死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。

鳴咲ユーキ

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一章 ‪✕‬‪✕‬たい

二話

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「痛っ!」
 両足が血で真っ赤に染まっていた。顔をしかめながらYシャツのポケットからハンカチを取り出し、血を拭う。こんなの気休めにしかならないけど。

「奈々絵ーどこ? 奈々絵ー?」

 涙を拭っていたら、廊下から姉の紫苑の声が聞こえた。俺は窓を見上げた。すると廊下では、姉が俺を呼びながら歩いていた。よく見ると、俺の制服のズボンを持っている。姉の数歩後ろに佐藤もいた。きっと彼女かその友達が中等部に行って姉に言ってくれたのだろう。スカートを掃いてるのを見られるのが嫌だった俺は、ドアを叩いているのを教えた。

「奈々絵! 無事でよかった!」
 ドアを開けて中に入ると、姉は血まみれの俺を抱きしめた。

「姉ちゃん……うっ、うああぁぁっ!」
 涙が堰切ったように溢れ出す。怖かった。怖すぎたんだ。生きていけないと思った。地獄に突き落とされた気がした。姉が来てくれて、本当によかった。

「赤羽くん、大丈夫? 着替えられる?」

 泣き止んだところで、佐藤が控えめに声をかけてくる。

「ああ、着替えるよ。巻き込んでごめんな佐藤」
「ううん、いいよ。大丈夫。草加達が悪いし」
 首を振って佐藤は言った。

「じゃあはい!」

 俺にズボンを渡して、姉と佐藤は後ろを向く。直ぐにズボンに履き替え、スカートを佐藤に渡した。それから俺は後ろを向いて、佐藤が着替え終わるのを待った。

「もうこっち向いて大丈夫だよ」
「ああ」
 佐藤にいわれ、俺は振り向く。
「奈々絵これからどうする? 保健室行ったらすぐ帰る?」
 姉が首を傾げて言う。
「うん、帰りたい」
「私も帰ろうかな」
「じゃあ二人で帰ったら? スクバは今から私が持ってくるから! 佐藤さん席何処? 奈々絵は一列目の一番前だよね?」
 俺は何も言わずに頷く。まだ席は出席番号順なんだ。

「右から二列目の一番後ろです」
「おっけー! すぐに取ってくる! 待ってて!」
 姉は急いで俺達の教室に向かった。
 それから姉は二分くらいでスクバを持ってきて、直ぐに中等部に戻ってしまった。

 保健室で足の応急処置をしてもらってから、俺は佐藤と一緒に帰った。

「……紫苑先輩っていいお姉さんだよね」
「ああ、すげぇいい姉さんだよ」
 佐藤の声に俺は笑って頷いた。

 姉はいつも俺を助けてくれる。教室に乗り込んできて草加に思いっきり説教をしてくれたり、俺が泣いていたら笑って励ましてくれる俺のヒーロみたいな人なんだ。俺はそんな姉を、本当に大切に想っていた。

 それなのに……。

 姉さんは死んだ。
 俺が、小学校を卒業した日に。その日、俺は家族とステーキ屋に向かっていた。
 要は卒業祝いだ。
 いじめがあったから半分以上登校を拒否っていたのに手にした卒業を祝うのはどうなのか。そう思っていたのに、姉の紫苑が上機嫌で祝おうというから、その強引さに推されついのってしまった。あんなことになるとも知らずに。

 結論から言うと、姉は死んだ。いや、姉だけでなく、両親もだ。俺の家族はみんな死んだ。

 飲酒運転してるトラックが前から突っ込んできてみんな死んだ。姉に小さな体を庇われて、俺だけ生き残った。俺は姉より十センチは身長が低かったから。俺が姉を殺した。姉に庇われて俺は死なずに済んだ。自分の分まで姉に怪我をさせてしまった。

 その酷い事実は、すぐに親戚中に広まった。多少脚色されて。

 俺が涙目で姉に助けを求めて、姉が思わず庇ってしまったと、そう広まったのだ。

 姉は優しい人だった。
 いじめられていたせいで毎日のように泣いていた俺は、いつも姉に励ましてもらっていたから。
 絵に描いたような理想の姉だったからこそ、その脚色は余計真実味を帯びた。
 嘘だと思う奴なんて、一人もいなかったんだ。


「何でお前が生きてるんだ! 何で紫苑じゃなくてお前なんだよっ!」
 葬式で姉が焼かれるのを呆然と見ていたら、突然従兄弟の爽月(さつき)さんに首を絞められた。

 爽月さんは姉と交際関係にあった人だ。兄弟はダメだけど、従妹同士は交際も結婚もできるから。従妹同士の交際を冷やかす人もいた。それでも、爽月さんはそれをもろともせず交際を続けた。
 そういうことをする人がいるくらい姉は魅力的で、正義感が強い素敵な人だった。死ぬにはあまりに惜しい。――やっぱり、俺が死ねばよかったんだ。


「さっ、爽月さん、すみませ……」
「黙れっ!!」

 俺の言葉を遮って、爽月さんは叫んだ。

「プロポーズするつもりだったんだよ、卒業したら! 必ず安定した職に就いて、迎えに行くって、そういうつもりだったのに……っ!!」
 首から手を離して、爽月さんは泣き崩れる。
「はぁっ、はぁっ。爽月さん、……本当にすみませ」

  息も絶え絶えになりながら言う。

「黙れ! 紫苑に似た声で呼ぶな!!」
 俺の言葉を亘っていい、爽月さんは俺を鋭い眼光で睨みつけた。
 兄弟は声が似ていることがよくあるけど、姉と弟の声が似てることはあんまないと思う。でも、少し似てるだけで同じに聞こえるんだろう。どちらが死んでしまった時には、なおさら。あまりに悲しい。
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