いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍

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第一章

4 裏の顔(2)

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「ルナリア、落ち着け!」

 パニック状態だった私を水の中から引きあげ、体をつかんだのはレジェスだった。

「足がつく」

 ――あれ?

 冷静になると、なんてことはない。
 水の勢いはそこそこあるものの、水路は浅く、簡単に足がつく。
 レジェスは大人しくなった私を抱え、水路の外へ出ると、背中を叩いて水を吐き出させた。
 
「げほっ……けほっ!」
「ルナリア、大丈夫か?」

 レジェスの黒髪から水がしたたり、立派な服も濡れていた。
 大国アギラカリサの王子を水路に飛び込ませ、ずぶ濡れにしてしまった。

「ご、ごめんなさい……」

 謝る私にレジェスが濡れた髪をかき上げ、険しい顔を見せた。

 ――どうしよう。すごく怒ってる。 

「ルナリア、悪かった。俺とフリアンがちゃんと見ていなかったせいだ。今、フリアンが乳母と侍女を呼びに行った。寒いだろうが、少し我慢してくれ」

 レジェスが怒っているのは、自分自身に対して怒っているらしい。
 私の服と自分の服の水を絞り、私の髪をなでた。
 そして、気づく――

「あ、ルナリアの花……」
「流されてしまったな」

 せっかくレジェスが私のために作って、髪に飾ってくれたルナリアの花。
 髪から外れて流されてしまった。
 思った以上にショックで、泣き出しそうになるのを懸命にこらえた。

「また作ればいい。それより、ルナリアが無事でよかった」
「……うん」

 レジェスは私が助かってホッとしている。
 十二歳でありながら、責任感があり、迷わず水の中に入る行動力。
 幼い子を助けるなんて、簡単にできることではない。
 水路の水深は浅かったけれど、私は完全に溺れてた。
 もし、レジェスが助けてくれなかったら、どうなっていたか……

「ルナリアったら、はしゃぎすぎよ」
「え……? はしゃぐ……?」

 セレステの声がして振り返る。

 ――嘘。笑ってる。

 セレステの笑顔を見て、私の記憶が一気によみがえってくる。

 ――私を水路に落としたのはセレステ。セレステだったわ!

「レジェス様。ごめんなさい。ルナリアが元気すぎて止められなかったの……」

 いつの間にパラソルをさしたのか、セレステはレースのパラソルを両手で持ち、優雅に佇んでいる。
 水路の泥と水で汚れ、みすぼらしい姿になった私と違って、セレステは綺麗なまま――

「な、なんで……? セレステお姉様が、私を水路に落として……」

 寒さと恐怖で震えながら言った私の言葉は、すぐに否定された。

「なにを言ってるの。セレステがそんなことするわけないでしょう!」

 私が水路に落ちたと知ったお母様が駆けつけ、大きな声で私を叱った。

「ルナリア。また悪さをした言い訳にセレステを使うの? あなたって子は本当に嘘つきで悪い子ね!」

 ――嘘つき?

 そういえば、今まで何度も怒られていた気がする。
 食べてないお菓子を食べたと言われ、盗んでない人形を盗んだと言われた。
 勘違いだろうと思って、気にしていなかったけど、あれはもしかして――セレステが?

「ルナリア。私のせいにして、お勉強を怠けて遊んでいた言い訳をしてはいけないわ」
「怠けてない! 庭へ行こうって言うから……」
「嘘は駄目よ。第一、私の手がパラソルで塞がっているのに、どうやってルナリアを落とせるの?」
 
 悲しい顔でセレステは私を見つめる。

 ――これって、図書館から水路に落ちるまで、全部セレステの罠だった?

 ゾッとして背筋に寒いものが走った。
 
「まあっ! 大変! セレステ様のドレスが濡れているわ。レジェス様にも着替えを! すぐにタオルをお持ちして!」

 お母様のヒステリックな声に、侍女たちが大勢集まってきた。
 セレステの世話をする侍女たちは、セレステとレジェスをタオルで拭き、私のことは無視だった。

「お母様。私は平気だから、レジェス様のためにお湯を沸かしてほしいの」
「セレステは優しい子ね。それに比べてルナリアは勉強を怠けて庭で遊んだあげく、水路に落ちたのをセレステのせいにするなんて、とんでもないわ!」
「ち、ちがっ……」

 恐怖と水に濡れた寒さで震え、歯の根が合わず、うまく話せなかった。

「罰として今日の夕飯は抜きですよ!」

 セレステがパラソルの下で、くすりと笑ったのを見逃さなかった。
 涙を浮かべ、ずぶぬれで泥だらけの私はセレステに比べ、惨めでみすぼらしい姿だった。
 誰からも相手にされず、いつも優先されるのはセレステだ。
 お母様と侍女たちに囲まれたセレステが、私を見下ろし優美に微笑む。

 ――これが『二番目の姫』の世界。

 この先、ずっと続くのかと思うと絶望しかない。
 そう思っていると――

「俺はいいから、先にルナリアをどうにかしてやってくれ。水路に落ちたのは俺のせいだ」

 レジェスが自分に与えられたタオルを私の頭にかぶせた。

「うん。レジェスは強いけど、ルナリアはまだ五歳だからね。このままだと風邪をひいちゃうよ」

 私の乳母と侍女を連れて戻ってきたフリアンが、優しい笑みを浮かべていた。
 二人の優しさに涙がこぼれた。

「ルナリア。ちゃんと手を繋いで歩いてあげればよかったよ。ごめんね」
「う、ううん。ルナリアのせい……」

 これ以上、叱られないためにセレステのことは口に出せなかった。
 ぶるぶる震えている私を見て、乳母は申し訳なさそうに頭を下げた。
 
「やっぱりご一緒するべきでした」

 乳母は私に対して優しい。

「乳母が甘やかすからよ! レジェス様に謝りなさい!」

 けれど、お母さまたちは違った。

「いいから、早く着替えさせろ。ルナリアが震えている」
「レジェス様も着替えなくては!」
「俺は後でいい。先にルナリアを着替えさせろ」

 レジェスの一言に、セレステは笑顔なのに、冷たい目でこちらをにらんでいるように見えた。
 あれは、私のことが大嫌いだっていう目だ。
 でも誰も気づかない。

 ――だってセレステは一番目の姫。みんなから愛され、大切にされるんだから嫌われない。二番目の私とちがって。

 乳母に手を引かれ、歩こうとしたけど、ふらふらして目の前が真っ暗になる。
 ばったり倒れた私が最後に見たのは、笑うセレステの顔だった。  
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