7 / 39
7 あなたは誰?
もうすぐ開演だし、どんな曲を演奏するのかなと思ってパンフレットを探した。
この時になって椅子に置いてあったパンフレットがないことに気づいた。
「あ、あれ?」
「ああ……これ、君のパンフレット?椅子から落ちていたよ」
「すみません」
前の席の人が拾ってくれたらしく、パンフレットを受け取った。
サングラスをかけた男の人でのぞいた目は深い黒。
目鼻立ちがくっきりとしていて、まつ毛が長く、ラテン系の顔をした男の人だった。
外国のモデルみたい。
それにセクシーな人ってこういう人のことを言うんだろうな―――
ふっと頭になにかよぎったけれど、それがなんだったのか思い出せなかった。
「前の男の人、すごくかっこいいわね。大人の男性ってかんじ」
寿実も同じことを思ったらしい。
本当に抜け目がないというか、なんというか……
「シャネルのエゴイストプラチナムが似合う男ねぇ。絶対モテるわね。女を山ほど泣かせてそう」
うん、それは同感って……なに言ってるのよ!
とっさにぼふっとパンフレットで寿実の口をふさいだ。
「前の人に聞こえるじゃない。失礼でしょっ」
小声で私が言うとくすりと笑う声がした。
こんな小さい声なのに聞こえちゃった?
ぎろりと寿実をにらむとさすがにおとなしくなった。
「愛の挨拶か。深月逢生には合わないと思うな」
前の席の男の人がぼそりとそう言うのが聞こえた。
逢生に合わない?
この曲が?
最初の曲はエルガーの愛の挨拶。
三人でやる三重奏からのスタート。
幕があがり、タキシードを着た三人にスポットライトがあたる。
ピアノ、バイオリン、チェローーー物音ひとつしない会場。
しんっとした無音の中でバイオリンを手にした陣川さんが軽く顔を渋木さんへと向ける。
渋木さんが小さくうなずくと白い鍵盤に指を置く。
優しいピアノの音。
あの冷たく人形のような顔をした渋木さんがこんな豊かな音を出すことに驚いた。
誰を想って弾いているんだろう。
そして弦楽器の二人が加わる。
ピアノの伴奏に合わせて弦楽器が歌を歌っているみたいだった。
逢生は昔よりずっと上手になっていた。
音楽のことなんかわからないけど、逢生の音はわかる。
ずっと聴いてきたから。
甘く優しく語る愛の声。
なぜかこっちが赤面してしまうくらい情感たっぷりの愛の挨拶。
曲が終わると拍手が起きた。
前の男性も拍手をしている。
上から目線のゆったりとした拍手だけど。
なにが逢生に合わないよ。
すごくよかったじゃないの。
「こんな演奏もできるんだな」
え?そんな感想?
いつもの演奏ってどんな演奏よ?
まさかお腹が空いたの音みたいな音じゃないわよね。
昼寝を邪魔されたあの迷惑な音を思い出していた。
次の曲は無伴奏チェロ組曲第一番。
逢生のソロってこと?
さっきまで三人だったのに今は逢生だけ。
逢生はふっと二階席を仰ぐ。
そして、弓を剣のように横にすっと出してから、息を吸う。
真剣な目をし、戦いを挑むかのように弓を弦に触れさせる。
もっと重たい音なのかと思っていたけど違っていた。
軽やかだけど深い音。
これが逢生の本気の音。
―――チェロを弾いている逢生ちゃんは本当にかっこいいんだから。
その言葉を思い出したのは私もそれは認めなくちゃいけないって思った。
いつもの省エネモードの逢生の姿はない。
逢生が子供用のチェロで練習していた姿からは想像もできないくらい立派になっていた。
短い曲じゃなかったのに私にはその時間があっという間に感じた。
第一番の曲すべて終わると拍手が起こる。
「今日の演奏、すごくいいわね」
「いつもより音が明るくない?」
近くの常連のファンの人達が小声で話していた。
盛大な拍手をおくられた逢生は深々とお辞儀をして去って行った。
次は渋木さんと陣川さんの二人の演奏が始まるというところで前の席の男の人が席を立った。
「深月逢生か。楽しみだな」
そんなことを言うのが耳に入り、ちらっとその人見た。
目が合い、しまった!と思ったけれど、その人はにっこりと私に微笑んだ。
うわ、笑った顔も大人の色気がある。
なんだか圧倒されてしまう。
「彼のファン?」
「え?ええ、そうですね」
わざわざ幼馴染みというのもおかしい気がしたから、そう答えた。
「そうか。どこかで会った気がするけど思い出せないな。まあ、いいか。じゃあね、可愛いお嬢さん」
『可愛いお嬢さん』
そのセリフに去って行った男の人の背中を見つめていた。
最後まで聴かずに帰って行った。
楽しみだな?
まるで批評家みたいなことを言ってたけど、さっきの人、プロの演奏家か雑誌の人とか?
でも逢生の評価は悪くなかったわよね。
それが嬉しくて微笑んだ。
私の幼馴染みはかっこいい。
いつのまにか遠くに行ってしまっていたけど、応援したい気持ちはずっとある。
逢生の演奏に数年ぶりの拍手をおくった。
この時になって椅子に置いてあったパンフレットがないことに気づいた。
「あ、あれ?」
「ああ……これ、君のパンフレット?椅子から落ちていたよ」
「すみません」
前の席の人が拾ってくれたらしく、パンフレットを受け取った。
サングラスをかけた男の人でのぞいた目は深い黒。
目鼻立ちがくっきりとしていて、まつ毛が長く、ラテン系の顔をした男の人だった。
外国のモデルみたい。
それにセクシーな人ってこういう人のことを言うんだろうな―――
ふっと頭になにかよぎったけれど、それがなんだったのか思い出せなかった。
「前の男の人、すごくかっこいいわね。大人の男性ってかんじ」
寿実も同じことを思ったらしい。
本当に抜け目がないというか、なんというか……
「シャネルのエゴイストプラチナムが似合う男ねぇ。絶対モテるわね。女を山ほど泣かせてそう」
うん、それは同感って……なに言ってるのよ!
とっさにぼふっとパンフレットで寿実の口をふさいだ。
「前の人に聞こえるじゃない。失礼でしょっ」
小声で私が言うとくすりと笑う声がした。
こんな小さい声なのに聞こえちゃった?
ぎろりと寿実をにらむとさすがにおとなしくなった。
「愛の挨拶か。深月逢生には合わないと思うな」
前の席の男の人がぼそりとそう言うのが聞こえた。
逢生に合わない?
この曲が?
最初の曲はエルガーの愛の挨拶。
三人でやる三重奏からのスタート。
幕があがり、タキシードを着た三人にスポットライトがあたる。
ピアノ、バイオリン、チェローーー物音ひとつしない会場。
しんっとした無音の中でバイオリンを手にした陣川さんが軽く顔を渋木さんへと向ける。
渋木さんが小さくうなずくと白い鍵盤に指を置く。
優しいピアノの音。
あの冷たく人形のような顔をした渋木さんがこんな豊かな音を出すことに驚いた。
誰を想って弾いているんだろう。
そして弦楽器の二人が加わる。
ピアノの伴奏に合わせて弦楽器が歌を歌っているみたいだった。
逢生は昔よりずっと上手になっていた。
音楽のことなんかわからないけど、逢生の音はわかる。
ずっと聴いてきたから。
甘く優しく語る愛の声。
なぜかこっちが赤面してしまうくらい情感たっぷりの愛の挨拶。
曲が終わると拍手が起きた。
前の男性も拍手をしている。
上から目線のゆったりとした拍手だけど。
なにが逢生に合わないよ。
すごくよかったじゃないの。
「こんな演奏もできるんだな」
え?そんな感想?
いつもの演奏ってどんな演奏よ?
まさかお腹が空いたの音みたいな音じゃないわよね。
昼寝を邪魔されたあの迷惑な音を思い出していた。
次の曲は無伴奏チェロ組曲第一番。
逢生のソロってこと?
さっきまで三人だったのに今は逢生だけ。
逢生はふっと二階席を仰ぐ。
そして、弓を剣のように横にすっと出してから、息を吸う。
真剣な目をし、戦いを挑むかのように弓を弦に触れさせる。
もっと重たい音なのかと思っていたけど違っていた。
軽やかだけど深い音。
これが逢生の本気の音。
―――チェロを弾いている逢生ちゃんは本当にかっこいいんだから。
その言葉を思い出したのは私もそれは認めなくちゃいけないって思った。
いつもの省エネモードの逢生の姿はない。
逢生が子供用のチェロで練習していた姿からは想像もできないくらい立派になっていた。
短い曲じゃなかったのに私にはその時間があっという間に感じた。
第一番の曲すべて終わると拍手が起こる。
「今日の演奏、すごくいいわね」
「いつもより音が明るくない?」
近くの常連のファンの人達が小声で話していた。
盛大な拍手をおくられた逢生は深々とお辞儀をして去って行った。
次は渋木さんと陣川さんの二人の演奏が始まるというところで前の席の男の人が席を立った。
「深月逢生か。楽しみだな」
そんなことを言うのが耳に入り、ちらっとその人見た。
目が合い、しまった!と思ったけれど、その人はにっこりと私に微笑んだ。
うわ、笑った顔も大人の色気がある。
なんだか圧倒されてしまう。
「彼のファン?」
「え?ええ、そうですね」
わざわざ幼馴染みというのもおかしい気がしたから、そう答えた。
「そうか。どこかで会った気がするけど思い出せないな。まあ、いいか。じゃあね、可愛いお嬢さん」
『可愛いお嬢さん』
そのセリフに去って行った男の人の背中を見つめていた。
最後まで聴かずに帰って行った。
楽しみだな?
まるで批評家みたいなことを言ってたけど、さっきの人、プロの演奏家か雑誌の人とか?
でも逢生の評価は悪くなかったわよね。
それが嬉しくて微笑んだ。
私の幼馴染みはかっこいい。
いつのまにか遠くに行ってしまっていたけど、応援したい気持ちはずっとある。
逢生の演奏に数年ぶりの拍手をおくった。
あなたにおすすめの小説
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
年下で可愛い旦那様は、実は独占欲強めでした
由香
恋愛
政略結婚で嫁いだ相手は――
年下で、可愛くて、なぜか距離が近すぎる旦那様でした。
「ねえ、奥さん。もうちょっと近く来て?」
人懐っこく甘えてくるくせに、他の男が話しかけただけで不機嫌になる彼。
最初は“かわいい弟みたい”と思っていたのに――
「俺、もう子供じゃないよ。……ちゃんと男として見て」
不意に見せる大人の顔と、独占欲に心が揺れていく。
これは、年下旦那様にじわじわ包囲されて、気づいたら溺愛されていた話。
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。
仮面王の花嫁
松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。
しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?