僕はずっと一緒にいたかっただけなんだ

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月曜日

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*ハッピーエンドではありません*
*苦手な方はご遠慮ください*









 薄暗い倉庫に入ると、部屋を真ん中で仕切るように黒いカーテンがかかっている。


 そのカーテンには、床から膝の高さ辺りまで、不自然に切り取られた箇所がある。そしてその横にキャスター付きの椅子が一つ。



 オレはいつも通りに中へ進んだ。
 カーテンに並行するように置かれた椅子に座ったオレは、ちょうど手が入る位のカーテンの隙間にそっと右手を入れた。



「わっ!!」



 冷たいものに指先を捕まれ、オレは思わず声を上げてしまう。



「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」



 その向こうに誰がいるか知っているのに、悲鳴に似た声を上げてしまったことに謝った。



 「大丈夫です」と、真っ黒で光も通さない分厚いカーテン越しに、抑揚の無い声が返ってくる。
 オレはそれに安心した。滅多なことでは感情を現すことがないタイプの彼だが、もし、万が一、怒りの感情を刺激してしまったら……このカーテンを捲り上げてしまったら……そう考えただけで、背筋が凍りつく。





 今このカーテンの向こうにいるのは、オレの、月曜日限定の、恋人だ。

 顔にかかる少し長めの前髪、ゆるくウェーブしながら頬にかかる横髪、動きに合わせて光が揺れる後ろ髪、そしてそれを纏うに相応しい顔。

 オレは、草矢くんの、髪と顔が好きだ。





 もし万が一、何かの間違いがあって、その髪に指を通しながら顔に触れられる関係になれたら……なんて夢を見ているが、そんなのは砂漠で無くした小銭を見つけるくらい、あり得ない。
 自分の立場を考えれば、教え子とそんな関係になることは、絶対に、ない……

 少し前までのオレは、何もかも妄想の中で終わらせることが当たり前だった。




 しかし、運命の日はひょっこりやって来た。

 いつもと変わらないと思っていたその日。生徒会室に荷物を届けに行ったオレに、そこで作業をしていた副会長の三秋くんが言った。


『草矢の恋人を、曜日ごとに募集しようかと考えている』と。


 オレはこの日、幾千の砂の中から、その運命を探し当ててしまったのだ。



 興奮冷めやまぬまま、オレはその場で申し込み、そしてすぐに月曜日に決まった。



 しかし……

 どれだけ舞い上がっていたのだろうか。月曜日に決定したと聞いた瞬間、オレは今更ながら現実に引き戻された。



 オレ、は、なんてこと、を……



 頭から冷水を浴びせられた気がした。目の前が真っ暗になり、手足が冷たくなっていく。視点が定まらない。


 そんなオレの表情を読み取ったのか、副会長である三秋くんが少々面倒くさそうに言った。



「顔が見えないように……というか、正体がわからないようにすればいいんですよね」



 その瞬間、オレは暗闇の中で光を見た。手足に熱が戻っていくのを感じる。



 そうだ!正体さえバレなければ……



 その光を頼りに、オレはまとわりつく闇を遠くに押しやって見ないことにした。
 パッと明るくなっただろうオレの表情に、三秋くんは冷めた目で顔を逸らした。









 
 草矢くんがここに存在するという確かな証拠は、この布の向こうの手だけだ。オレはカーテンの向こうで握られた手を、草矢くんを確かめるようそっと握り返した。


 身体中の感覚が右手に集中する。指先でなぞると、細長く骨ばった冷たい草矢くんの手の形がわかる。
 そうしながらオレは、頭の中で草矢くんの全身を描き始める。


 顔の位置、頬に緩く掛かる髪、白い襟に向かう首筋、そこからピンと伸びた背筋、きっちりとしまわれたシャツの裾、椅子に緩く腰掛け……


 オレは、身体の奥に灯った火が大きくなっていくのを感じる。堪らなくなって、オレは声をかけた。



「草矢くん」



 これがいつもの合図だ。
 緩く握られていた手が、強く握られる。同時に、強く引っ張られる。


 草矢くん……


 椅子がギッと鳴った。カーテンの隙間からオレの右足だけがあちら側へ行く。


「ぁ」


 草矢くんの手はオレの手を引っ張った勢いで離した。唯一確かなその手が離れることで、草矢くんの存在が確かめられない……不安が一瞬過るが、そんなのすぐに消し飛んでしまう。草矢くんの手が、次にどこに向かうかもう知ってるから。


「っ」


 草矢くんの手が伸びると同時に、オレの右の太腿と草矢くんの右の太腿が触れる。そうなるとオレはもうこの先のことしか考えられなくなる。





 草矢くんの右手がオレのベルトを器用に外し、ためらいなくファスナーを下げた。下着の中に侵入する手の冷たさに驚いたけれど、それを上回るオレの熱がすぐに温度差をなじませていく。冷たさを感じなくなるとすぐに、草矢くんは手を動かし始めた。


「んっ」


 オレの空いた手は草矢くんの太腿の上へ導かれる。触りたければどうぞ、とでも言うように。もう草矢くんのこと以外考えられないオレはすぐにベルトに手を伸ばした。



 オレはカーテンの向こう側にある揺れる髪を想像する。そして首筋、肩……あとは見えている部分と触れている部分を合わせて、オレの中の草矢くんを組み立てる。

 布越し、距離にして数ミリ先。これさえなければと煩わしく思うが、でもこれが限界値であり、そして最高値であることは知っている。


 髪や顔には触れられないのに、こんなところには触れられる……そんな関係に、オレは少しだけ笑った。










 ギシッギシッと、椅子の軋む音が倉庫中に響き続ける。


「んっ、んっ」


 オレの手も性感帯の一つのように、熱くなる草矢くんを包みながら甘く痺れていく。


「んっ、んっ、んぁっ」


 草矢くんにもオレの手から快感を得てほしくて、オレも負けじと右手を動かす。先走りでだんだんと滑りがよくなっていく右手から、草矢くんの感じている顔を組み立てる。


「そう、や、く……」


 草矢くんがオレの手から快感を得ていること、草矢くんがオレを気持ちよくしたいと手を動かしていること……二人分の濡れた音が、それをグチュグチュと伝えてくる。
 オレの中の草矢くんが組み上がっていく。
 


「んっ」


 器用に動く草矢くんの指が、あっという間にオレを絶頂付近まで連れて行く。オレは落ちないように左手で椅子の座面をつかんだ。


「あっ、あっ、草矢、くん、んっ、ん、んぅっ、も、で、出る、から、っ、んあぁぁぁっ!!!」


 オレは草矢くんの手の中で弾けた。そして同時に、オレの右手にじんわりと温かさが広がる。


 オレは、オレの中の草矢くん……セックスする草矢くんを完成させた。






 オレは倉庫で一人、右手の中を見つめる。
 そこには、白くてネットリと糸を引く、ほんの少し前まで暖かかったものがある。それを見ているだけで、オレを刺激する草矢くん、感じている草矢くん、射精する草矢くん………草矢くんの頭のてっぺんから足先まで姿形をくっきりと思い浮かべることができる。


 草矢くん……


 オレはもちろん、その草矢くんを反芻する。デートが終わったこの瞬間から、来週の放課後が始まるまで。


 草矢くん草矢くん草矢くん……


 時間が経つ毎に、草矢くんの姿勢は変わっていく。完成させた草矢くんは、頭の中でどんな姿にだってなれる。なんだってできる。


 椅子に座ってるんじゃなくて……立ち上がって……カーテンを開けて……


 そこでオレは、ふと思った。
 あの熱くて太い塊が、オレの狭い穴をこじ開け、中を押し広げ、何度も体内を擦り、奥を突き、最後にこれが一番奥に注がれて……


 しかしオレは頭を振り、その草矢くんをかき消した。


 オレはこれで満足しなければいけないんだ……大体、こんなことできること自体が奇跡なんだし……


 しかし一度疼き始めた身体は、どんなに言い聞かせようとも恋人を求めてしまう。


 今すぐ全てを脱ぎ捨てて草矢くんを身体中に……疼いた身体の奥に……塗りつけたい…………


 しかし、そんなことをしたら、草矢くんにオレの正体がバレてしまうのは明白だ。それどころかオレたちの関係が白日の下に晒されてしまう。


 ……それだけは、なんとしても避けなければならない。


 オレは心を無にしてティッシュで拭った。





 自分の立場を考えたら、こんなことは絶対にあってはならない。そんなことはわかっている。けれど……


 顔さえ、正体さえわからなければ……なにも問題ない。無いんだ。







 オレはこの、一人だけの二人の世界で、偶然つかんだこの幸運を、誰にも知られることなく、終わりが来るその日まで、大切にしていきたい……
 それだけなんだ。


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