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11話 お土産となんでもない夜
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仕事を終え、会社を出た悠人は、駅へ向かう途中で足を止めた。
(……そういえば)
朝のことが、ふと頭をよぎる。
満足そうに朝食を眺めていたホルの顔。
胸を張って「昨日より、ずっといいでしょ?」と言った声。
(お土産、何か買っていくか)
今日は自分が夕飯を作る日だ。
時間はあまりかけられない。
となると、寄り道も手短に済ませたい。
駅前の通路を歩きながら、悠人は考える。
(何がいい……?)
服、という選択肢が一瞬浮かんで、すぐに打ち消す。
(無理だろ)
この前、勢いで買った服のことを思い出す。
好みもろくに聞かず、半ば押し付ける形になった。
結果として喜んではくれたが、
あれを“正解”だったと言い切る自信は、なかった。
(男一人で、ああいう店入るのもな……)
却下だ。
歩きながら考えても、答えは出ない。
時間だけが過ぎていく。
そのとき、不意に思い出した。
(……ケーキ屋)
服を見に行った帰り。
通りすがりのショーケースを、ホルがちらりと見ていた。
ほんの一瞬だったが、確かに視線はそこに向いていた。
(あの時は……余裕なかったな)
同居初日。
現実味のない状況に振り回されて、
好みの食べ物ひとつ、聞く余裕もなかった。
今になって、少しだけ後悔する。
(……甘いもの、嫌いじゃなさそうだった)
確信はない。
でも、あの一瞬の視線を信じるなら――。
悠人はケーキ屋の前で立ち止まり、ショーケースを覗いた。
色とりどりのケーキ。
凝ったものもあるが、目に留まったのは一番シンプルなものだった。
ショートケーキ。
(無難すぎるか……?)
そう思いつつも、結局それを選ぶ。
余計な冒険はしないほうがいい。
「ショートケーキ、一つください」
箱を受け取り、駅へ向かう。
(……喜ぶかな)
その問いに、はっきりした答えはない。
それでも、朝の満足そうな顔を思い出しながら、足を速めた。
⸻
「ただいま」
玄関を開けると、ホルはすぐに顔を出した。
「おかえり!」
その声だけで、少しだけ肩の力が抜ける。
「……これ」
悠人が箱を差し出すと、ホルは一瞬きょとんとして――
次の瞬間、目を輝かせた。
「ケーキ?」
箱を受け取る手が、わずかに弾む。
「甘いもの、好きなのよく分かったね」
そう言って、顔を近づけてくる。
「ねえ……もしかして、夢で言ってたこと、
ちゃんと覚えててくれたの?
そういうの、忘れないの……嬉しいんだけど」
期待を含んだ視線。
(……夢、か)
悠人の記憶は曖昧だった。
断片的で、はっきりとした会話は思い出せない。
「いや……」
正直に言うと気まずい。
だから、苦笑いで誤魔化す。
「たまたま、だよ」
「ふーん?」
納得したのかしていないのか分からない表情で、
それでもホルは嬉しそうに箱を抱えた。
「ありがとう、悠人」
その一言が、やけに真っ直ぐで。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
⸻
夕飯は簡単に済ませた。
手早く作った炒め物と、味噌汁。
「悠人が作るの、やっぱり落ち着く」
そう言いながら、ホルは素直に箸を進める。
食後、ケーキを皿に分ける。
一口食べた瞬間、ホルは目を見開いた。
「おいしい……!」
大げさな反応ではない。
ただ、心からそう思っている顔だった。
その様子を見ながら、悠人はふと昼間のことを思い出す。
ゆきの声。
「ジャスミンティーとか、いいですよ」
距離を保った、現実的な気遣い。
(……距離感って、こんなにも違うものなのか)
そう考えた瞬間、胸の中で腑に落ちるものがあった。
ゆきの言葉は、安心できる。
余計な期待を抱かせず、踏み込みすぎず、
「ちゃんと現実の中で生きている人」の距離感だ。
疲れているなら、これがいい。
無理しないで、少し整えればいい。
その一線を、きちんと越えない。
(それが、普通なんだ)
だからこそ――
胸がざわつくことも、思考を奪われることもない。
一方で――。
ホルは、遠慮がない。
距離の測り方が、最初から違う。
気づけば、考え事の途中で止まっていた。
「……悠人?」
ホルが、不思議そうに覗き込んでくる。
「何考えてるの?」
近い。
あまりにも自然に、距離を詰めてくる。
「……なんでもないよ」
そう答えて、笑いかける。
ホルは少しだけ目を細め、
それ以上は聞かずに、ケーキをもう一口食べた。
「なら、いいけど」
その声は、柔らかく――
けれど、どこか見透かすようでもあった。
悠人は視線を逸らしながら、
自分の中に残る違和感を、まだ言葉にできずにいた。
(……そういえば)
朝のことが、ふと頭をよぎる。
満足そうに朝食を眺めていたホルの顔。
胸を張って「昨日より、ずっといいでしょ?」と言った声。
(お土産、何か買っていくか)
今日は自分が夕飯を作る日だ。
時間はあまりかけられない。
となると、寄り道も手短に済ませたい。
駅前の通路を歩きながら、悠人は考える。
(何がいい……?)
服、という選択肢が一瞬浮かんで、すぐに打ち消す。
(無理だろ)
この前、勢いで買った服のことを思い出す。
好みもろくに聞かず、半ば押し付ける形になった。
結果として喜んではくれたが、
あれを“正解”だったと言い切る自信は、なかった。
(男一人で、ああいう店入るのもな……)
却下だ。
歩きながら考えても、答えは出ない。
時間だけが過ぎていく。
そのとき、不意に思い出した。
(……ケーキ屋)
服を見に行った帰り。
通りすがりのショーケースを、ホルがちらりと見ていた。
ほんの一瞬だったが、確かに視線はそこに向いていた。
(あの時は……余裕なかったな)
同居初日。
現実味のない状況に振り回されて、
好みの食べ物ひとつ、聞く余裕もなかった。
今になって、少しだけ後悔する。
(……甘いもの、嫌いじゃなさそうだった)
確信はない。
でも、あの一瞬の視線を信じるなら――。
悠人はケーキ屋の前で立ち止まり、ショーケースを覗いた。
色とりどりのケーキ。
凝ったものもあるが、目に留まったのは一番シンプルなものだった。
ショートケーキ。
(無難すぎるか……?)
そう思いつつも、結局それを選ぶ。
余計な冒険はしないほうがいい。
「ショートケーキ、一つください」
箱を受け取り、駅へ向かう。
(……喜ぶかな)
その問いに、はっきりした答えはない。
それでも、朝の満足そうな顔を思い出しながら、足を速めた。
⸻
「ただいま」
玄関を開けると、ホルはすぐに顔を出した。
「おかえり!」
その声だけで、少しだけ肩の力が抜ける。
「……これ」
悠人が箱を差し出すと、ホルは一瞬きょとんとして――
次の瞬間、目を輝かせた。
「ケーキ?」
箱を受け取る手が、わずかに弾む。
「甘いもの、好きなのよく分かったね」
そう言って、顔を近づけてくる。
「ねえ……もしかして、夢で言ってたこと、
ちゃんと覚えててくれたの?
そういうの、忘れないの……嬉しいんだけど」
期待を含んだ視線。
(……夢、か)
悠人の記憶は曖昧だった。
断片的で、はっきりとした会話は思い出せない。
「いや……」
正直に言うと気まずい。
だから、苦笑いで誤魔化す。
「たまたま、だよ」
「ふーん?」
納得したのかしていないのか分からない表情で、
それでもホルは嬉しそうに箱を抱えた。
「ありがとう、悠人」
その一言が、やけに真っ直ぐで。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
⸻
夕飯は簡単に済ませた。
手早く作った炒め物と、味噌汁。
「悠人が作るの、やっぱり落ち着く」
そう言いながら、ホルは素直に箸を進める。
食後、ケーキを皿に分ける。
一口食べた瞬間、ホルは目を見開いた。
「おいしい……!」
大げさな反応ではない。
ただ、心からそう思っている顔だった。
その様子を見ながら、悠人はふと昼間のことを思い出す。
ゆきの声。
「ジャスミンティーとか、いいですよ」
距離を保った、現実的な気遣い。
(……距離感って、こんなにも違うものなのか)
そう考えた瞬間、胸の中で腑に落ちるものがあった。
ゆきの言葉は、安心できる。
余計な期待を抱かせず、踏み込みすぎず、
「ちゃんと現実の中で生きている人」の距離感だ。
疲れているなら、これがいい。
無理しないで、少し整えればいい。
その一線を、きちんと越えない。
(それが、普通なんだ)
だからこそ――
胸がざわつくことも、思考を奪われることもない。
一方で――。
ホルは、遠慮がない。
距離の測り方が、最初から違う。
気づけば、考え事の途中で止まっていた。
「……悠人?」
ホルが、不思議そうに覗き込んでくる。
「何考えてるの?」
近い。
あまりにも自然に、距離を詰めてくる。
「……なんでもないよ」
そう答えて、笑いかける。
ホルは少しだけ目を細め、
それ以上は聞かずに、ケーキをもう一口食べた。
「なら、いいけど」
その声は、柔らかく――
けれど、どこか見透かすようでもあった。
悠人は視線を逸らしながら、
自分の中に残る違和感を、まだ言葉にできずにいた。
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