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7 お兄様(お姉様) VS 王子
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朝方に降った雨の雫が赤いリンゴの実から滑り落ちた。
ぽつぽつと額の上に落ちる水滴がどこから落ちているのかわからず、アルドは不思議そうに見上げている。
バルレリア王国の王宮で生まれ育ったアルドは果樹園に来たことがないのかもしれない。
物珍しそうな顔をしてリンゴの実に手を伸ばし、低い枝にぶら下がるリンゴにを手に取ろうと、必死に背伸びをしていた。
前回の人生で、私たちはアルドと仲良くしていたつもりだったけど、知らなかったことが、たくさんあることに気づいた。
幼い頃のアルドと関わったのも初めて。
だから、知らなくて当たり前だけど、アルドがルヴェロナ王国で滞在していてもバルレリアからはなんの連絡もなかった。
護衛も最低限のみで、王妃を恐れてのことか、アルドと接する態度がよそよそしい。
少しも気にしていないアルドを見ればわかる。これがアルドにとって当たり前の生活なのだと。
嫌いな食べ物も、好きな色も私は知らず、滞在中、知ったことばかり。前回の私はなにをしていたのだろう。
私はなにもアルドのことを理解していなかったのかもしれない――そして、クラウディオ様のことも。
「ねえ、アルド。リンゴを食べましょうよ」
私が枝に届かないアルドの代わりにリンゴをとってあげようして気がついた。
――そうだ。私も七歳だった。
背伸びしても届かず、リンゴを見上げていた私の額にも水滴が落ち、顔を濡らした。
それを見て、アルドが笑ったような気がして、私は微笑んだ。
「庭師にお願いするわ」
「それがいいと思うよ」
雨上がりの果樹園を見回っていた庭師を探し出し、リンゴをもいでもらう。
大きなリンゴの実をそのままアルドに渡した。
「はい。アルドの分よ。どうぞ」
アルドはそんなふうにリンゴを食べたことがなく、驚いた様子でリンゴを受け取った。バルレリアではリンゴを丸ごとかじるなんて、王女らしからぬ振る舞いかもしれないけど、ルヴェロナではこれが普通。
国王であるお父様だって、散歩がてら果樹園にやってきて、リンゴの実をこっそり食べているのを知っている。
今年のリンゴは出来がいいとか悪いとか言いながら。
国王自ら、自国の農産物を評価していくスタイルだ。……収穫時期は人手不足だから。
「ぼく、リンゴ……食べていいの?」
「いいのよ。身長が高くなれば、自分で取って食べられるんだけど」
今は身長が低いから届かないのよねと、心の中で付け足す。
アルドはリンゴを小さくかじる。美味しかったのか、二口三口と続けて食べ出した。
それを見ていた庭師が布を石の上に敷いてくれて、二人並んでピクニックみたいに座った。
「ルヴェロナのリンゴはバルレリアのリンゴより美味しい」
「そうでしょう。ルヴェロナ王国の作物はね、品種改良されて他国に輸出してるの」
「ひんしゅかいりょう?」
ハッと我に返った。
しまった!
七歳の私がここで知識を披露するのは違和感がありすぎる。
しかも、知識は十六歳レベルのものだ。
今ここで私が世を騒がせ競るような天才、神童だなんて呼ばれてしまったら、後々大変なことになる。
家庭教師を山ほど付けられて、英才教育、習い事。そして、三十過ぎたらただの人呼ばわり――ありえる。
ここは普通の七歳としての振る舞いを心がけよう。
そう私が決意したその時。
「ヴィルジニア様ってば、天才すぎるぅー!」
「七歳なのに私より賢いかもっ」
「子供が解けないような問題をスラスラ解けるなんて、すごーい!」
いつもお兄様を世話する侍女ではなく、王宮で働きだしたの若い侍女たちに囲まれているのはヴィルフレードお兄様だった。
可愛い侍女たちにきゃあきゃあ言われてお兄様はご満悦顔。お兄様と言っても、姿は少女でヴィルジニア王女なのだから、お姉様と呼ぶのが相応しいだろう。
でも、なぜか私の目には十六歳のお兄様に見え、向ける視線も冷たいものになってしまう。
「ヴィルジニアお姉さま、少しこちらへいらして」
「まあ。レティツィア、なにかしら?」
侍女たちから離れて近寄ったお兄様にリンゴを渡す。
以前のお兄様なら、リンゴを片手でムシャムシャ食べていたくせに、今は両手でリンゴを優しく包み込み、小さい口で少しずつ食べた。女子として、王女として完璧な姿を披露して見せる。
『お兄様、ちゃんと七歳らしくふるまって!』と言いたかったのにそのセリフは女の子らしくリンゴを食べる姿を見た瞬間、消えた。むしろ、私のほうが大きな一口で食べてしまっていた。
王女として、女子としての敗北感を感じながら、お兄様に言った。
「え、えーと。アルドとなにかして遊ばないかなって思って」
「レティツィア、いいわね。なにがいいかしら」
「なんでもいい」
アルドは誘っても『なんでもいい』しか言わない。
大国バルレリアの王子として、厳しい教育を受けているアルドは楽器、絵画、乗馬などをすでにこなせることを私は知っている。だからこその『なんでもいい』なのだ。
もちろん、お兄様もそれを知っている。知っているお兄様があえて選んだのは――
「じゃあ、アルド。私と剣の稽古をしましょうか」
――剣の稽古だった。
男の子同士ならともかく、今のお兄様は私のお姉様なのだ。
「おにっ……お姉さま。怪我でもしたら大変よ!」
「それはアルドが怪我をするから? それとも私?」
どちらも心配だけど、アルドのほうが心配だった。前回の人生において、私の記憶にあるのはアルドがクラウディオ様と剣の模擬試合を余興でやった時のことだ。
クラウディオ様に一度も勝ったことがなかったし、お兄様よりも弱かった。
「木の剣だから大丈夫よ。誰か用意して!」
お兄様の声に護衛の兵士と乳母が駆けつけてきた。
当然、乳母は剣などとんでもない、絶対に触らせませんと頑として譲らなかったけど、男の子だと知っているお兄様専属の護衛は木の剣を差し出した。
「乳母殿。ヴィルジニア様がやりたいというのなら、やらせてあげるべきですよ」
お兄様の境遇に同情し、これくらいは許されると思っているに違いない。
本人はノリノリだというのに……
事情を知っている人間たちは『王妃の占いによって王女にされた王子』だと思い、同情している者がほとんどだ。
でも、お母様の占いは微妙な的中率で当たる。
もし、占いを否定して死んでしまったらどうなるだろう。
それを考えたら誰も反対できなかった。
「ヴィルジニア様は王女なんですよ! 剣なんてお転婆がすぎます!」
乳母はもちろんお兄様が男だと知っている。
けれど、乳母としては、王女として生きると決めたお兄様のために王女らしい振る舞いを身に付けさせるため、乳母は乳母なりに必死だった。
「乳母殿。ヴィルジニア様に剣くらいやらせてさしあげてもよろしいのでは? 剣を扱えたほうが、いざという時に身を守ることができる」
「ルヴェロナ王国で、王女たちの命を狙うような不届きな輩はいませんよっ!」
乳母はそう言ってから、ハッとした顔でアルドを見た。
アルドの命を狙う不届きな輩が大勢いるバルレリア。それ乳母は思い出し、気まずそうに目を逸らした。
「え、えーと、いえ。その、あれですわね。王族なら護身術のひとつやふたつ必要でございますよ。ええっと……剣くらい扱えないといけませんね」
乳母はアルドが命を狙われていると、はっきり口にしなかった。
いつ、バルレリア王妃から命を奪われてもおかしくない状況のアルド。その弱々しい王子を乳母は気遣い、お兄様に剣の稽古を許可した。
「握り方から教えましょうか。ヴィルジニア様は木製とはいえど、剣を扱うのは初めてですから」
護衛がお兄様に言ったけれど、お兄様のほうはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「けっこうよ。兵士たちの訓練を見ていたから、基本くらいならわかるわ」
「なんとっ! 見ていただけで!」
護衛が驚いていたけど、私は呆れている。
その天才設定をお兄様はこの先どうするつもりなのだろうか。
お兄様は得意顔で剣を素振りし、扱えることをアピールする。
若い侍女たちが集まってきて、『ヴィルジニア様、天才!』『神童かしら』なんて、言われてお兄様は満足そうにしていた。
十六歳の知識をここぞとばかりに悪用しているお兄様……
「ルヴェロナ王国の未来は明るいですな」
護衛は感激のあまり、泣き出す始末。
未来が明るいなんて――炎に包まれた王宮を覚えている私は複雑な気持ちで喜ぶ人たちを眺めた。
これから私たちは未来を変えなくてはいけない。
その未来のために、お兄様にはきっと深い考えがあって、天才だと思わせているに違いないのだから。
「アルド。勝ったほうが今日のおやつで一番大きいのをもらえるっていうのはどう?」
「わかった」
今日のおやつはお兄様の大好物であるパンプキンパイ。オレンジ色のとろりとしたクリーム状のなめらかなカボチャのペーストにカリカリに焼かれた香ばしいパイ皮。
お客様であるアルドに大きいほうを常に譲ってきた私たちだけど、それを知ってのことなら、大人げないにもほどがある。
「おお! ヴィルジニア様の剣の構え。まさしくルヴェロナ王国に伝わる剣技!」
「見ただけで習得するなんで素晴らしいわ!」
お兄様は前髪をかきあげ、不敵な笑みを浮かべる。
前回の人生でお兄様が剣の達人ではなかったくせにずるいにもほどがある。
剣の腕前は普通より強いくらいで、クラウディオ様には敵わなかった。
でも、今は七歳。
それも、初めて剣に触れたということになっているから、絶賛されて当然なのだ。
「アルド、頑張って!」
つい、良心に従ってお兄様ではなく、アルドを応援してしまう。
私の応援にお兄様は不満そうに口を尖らせた。
「レティツィア、私のことも応援しなさいよ」
「……がんばって、ヴィルジニアお姉様」
多少、テンションに差があったけれど、そこは仕方ない。そんな応援でもお兄様は満足してくれたのか、剣を構えて真剣な顔をした。
「アルド。私は手加減しないわよ。どうしてかわかる?」
「わからない……」
「大事な妹を守るためよ。私より弱い人間に妹は渡さない!」
パンプキンパイの間違いでしょと思いながら、かっこつけたお兄様を冷ややかに眺めた。
けれど、剣を手にしたお兄様は死んだ時の記憶が甦ったのか、七歳とは思えない剣技を見せ、手加減なしでアルドと剣を交える。
激しく木がぶつかり合う音に周りは驚いていた。
アルドの剣の腕前はなかなかのもので、お兄様が繰り出す攻撃を受け止めている。
こんな真剣なアルドは初めて見た。それに本当は剣がすごく上手なんだってこともわかった。
「もしかして、クラウディオ様にわざと負けていたの……?」
クラウディオ様だけじゃない。お兄様にも――弱いふりをしていた?
ぽつぽつと額の上に落ちる水滴がどこから落ちているのかわからず、アルドは不思議そうに見上げている。
バルレリア王国の王宮で生まれ育ったアルドは果樹園に来たことがないのかもしれない。
物珍しそうな顔をしてリンゴの実に手を伸ばし、低い枝にぶら下がるリンゴにを手に取ろうと、必死に背伸びをしていた。
前回の人生で、私たちはアルドと仲良くしていたつもりだったけど、知らなかったことが、たくさんあることに気づいた。
幼い頃のアルドと関わったのも初めて。
だから、知らなくて当たり前だけど、アルドがルヴェロナ王国で滞在していてもバルレリアからはなんの連絡もなかった。
護衛も最低限のみで、王妃を恐れてのことか、アルドと接する態度がよそよそしい。
少しも気にしていないアルドを見ればわかる。これがアルドにとって当たり前の生活なのだと。
嫌いな食べ物も、好きな色も私は知らず、滞在中、知ったことばかり。前回の私はなにをしていたのだろう。
私はなにもアルドのことを理解していなかったのかもしれない――そして、クラウディオ様のことも。
「ねえ、アルド。リンゴを食べましょうよ」
私が枝に届かないアルドの代わりにリンゴをとってあげようして気がついた。
――そうだ。私も七歳だった。
背伸びしても届かず、リンゴを見上げていた私の額にも水滴が落ち、顔を濡らした。
それを見て、アルドが笑ったような気がして、私は微笑んだ。
「庭師にお願いするわ」
「それがいいと思うよ」
雨上がりの果樹園を見回っていた庭師を探し出し、リンゴをもいでもらう。
大きなリンゴの実をそのままアルドに渡した。
「はい。アルドの分よ。どうぞ」
アルドはそんなふうにリンゴを食べたことがなく、驚いた様子でリンゴを受け取った。バルレリアではリンゴを丸ごとかじるなんて、王女らしからぬ振る舞いかもしれないけど、ルヴェロナではこれが普通。
国王であるお父様だって、散歩がてら果樹園にやってきて、リンゴの実をこっそり食べているのを知っている。
今年のリンゴは出来がいいとか悪いとか言いながら。
国王自ら、自国の農産物を評価していくスタイルだ。……収穫時期は人手不足だから。
「ぼく、リンゴ……食べていいの?」
「いいのよ。身長が高くなれば、自分で取って食べられるんだけど」
今は身長が低いから届かないのよねと、心の中で付け足す。
アルドはリンゴを小さくかじる。美味しかったのか、二口三口と続けて食べ出した。
それを見ていた庭師が布を石の上に敷いてくれて、二人並んでピクニックみたいに座った。
「ルヴェロナのリンゴはバルレリアのリンゴより美味しい」
「そうでしょう。ルヴェロナ王国の作物はね、品種改良されて他国に輸出してるの」
「ひんしゅかいりょう?」
ハッと我に返った。
しまった!
七歳の私がここで知識を披露するのは違和感がありすぎる。
しかも、知識は十六歳レベルのものだ。
今ここで私が世を騒がせ競るような天才、神童だなんて呼ばれてしまったら、後々大変なことになる。
家庭教師を山ほど付けられて、英才教育、習い事。そして、三十過ぎたらただの人呼ばわり――ありえる。
ここは普通の七歳としての振る舞いを心がけよう。
そう私が決意したその時。
「ヴィルジニア様ってば、天才すぎるぅー!」
「七歳なのに私より賢いかもっ」
「子供が解けないような問題をスラスラ解けるなんて、すごーい!」
いつもお兄様を世話する侍女ではなく、王宮で働きだしたの若い侍女たちに囲まれているのはヴィルフレードお兄様だった。
可愛い侍女たちにきゃあきゃあ言われてお兄様はご満悦顔。お兄様と言っても、姿は少女でヴィルジニア王女なのだから、お姉様と呼ぶのが相応しいだろう。
でも、なぜか私の目には十六歳のお兄様に見え、向ける視線も冷たいものになってしまう。
「ヴィルジニアお姉さま、少しこちらへいらして」
「まあ。レティツィア、なにかしら?」
侍女たちから離れて近寄ったお兄様にリンゴを渡す。
以前のお兄様なら、リンゴを片手でムシャムシャ食べていたくせに、今は両手でリンゴを優しく包み込み、小さい口で少しずつ食べた。女子として、王女として完璧な姿を披露して見せる。
『お兄様、ちゃんと七歳らしくふるまって!』と言いたかったのにそのセリフは女の子らしくリンゴを食べる姿を見た瞬間、消えた。むしろ、私のほうが大きな一口で食べてしまっていた。
王女として、女子としての敗北感を感じながら、お兄様に言った。
「え、えーと。アルドとなにかして遊ばないかなって思って」
「レティツィア、いいわね。なにがいいかしら」
「なんでもいい」
アルドは誘っても『なんでもいい』しか言わない。
大国バルレリアの王子として、厳しい教育を受けているアルドは楽器、絵画、乗馬などをすでにこなせることを私は知っている。だからこその『なんでもいい』なのだ。
もちろん、お兄様もそれを知っている。知っているお兄様があえて選んだのは――
「じゃあ、アルド。私と剣の稽古をしましょうか」
――剣の稽古だった。
男の子同士ならともかく、今のお兄様は私のお姉様なのだ。
「おにっ……お姉さま。怪我でもしたら大変よ!」
「それはアルドが怪我をするから? それとも私?」
どちらも心配だけど、アルドのほうが心配だった。前回の人生において、私の記憶にあるのはアルドがクラウディオ様と剣の模擬試合を余興でやった時のことだ。
クラウディオ様に一度も勝ったことがなかったし、お兄様よりも弱かった。
「木の剣だから大丈夫よ。誰か用意して!」
お兄様の声に護衛の兵士と乳母が駆けつけてきた。
当然、乳母は剣などとんでもない、絶対に触らせませんと頑として譲らなかったけど、男の子だと知っているお兄様専属の護衛は木の剣を差し出した。
「乳母殿。ヴィルジニア様がやりたいというのなら、やらせてあげるべきですよ」
お兄様の境遇に同情し、これくらいは許されると思っているに違いない。
本人はノリノリだというのに……
事情を知っている人間たちは『王妃の占いによって王女にされた王子』だと思い、同情している者がほとんどだ。
でも、お母様の占いは微妙な的中率で当たる。
もし、占いを否定して死んでしまったらどうなるだろう。
それを考えたら誰も反対できなかった。
「ヴィルジニア様は王女なんですよ! 剣なんてお転婆がすぎます!」
乳母はもちろんお兄様が男だと知っている。
けれど、乳母としては、王女として生きると決めたお兄様のために王女らしい振る舞いを身に付けさせるため、乳母は乳母なりに必死だった。
「乳母殿。ヴィルジニア様に剣くらいやらせてさしあげてもよろしいのでは? 剣を扱えたほうが、いざという時に身を守ることができる」
「ルヴェロナ王国で、王女たちの命を狙うような不届きな輩はいませんよっ!」
乳母はそう言ってから、ハッとした顔でアルドを見た。
アルドの命を狙う不届きな輩が大勢いるバルレリア。それ乳母は思い出し、気まずそうに目を逸らした。
「え、えーと、いえ。その、あれですわね。王族なら護身術のひとつやふたつ必要でございますよ。ええっと……剣くらい扱えないといけませんね」
乳母はアルドが命を狙われていると、はっきり口にしなかった。
いつ、バルレリア王妃から命を奪われてもおかしくない状況のアルド。その弱々しい王子を乳母は気遣い、お兄様に剣の稽古を許可した。
「握り方から教えましょうか。ヴィルジニア様は木製とはいえど、剣を扱うのは初めてですから」
護衛がお兄様に言ったけれど、お兄様のほうはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「けっこうよ。兵士たちの訓練を見ていたから、基本くらいならわかるわ」
「なんとっ! 見ていただけで!」
護衛が驚いていたけど、私は呆れている。
その天才設定をお兄様はこの先どうするつもりなのだろうか。
お兄様は得意顔で剣を素振りし、扱えることをアピールする。
若い侍女たちが集まってきて、『ヴィルジニア様、天才!』『神童かしら』なんて、言われてお兄様は満足そうにしていた。
十六歳の知識をここぞとばかりに悪用しているお兄様……
「ルヴェロナ王国の未来は明るいですな」
護衛は感激のあまり、泣き出す始末。
未来が明るいなんて――炎に包まれた王宮を覚えている私は複雑な気持ちで喜ぶ人たちを眺めた。
これから私たちは未来を変えなくてはいけない。
その未来のために、お兄様にはきっと深い考えがあって、天才だと思わせているに違いないのだから。
「アルド。勝ったほうが今日のおやつで一番大きいのをもらえるっていうのはどう?」
「わかった」
今日のおやつはお兄様の大好物であるパンプキンパイ。オレンジ色のとろりとしたクリーム状のなめらかなカボチャのペーストにカリカリに焼かれた香ばしいパイ皮。
お客様であるアルドに大きいほうを常に譲ってきた私たちだけど、それを知ってのことなら、大人げないにもほどがある。
「おお! ヴィルジニア様の剣の構え。まさしくルヴェロナ王国に伝わる剣技!」
「見ただけで習得するなんで素晴らしいわ!」
お兄様は前髪をかきあげ、不敵な笑みを浮かべる。
前回の人生でお兄様が剣の達人ではなかったくせにずるいにもほどがある。
剣の腕前は普通より強いくらいで、クラウディオ様には敵わなかった。
でも、今は七歳。
それも、初めて剣に触れたということになっているから、絶賛されて当然なのだ。
「アルド、頑張って!」
つい、良心に従ってお兄様ではなく、アルドを応援してしまう。
私の応援にお兄様は不満そうに口を尖らせた。
「レティツィア、私のことも応援しなさいよ」
「……がんばって、ヴィルジニアお姉様」
多少、テンションに差があったけれど、そこは仕方ない。そんな応援でもお兄様は満足してくれたのか、剣を構えて真剣な顔をした。
「アルド。私は手加減しないわよ。どうしてかわかる?」
「わからない……」
「大事な妹を守るためよ。私より弱い人間に妹は渡さない!」
パンプキンパイの間違いでしょと思いながら、かっこつけたお兄様を冷ややかに眺めた。
けれど、剣を手にしたお兄様は死んだ時の記憶が甦ったのか、七歳とは思えない剣技を見せ、手加減なしでアルドと剣を交える。
激しく木がぶつかり合う音に周りは驚いていた。
アルドの剣の腕前はなかなかのもので、お兄様が繰り出す攻撃を受け止めている。
こんな真剣なアルドは初めて見た。それに本当は剣がすごく上手なんだってこともわかった。
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