無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第九十四話:スキルの真価

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リリアの温もりによって、アッシュは狂気の淵から引き戻された。だが、彼の内側には依然として帝都百万の民から吸収した膨大な負のエネルギーが渦巻いていた。それは、いつ再び暴発してもおかしくない危険な力の奔流だった。

「……感謝する、リリア。お前のおかげで正気を保てた」
アッシュは背中を抱きしめるリリアの腕を優しく解くと、ゆっくりと立ち上がった。彼の表情にはもはや狂気の影はなく、これまでに見せたことのない静かで澄み切った覚悟が宿っていた。

「ほう。自力であの奔流を制御したと申すか」
虚無の導師が、初めて心からの驚嘆の声を上げた。
「面白い。実に面白いぞ、アッシュ・フォン・ヴェルヘイム。お前は我が主の器となるに最もふさわしい魂の持ち主だ。さあ、その力を今一度私に見せてみよ!」
導師は儀式を加速させ、祭壇の上空に浮かぶ黒い水晶はもはや限界に近い禍々しい光を放っていた。

アッシュは導師には目もくれず、自らの内なる力と向き合っていた。
スキル【感情経済】。
これまで彼はこの力を、他者の感情を読み取り、分析し、操作するための「道具」としてしか使ってこなかった。感情をただの資源としてしか見ていなかった。
だが、リリアの「愛情」という計算不能な力に触れたことで、彼は気づいた。

感情はただの資源ではない。
それは世界を動かす最も根源的なエネルギーそのものだ。
そして、そのエネルギーは一方通行ではない。負から正へ、正から負へ。それは変換可能な流動的な力なのではないか。

彼の脳裏に、スキルが覚醒した時に流れ込んできたあの言葉が蘇る。
『感情は資源である』
その言葉の本当の意味。

(そうか……。俺のスキルは、ただ感情を見るだけのものではなかったんだ……)

【感情経済】の真価。
それは、他者の感情を数値化し分析する『観測』の力だけではない。
負の感情を吸収し、それを正の感情へと『変換』し、自らの力へと変える能力。
それこそが、神が彼に与えた本当のユニークスキルの姿だったのだ。

彼はこれまで無意識のうちに、その力の一端を使っていたのかもしれない。ヴァイスの民の「絶望」を「希望」へと変えたように。
だが今、彼はその力の使い方を明確に、そして完全に理解した。

「……終わりだ、導師」
アッシュは静かに告げた。
彼の赤い瞳が燃えるような輝きを取り戻す。だが、それは憎悪の炎ではない。希望の光だった。

彼は両手を広げた。
そして、自らの内側に渦巻く百万の民の「絶望」と「憎悪」の奔流に意識を向けた。
彼はその黒い濁流を拒絶しない。受け入れる。そして、変換する。

(返そう。お前たちが俺にくれた、この力を)

アッシュの体から眩いばかりの光が放たれた。それはセレスティアの聖なる光とも、リリアの純粋な生命力とも違う、もっと温かく力強い、希望そのものの光だった。

渦巻いていた負のエネルギーが、その光の中で性質を劇的に変えていく。
「絶望」は「不屈の闘志」へ。
「憎悪」は「愛する者を守る力」へ。
「恐怖」は「未来を切り開く勇気」へ。

アッシュは、祭壇に集められた帝都の民の負の感情を全て希望の力へと変換し始めたのだ。

「な……!?馬鹿な!あり得ん!」
虚無の導師が初めて狼狽の声を上げた。
「負の感情が……消えていく……!?貴様、一体何をした!」

祭壇の上空で禍々しく輝いていた黒い水晶がその輝きを失い、亀裂が走り始める。儀式の根幹を支えていた負のエネルギーが供給を断たれたのだ。

「言ったはずだ。お前の儀式は俺が破壊すると」
アッシュは希望の光に包まれながら、導師を見据えた。
「お前は人の心の闇しか見てこなかった。だから分からなかったのだ。どんなに深い闇の中にも必ず光は宿っているということを。そして、その光は闇が深ければ深いほど、より強く輝くということをな」

アッシュのスキルは、人の心の闇を力に変える『奈落の蛇』の魔術と表裏一体の存在だった。
闇を糧とする蛇に対して、アッシュはその闇さえも光へと変える力を持っていたのだ。

スキル【感情経済】の真価に目覚めたアッシュは、もはやただの人間ではなかった。
彼は人々の希望を束ね、それを力へと変える本物の『王』へと今、覚醒した。

「さあ、最後の幕引きとしようか」
アッシュは変換した希望のエネルギーを、その右手に集束させた。
それは帝都百万の民の未来への祈りが込められた光の剣となっていた。
彼の本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
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