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17 恋か愛か

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尾鷹おだか商事には社食とは別に一階にはカフェスペースがある。
オープンフロアの広々とした空間に白で揃えられたテーブルと椅子、大きな窓からは明るい日差しがたっぷり入り、外の街路樹の緑とフロアに置いた大きな観葉植物がまぶしい。
杏美ちゃんはカフェスペースの窓際にあるソファー席へ私を連れて行くと、どんっと座らせた。
転がるようにして、ソファーに座ると杏美ちゃんは向かいの椅子に座った。
ううっ……乱暴なんだから……。
「ケーキセット二つ、アイスティーで。ミルクを付けてちょうだい」
「かしこまりました」
私の意見は完全無視で杏美ちゃんはすばやく注文を済ませると、胸の前に腕を組み、ふんぞり返って私に言った。
「聞きたいことは?」
「えっ?聞きたいこと?」
杏美ちゃんはイラッとした顔で私を見て、頭をぱこんっと叩いた。
「ドン子の頭は飾りのようね!?」
「や、やめてよー!」
はー、もうやってられないわ、とブツブツいいながら、杏美ちゃんは運ばれてきた、シフォンケーキとアイスティーを配ってくれた。
ミルクをいれてアイスティーのストローをぐるぐるとかき混ぜながら、杏美ちゃんは言った。
「さっき、お兄様が社内で抱き合っていたって話を聞いたでしょ?」
「聞いたけど、そんな噂があったなんて、知らなかったよね。びっくりしたよね」
「もしかして、今知ったの!?」
杏美ちゃんが飲んでいたアイスティーを吹き出しかけた。
「う、うん、杏美ちゃんもでしょ?」
「そんなわけないでしょっっ!!この噂、流れてから大分経ってるんだけど」
「嘘っ!」
「これだからドン子は。どれだけ鈍いのよ」
知らなかったのは私だけみたいだった。
「でも、転びそうになったのを支えただけだって壱哉いちやさんが言っていたし」
「相手が問題よ」
イライラと杏美ちゃんが皿の上のシフォンケーキをフォークでバラバラにしていた。
食べにくいと思うんだけど……。
「相手はね、気づいたと思うけど、水和子みわこさんよ」
「えっ!お、お姉ちゃん!?」
「気づいてなかったのっ!?」
「ご、ごめん」
なぜか謝ってしまった。
「私も現場を見たんだけど、あれはつまずいたふりをして、お兄様に支えさせたのよ!今までもああいう女は山ほどいたから、わかるのよね。けど、水和子さんがあんな真似するとは思わなかったわ」
「そうなの?転びそうになっただけじゃなくて?」
「お兄様も気づいてるわよ。だから、あの機嫌の悪さなのよ。さっき見たでしょ。あの怖い顔」
だから―――あんなこと。
今になって、思い出して赤面していると杏美ちゃんが呆れた顔で私を見ていた。
「ドン子……」
『立場の違いを思い知りなさいよっ!』とか『ドン子のくせにお兄様に触るんじゃないわよ!』とか?
慌てて顔を引き締めようとしたけど、無理だった。
緩んだ顔は元には戻らず、杏美ちゃんに言い訳するしかなかった。
「さっ……さっきはっ……その、びっくりしたけど、きっと昨日のお酒が残っていたんだよね」
「お兄様が二日酔いになった所を一度も見たことないわ」
「そ、そう」
「だから、あれは本気よ。まずいことにね」
「まずいって。ケーキ、おいしいよ?」
べしっと頭を叩かれた。
「ひ、ひどい!」
一度ならず、二度までも!
「ドン子」
「なに?」
「お兄様のこと、どう思ってる?」
「正直に言っていいの?」
「いいわよ」
どうぞ?と、杏美ちゃんがうなずいた。
「壱哉さんは優しいし、かっこいいし、仕事している姿はもう普段の倍は素敵に見えるし、私が失敗するかもって思うようなことは先回りして助けてくれるのもすごいなって。それに―――」
「もういいわ。身内の褒め言葉ほど、聞いてて恥ずかしいものはないわ」
「えっ!?なんで!?まだあるよ」
「言わなくていいって言ってるのよっ!」
そっか……残念……。
語りたかったのに。
「その気持ち、恋なの?愛なの?」
「深いね……」
哲学かな。
真剣な顔で悩んでいると、杏美ちゃんは額に手をあてた。
「お兄様のこと、好きかって聞いてるのよ。男として」
「女の人じゃないでしょ?」
「当たり前でしょ!?ドン子と話してると、ほんっっと疲れんのよっ!わかってんの?……じゃあ、水和子さんと抱き合ってたって聞いてどう思った?」
「それはショックだったけど……」
「そう、それならいいわ」
杏美ちゃんははあっとため息をついた。
「いいの?」
「いいけど、お兄様に残された時間はそんなに多くはないわよ。立場上、婚約者を決める時期に来ているし、ドン子の淡い恋が愛になるまで待っていられるかしらね」
「ねえ、杏美ちゃん。私が壱哉さんのこと、好きでもいいのかな」
杏美ちゃんは驚いた顔をした。
「いいに決まってるでしょ?」
「よかった」
杏美ちゃんに言われてホッとした。
「私、壱哉さんに釣り合わないのに好きになるなんて、図々しいことだと思っていたから」
「バカね。好きになるくらい自由でしょ」
「ありがとう。杏美ちゃん」
私は壱哉さんが好きなんだ―――好きになってもよかったんだと思えた。
「想いを自覚するのはいいけど、これからが大変よ」
そう言った杏美ちゃんは浮かない顔をしていたけど、私を見て笑っていた。

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