あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍

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31 忌まわしい力 ※ザカリア

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『ロゼッテ王女は王宮にて、お育てするようにと、ルドヴィク様がおっしゃっておりました』

 その言葉を兄上の 侍従じじゅうから、聞いた時、俺はなにも答えることができなかった。

 ――兄上は、自分の娘であるロゼッテを捨てるのか。

 兄上は孤独を味わったことがない。
 贅沢に慣れ切った兄上は、どれほど自分が恵まれているのか、わからないのだ。
 セレーネやルチアノと、共に城で暮らし始めてから、家族がどんなものであるか、ようやく理解できた俺とは違う。
 
 ――簡単に捨てられるものではない。

 二人を守るためなら、俺はなんでもしよう。
 今の俺には、それくらい大事な存在になっていた。

「ジュスト。周囲を見張ってくれるか」

 ジュストは黒い目を細めた。
 俺がなにをしようとしているのか、ジュストにはわかったのだ。

「力を使われるのですか?」
「ああ」
「わかりました」

 俺の力がなんであるか知っているジュストは止めなかった。
 ジュストを連れ、ロゼッテ王女の部屋へ向かう。
 
「わたし、馬鹿じゃないもん……馬鹿じゃない……」

 暗い部屋の中から聞こえてくるのは、ロゼッテの声だった。
 耳を塞ぎ、頭をクッションで覆い、震えている。
 ずっとこの調子だった。

「悪くない、悪くないのに……」

 ロゼッテが繰り返す言葉は同じで、中身がなかった。
 現実と夢の狭間の中にいるロゼッテに、声をかける。

「ロゼッテ。今、聞こえないようにしてやる」

 俺の心を読んだのか、ロゼッテは涙に濡れた目を向けた。

「ほんとう? わたしを助けてくれるの?」
 
 クッションが床に落ちた。
 誰も自分を助けてくれないと思っていたのだろう。

「わたし、嘘つきで悪い子なのに?」

 デルフィーナから言われ、嘘をつき続けてきたからか、ロゼッテは自分を悪い人間だと思っているようだった。

「過去のお前に向けられた悪意のすべてを、俺が引き受ける。だから、もう忘れていい」

 俺が頭をなでると、ロゼッテは、ホッとした表情を浮かべた。

「ジュスト。周りにルチアノはいないな?」
「はい」

 ジュストがうなずくのを見て、力を使った。
 一度だけ使える俺に与えられた忌まわしい力。
 『力を奪い、自分の力にする能力』を。
 そして、それは一度奪えば、二度と元の持ち主には戻らない。
 
『お父様……お母様……。ロゼッテのこと、嫌いにならないで……』

 ロゼッテの心の声が聞こえた。
 力を使わないようにすることを学んだ自分と、学ばなかったロゼッテ。
 心の声を聞かないように、力を使わずにいることもできる。

「ジュスト。侍女を呼べ。これで、ロゼッテのそばに、侍女を置いても平気だろう」
「かしこまりました。こちらの部屋から、もっと明るい部屋に移しましょうか?」
「任せる」

 俺も変わったが、ジュストも変わった。
 剣だけでなく、子供の扱いがうまくなった。

「ロゼッテ様、失礼します」

 ジュストが、ロゼッテを抱きかかえて外に出る。
 
「明るい……」
「外は明るいですよ」

 安心感からか、ロゼッテは涙をぽろぽろこぼした。

「ルチアノに会いたい……。会って、嘘ついてごめんねって言いたい……」
「ルチアノ様もロゼッテ様に、お会いしたいと言っていました。まずは、身だしなみを整え、食事を済ませてからにしましょう」
「わたしのこと、ルチアノ、嫌いになってない? お母様が、ルチアノたちを殺そうとしたから……」
「それも全部、忘れていいんですよ。ザカリア様がすべて引き受けるとおっしゃられた。だから、今はもう昔とは違うロゼッテ様です」
「……うん」

 ジュストはロゼッテの涙をぬぐう。
 ルチアノと暮らした七年間で、子供の扱いになれたジュスト。
 それは俺もだが、ジュストほどではないような気がする。

「お前は、俺より子供に好かれる」
「そうですか?」

 ジュストは、ロゼッテを侍女たちに預けた。
 セレーネたちがロゼッテのために、花束と花かんむりを作っていますよと、聞かされて、ロゼッテは微笑んだ。
 心の声が聞こえなくなったロゼッテが、無邪気な子供に戻るのは、そう遠くないだろう。

「ザカリア様は、ただ一人に愛されたら、それで満足でしょう。いつ、ザカリア様がセレーネ様にプロポーズするのか、領地の者たちと賭けているんですよ」
「おい。俺の人生最大の決断を賭け事の材料に使うな」

 ――油断も隙も無い。

 そもそも、セレーネの頭の中は、ルチアノのことでいっぱいなのではないだろうか。
 
「ザカリア様。セレーネ様の心を読まないでくださいよ」
「そんなことはしない!」

 心を読む気はなかったが、強く否定すると、ジュストは笑った。

「王宮で、ザカリア様と笑って話せる日が来るとは思いませんでした」
「そうだな。俺もだ」
「傷が深すぎて、ザカリア様は王宮に戻れないだろうと。けれど、同じ境遇に置かれたセレーネ様の強さを見て、ザカリア様が変わるのではと、俺は期待していました」

 ジュストの勘は間違っていなかった。
 他人の能力を奪い、自分のものにしてしまうという忌まわしい力を持って生まれた俺。
 力を持っていた王族たちは俺を避けた。
 奪われることを恐れたのである。

「長い間、なぜ、力を奪うことしかできない俺のような子が生まれたのか、不思議だった」

 奪った能力を自分のものにしていまうなど、盗人と同じ。
 嫌悪されるだけの能力だと思っていた。

「けれど、ようやくわかった」

 力に溺れた者を救うための力が、王家には必要だったのだ。

「救われたのは、俺も同じだ」

 やっと必要とされた力――忌まわしいだけの力ではなかったと、ロゼッテのおかげで知ることができた。
 これで、すべてが終わった。
 穏やかな日々がやってくると信じていた。
 だが――
 
「ザカリア様! 大変です! デルフィーナが牢屋から逃亡したようです!」

 ――簡単にはいかないようだった。
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