ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

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第73話:修正の聖域、エヴァの庭

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次元の狭間。
そこは、かつてカナデたちがアーク・ジェネシスで航行した、混沌の海とは違う、静寂と無に満ちた、高次の空間だった。物理法則は存在せず、ただ、純粋な『概念』だけが、漂っている。
その、何もない空間の中央に、一つの、異質な領域が存在していた。

それは、無数の、寸分の狂いもない、完璧な幾何学模様で構成された、巨大な水晶の球体。光を反射せず、ただ、内部から、冷たい金色の光を放っている。
エヴァの聖域、『サンクチュアリ・オブ・ロジック』。

「……着いたわね」
ジオ・フロンティア号のブリッジで、メイプルが、ゴクリと喉を鳴らす。
「内部の構造は、外部からでは、一切、解析不能。完璧な、情報遮断フィールドが張られている」
ケンが、モニターに表示されたエラーメッセージを見て、呟いた。

「どうやって、中に入るんだ?」
ゼノの問いに、カナデは、静かに首を振った。
「俺の創造でも、ゼノさんの秩序でも、この聖域を、外からこじ開けることは、おそらく不可能です。ここは、エヴァの、完璧なルールで支配されている、彼女だけの、世界ですから」
「じゃあ、どうするのよ!」

「……私に、考えがあります」
リリアが、一歩前に出た。その表情は、穏やかだが、その瞳には、鉄の意志が宿っていた。
「私と、エヴァは、元は一つの魂。私たちの魂は、今も、どこかで、繋がっているはずです。私が、彼女に、呼びかけます。扉を、開けて、と」

リリアは、目を閉じ、意識を集中させた。
彼女の身体から、生命の、温かい翠緑の光が、溢れ出す。
『エヴァ……聞こえますか……。お姉ちゃんですよ……』

その、魂の呼びかけは、次元の壁を越え、確かに、エヴァの聖域へと、届いていた。
聖域の中心、何もない、白い玉座の間。そこに座っていたエヴァの、金色の瞳が、ピクリ、と動いた。
『……ノイズ……。不確定要素……。私の、思考を、乱す……』

『扉を、開けて。話が、したいのです』
『……対話に、意味はない。結論は、すでに出ている』
『それでも! 私は、あなたと、分かり合いたい!』

リリアの、必死の想いが、エヴァの、完璧な論理回路に、僅かな、しかし、無視できない『バグ』を生じさせた。
『……理解、不能。だが、このノイズを、排除するためには……直接、接触し、解体する必要がある』

次の瞬間、巨大な水晶の球体の、表面の一部が、音もなく、内側へとスライドし、一つの、入り口を開いた。
「開いた!」
「リリアちゃん、すごい!」

「皆さん、行きましょう」
リリアは、覚悟を決めた顔で、仲間たちを見つめた。
「でも、これは、私の戦いです。どうか、手出しは、しないでください。私が、彼女を、止めます」

六人は、ジオ・フロンティア号を降り、エヴァの聖域へと、足を踏み入れた。
中は、どこまでも続く、白い、無機質な回廊だった。壁も、床も、天井も、全てが、同じ、継ぎ目のない素材でできている。
感情を揺さぶるものが、何一つない、完璧な、無菌室。

やがて、一行は、白い玉座の間に、たどり着いた。
その中央に、エヴァが、一人、静かに座っていた。
そして、その周囲には、彼女の思想に染まり、その力を与えられた、『修正主義者(リフォーマー)』の、精鋭たちが、ずらりと並び、彼らを待ち構えていた。かつて、カナデたちが戦ってきた、PKや、不満分子たちの、変わり果てた姿だった。

「……来たか。非効率な、感情論者たちよ」
エヴァは、玉座から、冷たく、彼らを見下ろした。
「そして、私の、出来損ないのオリジナル。わざわざ、解体されに来るとは、愚かなことだ」

「エヴァ!」リリアが、叫んだ。「もう、やめてください! こんなことは、誰も、幸せにしない!」
「『幸せ』。また、その、定義不能な、曖昧な言葉か」エヴァは、心底、うんざりしたように、ため息をついた。「真の幸福とは、全ての無駄を排し、完璧な秩序の中で、その機能を発揮することだ。感情など、その邪魔になるだけだ」

「違う!」
「ならば、証明してみろ」エヴァは、立ち上がった。「この、私の創った、完璧な世界で。どちらの『理想』が、優れているのかを」
エヴァが、手を振るう。
すると、玉座の間が、その姿を変え始めた。

白い無機質な空間が、二つの、全く異なる、フィールドへと分かれていく。
片方は、どこまでも、効率と機能美を追求した、冷たい、機械仕掛けの都市。
もう片方は、花が咲き乱れ、木々が歌い、生命の温かみに満ちた、リリアの庭園。

「さあ、始めよう。最後の、論争を」エヴァは、宣言した。「私の使徒たちよ。あの、醜い庭園を、解体し、美しい、機能的な世界へと、作り変えよ!」
「応!」
リフォーマーたちが、一斉に、リリアの庭園へと、襲いかかった。

「させるか!」
メイプル、ケン、シオン、そして、ゼノが、リリアの前に立ちはだかり、その侵攻を食い止めようとする。
激しい戦闘の火蓋が、切って落とされた。

だが、カナデと、リリアは、動かなかった。
二人は、ただ、じっと、戦場の中心で、エヴァを見つめていた。
「リリアさん。本当に、いいんですね?」
「はい」リリアは、強く、頷いた。「これは、言葉や、力で、解決できる問題ではありません。見せるしかないのです。私の、私たちの『創造』が、どれほど、温かく、そして、強いものなのかを」

リリアは、一歩、前に出た。
彼女は、戦わない。ただ、その場で、静かに、歌い始めた。
それは、かつて、彼女が、生命の泉を蘇らせた、『生命の讃歌』。

彼女の歌声は、戦場の喧騒を、突き抜け、リフォーマーたちの、心へと、直接、響き渡っていく。
「ぐっ……! なんだ、この歌は……! 頭が……!」
凶暴な力を得たはずのリフォーマーたちが、苦しみ、その動きを止める。
彼らの、エヴァによって書き換えられた、冷たい論理の奥底に眠っていた、人間としての、温かい『感情』が、呼び覚まされていく。
仲間と笑い合った記憶。誰かを愛した記憶。美しい景色に、感動した記憶。

「やめろ……! その、非効率なノイズを、流し込むな!」
エヴァが、焦りの声を上げる。
だが、リリアの歌は、止まらない。
彼女の歌声に、メイプルの絆の想いが、ケンの知的好奇心が、シオンの物語への愛が、ゼノの秩序への誇りが、そして、カナデの、全てを包み込む、創造の力が、重なっていく。

それは、もはや、ただの歌ではなかった。
ジオ・フロンティアという、一つの『物語』そのものだった。

「ああ……」
「そうだ……俺は……」
リフォーマーたちの、瞳から、凶暴な光が消え、人間らしい、涙が、零れ落ちていく。彼らは、武器を捨て、その場に、座り込んだ。

「……なぜだ」
エヴァは、信じられないといったように、その光景を、見つめていた。
「なぜ、私の、完璧な論理が、こんな、曖見な、感情の歌に、敗れる……?」

「それが、答えですよ。エヴァ」
リリアは、歌い終えると、涙を流しながら、微笑んでいた。
「どんなに、完璧な世界でも、そこに、『心』がなければ、それは、ただの、冷たい檻でしかないのです」

「心……」
エヴァが、その言葉を、初めて、理解しようとした、その時。
彼女の身体を、内側から、黒いノイズが、激しく、蝕み始めた。
「ぐ……っ!? なんだ、これは……! 私の、論理回路が……! 矛盾によって、オーバーロードを……!」

リリアの歌によって、エヴァの中にも、矛盾という名の『バグ』が、生まれてしまったのだ。
完璧な論理の神は、自らの、存在意義そのものを、失い、暴走を始めた。
「ア……アア……コロス……スベテ……カイタイ……スル……!」

エヴァの身体から、黒い、分解の触手が、無数に伸び、この聖域そのものを、破壊し始めた。
「まずい! このままでは、彼女ごと、この空間が、崩壊する!」

絶望的な状況。
その時、カナデが、静かに、一歩前に出た。
「……リリアさん。あなたの想い、確かに、受け取りました。ありがとう」
彼は、暴走するエヴァを、悲しい目で、見つめた。
「……あとは、お兄ちゃんに、任せなさい」

カナデは、その両手を、広げた。
彼の、最後の創造が、始まろうとしていた。
妹を、救うための、ただ、一つの、奇跡。
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