34 / 37
34 五年後の今【知久】
しおりを挟む
そして―――今、俺は再び兄の前に立っている。
大学を卒業し、陣川製薬専務となった兄は重役が座る革の椅子に座っていた。
あの時と同じ、兄の部屋にはモーツァルトの魔笛が流れていた。
「兄さん、約束を果たしてもらうよ」
「内容は?」
「高窪物産の社長を解任させてほしい」
「このタイミングで言うか」
「今だからだよ」
両親は俺を結婚させようとしている。
妹の結朱が唯冬から婚約を解消されて焦り、兄妹二人が破談したとなれば、外聞が悪いと考えたようだ。
別に俺は解消されても構わないけど、両親は自分の子供に問題があるのではと言われたくないらしい。
結朱にも早く新しい結婚相手を探さなければと話しているのを聞いた。
「高窪家は俺と結婚できるって大喜びらしいね」
今週末の日曜日には両親同士の顔合わせがあり、結婚の話をする。
そこまで話は進んでいた。
それを兄も知っている。
兄は苦笑した。
「お前は本当に酷い奴だな。相手を喜ばせるだけ喜ばせて、そこから地獄に落とすのか。このタイミングを待っていたんだろう?」
「酷い奴だとか、兄さんだけには言われたくないね」
冷淡冷酷、情のない男だと言われているくせに俺を酷い男呼ばわりはない。
だいたい兄はいつ結婚するのか。
蛇のように狡猾な兄は両親に自分の婚約者すら決めさせなかった。
するりとかわして、独身を貫き中だ。
「彼女の代わりに高窪へ復讐をするのか」
俺は笑顔だけ見せて余計なことを一切口にしなかった。
それを肯定と受け取った兄はため息をついた。
「高窪が社長でなくなれば、父さんはお前を婿にやろうとは絶対に思わないからな」
「なんの利益もないからね」
父は人のいい顔をしているが、陣川製薬の社長だ。
俺をなんの得にもならない家にくれてやることは絶対にない。
「それで、お前の目論み通り両親が次の婚約者を探すってわけか」
「そうだよ」
「今、お前の婚約者に選ばれるとしたら一人だけだな」
唯冬が婚約を解消したことで陣川の家は怒っている。
けれど、渋木グループが陣川にとって大事なビジネスパートナーであることも事実だ。
切るに切れない仲で気まずい空気になっているとはいえ、取引はある。
「関係をどこかのタイミングで修復したいと両家とも考えているから、俺と小百里が結婚することを選ぶだろうね。自然に」
「なにが自然にだ! ここまで画策しておいて自然にはないだろう!」
俺が五年前、なにを考えていたか今になってわかった兄は額に手をあてて唸った。
「唯冬と結朱の婚約が解消されなければ、お前に小百里さんとの婚約話はあり得ない話だった。だが、今は違う。二人の婚約がなくなったのはお前の―――いや、お前達の仕業か?」
兄はようやく気づいたようだった。
俺だけじゃなく、この話には唯冬も絡んでいることに。
「そうだよ。唯冬は最初から結朱との婚約を断っていたはずだ。それを無理に進めたのは両親で、俺が反対していても話すら聞かなかった。もちろん結朱にもはっきり言った。唯冬にはずっと想っている相手がいるってね」
それでもいいと言って婚約したのは結朱で、唯冬に形だけでもいいからと、その場しのぎの嘘をついたのは渋木と陣川の両親だ。
その場にいた兄も覚えているはずだ。
「親の決定に逆らえない俺と唯冬は手を組んだってわけだよ」
言わば、共同戦線。
運命共同体。
唯冬は千愛ちゃんを、俺は小百里を手に入れるため、お互いを利用し合うことにした。
「俺達は無力な子供だったから、仕方ないよね。小百里と四年も離れるのは本当に辛かったよ」
俺が涙をぬぐうフリをすると、兄は頬をひきつらせていた。
「なにが無力な子供だ。だったら、おとなしく親のいうことを聞いておけよ」
「冗談。兄さんだって俺が高窪と結婚されたら困るはずだよ? 渋木の家と不仲なままでいいとは思ってないだろ? 俺がばっちり小百里を愛して結婚して渋木と陣川の家の絆を固めるから、心置きなく婚約を進めてくれていいよ」
兄はげんなりした顔で俺を見た。
「お前がビジネスの世界にこなくて残念だ。その腹黒さを生かせば音楽以上の才能があっただろう」
「あー、無理無理。俺にバイオリンがなかったら、小百里が俺を愛してくれたかどうかわからない」
「そうだな。女好きの金持ち道楽息子の印象で、初対面で終わっていただろうな」
「え? 俺はそんなにひどい印象!?」
「気づけよ」
兄はスマホを手にして自分の秘書に指示を出す。
「わかった。高窪社長を解任させてやる。それだけでいいのか」
「今のところはそれでいいよ」
「俺をどれだけ利用するつもりだ」
「兄さんは悪魔と五年間契約を結んだんだから、それなりの代償を支払ってもらわないと。契約書はちゃんと俺が保管してあるから破ったらどうなるかわかってるだろ?」
保管場所は秘密だけど、兄とはきちんと契約書を交わしている。
「天才バイオリニストの五年間を兄さんは買ったんだから安くはないよ? 何回タダで演奏してあげたかなー」
「お前の性格の悪さがここにきて最大値に振り切れたぞ」
「それはどうも」
「お前達は本当に……」
「五年分。兄さんにはしっかり活躍してもらう」
本当に兄は俺の役に立ってくれた。
俺は満足げに微笑んだ。
兄との契約は五年間。
四年間でなかったのはわざとだ。
兄は俺を最大限に利用するため、契約期間内に俺を結婚させることはないだろうと考えた。
俺という駒を好きに使える期間、手元に置くはずだ。
スキャンダルはもちろん兄というバックアップがあれば消してくれるし、俺をもっと使える駒にしようとバンバン仕事をいれて有名にしてくれた。
おかげで俺達は卒業と同時に日本を拠点に仕事ができるようになったというわけだ。
陣川製薬様々だよ。
魔笛のフィナーレが流れていた。
三人の少年が歌っている。
『やがて朝を告げるために輝きわたるのは』
―――ようやく夜が明ける。
大学を卒業し、陣川製薬専務となった兄は重役が座る革の椅子に座っていた。
あの時と同じ、兄の部屋にはモーツァルトの魔笛が流れていた。
「兄さん、約束を果たしてもらうよ」
「内容は?」
「高窪物産の社長を解任させてほしい」
「このタイミングで言うか」
「今だからだよ」
両親は俺を結婚させようとしている。
妹の結朱が唯冬から婚約を解消されて焦り、兄妹二人が破談したとなれば、外聞が悪いと考えたようだ。
別に俺は解消されても構わないけど、両親は自分の子供に問題があるのではと言われたくないらしい。
結朱にも早く新しい結婚相手を探さなければと話しているのを聞いた。
「高窪家は俺と結婚できるって大喜びらしいね」
今週末の日曜日には両親同士の顔合わせがあり、結婚の話をする。
そこまで話は進んでいた。
それを兄も知っている。
兄は苦笑した。
「お前は本当に酷い奴だな。相手を喜ばせるだけ喜ばせて、そこから地獄に落とすのか。このタイミングを待っていたんだろう?」
「酷い奴だとか、兄さんだけには言われたくないね」
冷淡冷酷、情のない男だと言われているくせに俺を酷い男呼ばわりはない。
だいたい兄はいつ結婚するのか。
蛇のように狡猾な兄は両親に自分の婚約者すら決めさせなかった。
するりとかわして、独身を貫き中だ。
「彼女の代わりに高窪へ復讐をするのか」
俺は笑顔だけ見せて余計なことを一切口にしなかった。
それを肯定と受け取った兄はため息をついた。
「高窪が社長でなくなれば、父さんはお前を婿にやろうとは絶対に思わないからな」
「なんの利益もないからね」
父は人のいい顔をしているが、陣川製薬の社長だ。
俺をなんの得にもならない家にくれてやることは絶対にない。
「それで、お前の目論み通り両親が次の婚約者を探すってわけか」
「そうだよ」
「今、お前の婚約者に選ばれるとしたら一人だけだな」
唯冬が婚約を解消したことで陣川の家は怒っている。
けれど、渋木グループが陣川にとって大事なビジネスパートナーであることも事実だ。
切るに切れない仲で気まずい空気になっているとはいえ、取引はある。
「関係をどこかのタイミングで修復したいと両家とも考えているから、俺と小百里が結婚することを選ぶだろうね。自然に」
「なにが自然にだ! ここまで画策しておいて自然にはないだろう!」
俺が五年前、なにを考えていたか今になってわかった兄は額に手をあてて唸った。
「唯冬と結朱の婚約が解消されなければ、お前に小百里さんとの婚約話はあり得ない話だった。だが、今は違う。二人の婚約がなくなったのはお前の―――いや、お前達の仕業か?」
兄はようやく気づいたようだった。
俺だけじゃなく、この話には唯冬も絡んでいることに。
「そうだよ。唯冬は最初から結朱との婚約を断っていたはずだ。それを無理に進めたのは両親で、俺が反対していても話すら聞かなかった。もちろん結朱にもはっきり言った。唯冬にはずっと想っている相手がいるってね」
それでもいいと言って婚約したのは結朱で、唯冬に形だけでもいいからと、その場しのぎの嘘をついたのは渋木と陣川の両親だ。
その場にいた兄も覚えているはずだ。
「親の決定に逆らえない俺と唯冬は手を組んだってわけだよ」
言わば、共同戦線。
運命共同体。
唯冬は千愛ちゃんを、俺は小百里を手に入れるため、お互いを利用し合うことにした。
「俺達は無力な子供だったから、仕方ないよね。小百里と四年も離れるのは本当に辛かったよ」
俺が涙をぬぐうフリをすると、兄は頬をひきつらせていた。
「なにが無力な子供だ。だったら、おとなしく親のいうことを聞いておけよ」
「冗談。兄さんだって俺が高窪と結婚されたら困るはずだよ? 渋木の家と不仲なままでいいとは思ってないだろ? 俺がばっちり小百里を愛して結婚して渋木と陣川の家の絆を固めるから、心置きなく婚約を進めてくれていいよ」
兄はげんなりした顔で俺を見た。
「お前がビジネスの世界にこなくて残念だ。その腹黒さを生かせば音楽以上の才能があっただろう」
「あー、無理無理。俺にバイオリンがなかったら、小百里が俺を愛してくれたかどうかわからない」
「そうだな。女好きの金持ち道楽息子の印象で、初対面で終わっていただろうな」
「え? 俺はそんなにひどい印象!?」
「気づけよ」
兄はスマホを手にして自分の秘書に指示を出す。
「わかった。高窪社長を解任させてやる。それだけでいいのか」
「今のところはそれでいいよ」
「俺をどれだけ利用するつもりだ」
「兄さんは悪魔と五年間契約を結んだんだから、それなりの代償を支払ってもらわないと。契約書はちゃんと俺が保管してあるから破ったらどうなるかわかってるだろ?」
保管場所は秘密だけど、兄とはきちんと契約書を交わしている。
「天才バイオリニストの五年間を兄さんは買ったんだから安くはないよ? 何回タダで演奏してあげたかなー」
「お前の性格の悪さがここにきて最大値に振り切れたぞ」
「それはどうも」
「お前達は本当に……」
「五年分。兄さんにはしっかり活躍してもらう」
本当に兄は俺の役に立ってくれた。
俺は満足げに微笑んだ。
兄との契約は五年間。
四年間でなかったのはわざとだ。
兄は俺を最大限に利用するため、契約期間内に俺を結婚させることはないだろうと考えた。
俺という駒を好きに使える期間、手元に置くはずだ。
スキャンダルはもちろん兄というバックアップがあれば消してくれるし、俺をもっと使える駒にしようとバンバン仕事をいれて有名にしてくれた。
おかげで俺達は卒業と同時に日本を拠点に仕事ができるようになったというわけだ。
陣川製薬様々だよ。
魔笛のフィナーレが流れていた。
三人の少年が歌っている。
『やがて朝を告げるために輝きわたるのは』
―――ようやく夜が明ける。
13
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる