して、追放された罪人である少年が、明確に命令を下したのだ。
セレスティアは、屈辱に唇を噛んだ。反論しようとした。だが、アッシュの瞳に宿る、絶対的な自信を前にして、何も言うことができなかった。
この少年は、本気で千の軍勢に勝つつもりなのだ。そして、そのための完璧な脚本を、すでに頭の中に描き終えている。
セレスティアは、初めて、アッシュという男の底知れなさを垣間見た気がした。
決戦の日は、刻一刻と迫っていた。
ヴァイスラントは、その持てる力の全てを注ぎ込み、来るべき嵐に備えていた。帝国の誰もが知らない北の果てで、歴史に残るであろう、絶望的な防衛戦の幕が、今、静かに上がろうとしていた。
「俺も戦うぜ!これ以上、好きにはさせねえ!」
「私の息子が兵士なら、私も看護兵として働くよ!」
「わしら年寄りにできることは、武器を研ぐことと、神に祈ることぐらいじゃが、それでも!」
村の広場には、義勇兵への参加を志願する者たちが列をなした。それは、屈強な若者だけではなかった。まだ少年と呼べる年齢の者から、狩りの経験がある中年の男、果ては農具を手に取った老人まで。彼らの目は、皆一様に、死を覚悟した兵士の光を宿していた。
アッシュは、その光景を館の窓から見下ろしていた。彼のスキルが、村全体に満ちる感情を捉える。
「愛郷心:80」「団結:85」「闘志:70」
かつて絶望の吹き溜まりだったこの土地は、今や帝国で最も士気の高い場所へと変貌していた。
「……見事なものだ」
背後から、杖を突いたガイウスが声をかけた。彼の顔には、まだ病み上がりの青白さが残っているが、その隻腕の将軍は、眼下の光景に深い感銘を受けていた。
「お前さんは、たった数ヶ月で、ここの民を本物の戦士に変えた。これは、どんな名将にもできん芸当だ」
「俺が変えたのではない。彼ら自身が変わったんだ」
アッシュは静かに答えた。
「俺は、きっかけを与えたに過ぎん。守るべきものができた時、人は誰でも強くなれる」
ガイウスは、新たに志願した者たちの中から、戦力になりそうな者を選抜し、既存の義勇兵と合わせて正式な「ヴァイスラント防衛軍」を組織した。総兵力は、百名に満たない。それでも、彼らはこの土地で最強の軍隊だった。
ガイウスの訓練は、以前にも増して苛烈を極めた。彼は、限られた時間の中で、素人同然の民を兵士へと叩き上げる必要があった。
「敵は千だ!お前たち一人が、十人を相手にする計算になる!気合でどうにかなると思うな!頭を使え!仲間を信じろ!」
練兵場には、彼の雷鳴のような怒声が絶え間なく響き渡った。
ブロック率いる建築部隊は、村の周囲に急ピッチで防衛設備の構築を進めていた。深い空堀、鋭く尖らせた木の杭を並べた柵、そして、敵の進軍を妨げるための巧妙な罠。彼の頭脳は、この痩せた土地を、難攻不落の要塞へと変えようとしていた。
ギムリの鍛冶場は、二十四時間、火が消えることがなかった。鉱山から採掘された良質な鉄が、彼のドワーフとしての魂を込めて打ち鍛えられ、鋭い切れ味を持つ剣や、頑丈な鎧へと姿を変えていく。ヴァイスラントの兵士たちは、帝国の正規軍にも劣らない、最高品質の武具で身を固めることになった。
そして、セレスティアは、この戦いにおける最大の切り札となるべく、自らの魔力を高めていた。彼女は、村のはずれにある岩場で、一人黙々と魔法の訓練に打ち込んでいた。
「――集え、炎の精霊よ。我が声に応え、敵を焼き尽くす劫火となれ!」
彼女が呪文を唱えると、何もない空間から巨大な火球が出現し、轟音と共に岩壁を粉々に砕いた。その威力は、一個師団の砲撃にも匹敵する。
だが、彼女の表情は晴れなかった。
(これほどの魔法でも、千の軍勢を相手に、どれだけ通用するかしら……)
彼女の広範囲攻撃魔法は、確かに強力だ。しかし、連発はできない。一度使えば、膨大な魔力を消耗し、しばらくは無防備になる。使いどころを見誤れば、戦況を好転させるどころか、自らの命を危険に晒すことになりかねない。
アッシュは、そんな彼女の元を訪れた。
「無理はするな。貴女は、我々の切り札だ。切り札は、ここぞという時まで見せるべきではない」
「分かっているわ」
セレスティアは、額の汗を拭い、ぶっきらぼうに答えた。
「それより、あなたはどうなの?皆がそれぞれの持ち場で戦っているというのに、あなたは部屋に籠って、地図を眺めているだけ。まさか、怖気づいたわけではないでしょうね?」
その言葉には、まだアッシュに対する不信と、皮肉が混じっていた。
アッシュは、彼女の挑発には乗らなかった。
「俺の戦場は、ここではない。もっと別の場所だ」
彼はそう言うと、一枚の羊皮紙をセレスティアに手渡した。
「これは……?」
「敵の進軍予想ルートと、天候の予測。そして、敵将の性格分析だ」
羊皮紙には、アッシュによる緻密な分析が、びっしりと書き込まれていた。
グランツ帝国の将軍は、功を焦る猪突猛進タイプ。ヴァイスラントを侮り、短期決戦を挑んでくるだろう。そして、侵攻が予想される数日後、この地域には濃い霧が発生しやすい、という過去の天候データまで記されていた。
セレスティアは、その分析のあまりの正確さと、冷徹さに言葉を失った。
「……あなた、一体何者なの……」
「言ったはずだ。俺は、使えるものは全て使う。情報も、天候も、そして、敵の感情さえもな」
アッシュの赤い瞳が、セレスティアを射抜いた。
「貴女の魔法は、確かに強力だ。だが、闇雲に放っても、敵兵を数百人殺せるだけだ。それでは、戦争には勝てん。俺が、貴女のその力が最大限に活きる『舞台』を用意してやる。貴女は、俺の合図があるまで、決して動くな」
それは、命令だった。帝国最強の魔導師である彼女に対して、追放された罪人である少年が、明確に命令を下したのだ。
セレスティアは、屈辱に唇を噛んだ。反論しようとした。だが、アッシュの瞳に宿る、絶対的な自信を前にして、何も言うことができなかった。
この少年は、本気で千の軍勢に勝つつもりなのだ。そして、そのための完璧な脚本を、すでに頭の中に描き終えている。
セレスティアは、初めて、アッシュという男の底知れなさを垣間見た気がした。
決戦の日は、刻一刻と迫っていた。
ヴァイスラントは、その持てる力の全てを注ぎ込み、来るべき嵐に備えていた。帝国の誰もが知らない北の果てで、歴史に残るであろう、絶望的な防衛戦の幕が、今、静かに上がろうとしていた。
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