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6 殺された側妃
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お兄様の突拍子もない提案に固まった。
「ま、待ったぁぁぁ! お兄様は男でしょ! おっ、お、男なのにっ! うっかり婚約者に選ばれたら、どうするの?」
外見は騙せても中身はしっかり男なのだ。
もし、万が一、婚約から結婚まで進んだら、それこそ長年騙してきたと言われて、その場で死刑確定。
死亡ルートが多すぎて、回避しようにも回避しきれないのではという気持ちになってくる。
「それは後から考える。少なくともレティツィアが婚約者にならなければ、運命に大きな変化を与えられるのは間違いない。僕もクラウディオの男友達ではなくなるわけだし」
「そういえば、お兄様にも私にも裏切られたってクラウディオ様は言っていたわ」
「そこだよ。だから、レティツィア。お前は絶対にクラウディオを避けるんだ。ここで内気設定が生きる!」
「お兄様、天才ね!」
「今ごろ気づいたか。我が妹よ」
つまり、ヴィルジニアとなったお兄様がクラウディオ様に気に入ってもらえれば、私が婚約者となるルートはなくなる。
内気(設定)な私はクラウディオ様を避けて目立たないように生きればいいだけ。
そうすれば、私たちに裏切られたなんて思わないだろうし、企んでいるなんていう誤解を招くこともない。
「僕がクラウディオを骨抜きにし、たぶらかせばいいんだ。レティツィアは前回も今回も無理だけどさ。僕なら奴の趣味から気に入る会話まで前回でバッチリ把握している」
「ちょっとひっかかる部分があったけど、お兄様はクラウディオ様と仲は悪くなかったものね」
「そうだ。それに婚約者候補は大勢いる。その中でヴィルジニアが選ばれる可能性は低いと思う。僕の立ち位置は前回では『男友達』だったことを考えると友達どまりになる可能性が高い」
「運命を逆手にとって、お兄様がクラウディオ様と友達になって、私の存在を空気にし、他の令嬢を婚約者にあてるってことね! すごいわ。お兄様」
「やっと理解したか。僕の天才的戦略を!」
なんて名案なんだろう。
クラウディオ様がお兄様ならぬお姉様に心を許し、信頼度MAXになって従順になれば、死亡ルートは確実に回避することができる。
「お兄様、それでいきましょう!」
「ああ、妹よ! 僕たちは生きるぞ! 明るい未来に向かって」
「ええ!」
七歳の私たちはミルクで乾杯した――早く紅茶が飲みたい。
眠る前に侍女が持ってきてくれたミルクは冷めてしまっていたけど、蜂蜜入りのミルクは甘くて美味しい。
私とお兄様は今後の目指すべき道を見つけ、祝杯(中身はミルク)をあげ喜び合っていたその時、廊下を歩く足音が聞こえた。足音の主は迷っているのか、廊下を何度も行き来している。
幽霊にしては足音が大きすぎるし、足音の主が本当に困っている様子だったから扉を開けた。
「誰がいるの?」
ボウッと夜の闇の中に白っぽい塊が浮かんで見えた。でもそれは幽霊ではなく、白い寝間着を着たアルドだった。
眠そうな目をこすり、手に枕を持っている。
「アルド……じゃなくて、アルド様。もしかして、迷子ですか?」
「うん……。この部屋だけ灯りが見えたから……」
扉の隙間から暖炉の火とランプの灯りが廊下に漏れていたらしい。
貧乏……堅実なルヴェロナでは廊下の燭台は最低限しかつけていないため、慣れている王宮の人間ならともかく、初めての場所で、この暗闇はきつい。
迷子になって当然。なんだか、申し訳なくなった。
「暗かったでしょう? 怖くなかったですか?」
「平気……」
気遣う私をアルドはどこか悲しそうな顔をして見ていた。
もしかして、なにか怖い夢を見ていたのかもそれない。
「どうして、アルド様はこんな夜中に部屋の外に出たんだ……じゃない。出たのでしょうか?」
お兄様は慌てて、ヴィルフレードからヴィルジニアに切り替えた。
アルドの前だからか、つい気が緩む。今のアルドは私たちと友達ではないアルドなのに、友達でないことを忘れて気安く接してしまう。
「目が覚めて、誰もいないから……探してた」
誰を探していたんですかと、私たちはアルドに尋ねなくてもわかった。
アルドは母親を亡くしたばかり。きっと母親の夢でも見て、寝ぼけて母親の姿を探していたのだろう。
私は部屋の扉を大きく開けて、アルドを中へ招いた。
「アルド様。夜の空気は冷たくて寒いでしょう? 体が冷える前に私たちの部屋へどうぞ」
「うん……」
私たちの子供部屋は暖かく、足した薪のおかげで暖炉の火はまだ消えそうにない。
寝室まで暖かな空気で満たされ、眠気を誘う。
「そうね。疲れちゃったわ。よかったら、アルド様も私たちと一緒に眠りましょ」
「アルドじゃない、えーと。アルド様も子供部屋で寝るといい……わよ?」
「アルドでいい……」
ぼそぼそと小さな声でアルドは言った。
恥ずかしそうに話す姿に、私もお兄様も懐かしくて微笑んだ。
前回はちょっとずつ親しくなり、『アルド』と呼ぶほど仲良くなった。バルレリアの王子なのに偉ぶったところがなくて、打ち解けやすかったのもある。
深い話はしなかったけれど、バルレリアに訪れるたび、アルドと遊んだ。
まるで弟のような存在だったアルド。
私たちが死んだ後の彼はどんな生活をしていたのだろう。
幸せに暮らしていたのならいいけど――今のアルドからは当然聞けない。
記憶を持っているのは私とお兄様だけ。
「前回よりもアルドは僕たちの弟みたいだ」
ぼそりとお兄様が呟く。
私と同じことをお兄様は感じていたようだった。
私たちの中身が十六歳だからか、小さいアルドは弟みたいで可愛らしい。
「寝室に行きましょ!」
「ベッドは広いから、三人でも狭くないわ」
アルドの手を引き、大きなベッドに潜り込む。
ルヴェロナ王国にしかいない白い羽毛を持つルヴェロナ鳥の羽根枕はふかふかとして、寝心地がいい。
眠れない夜もこれなら安眠間違いなし!
この羽根枕をアルドのお土産に持たせてあげようと決めた。
アルドがバルレリアでも眠れるように。
「どうしてふたりは親切にしてくれるの?」
アルドを真ん中にして、ベッドに入るとそんなことをアルドは聞いてきた。
さすがに『私たち、これが二度目の人生です』『中身は十六歳です』『前回の人生でアルドは私たちのお友達!』とは言えずにウーンと唸った。
「え、えーと、なんていうか。ルヴェロナ王国は捨て犬じゃない、迷子に優しい国なのよ」
「ほら、同じ年だし……ね」
私とお兄様のワケのわからない言い訳に、アルドが納得してくれるとは思えなかったけど、アルドはそれ以上、質問してこなかった。
ただ小さくうなずいた。
「お母様が死んでから、誰も話してくれなくなった。だから、ふたりが話してくれて嬉しい」
アルドのお母様は前回と同じ事情であるなら、王妃の嫉妬によって殺されたはずだ。
表向きは高い塔の上から落ちて事故死したことになっているけど、そんなの誰も信じなかった。
第一王子クラウディオ様の母親であるバルレリア王妃は嫉妬深くて、気性の激しい方だ。
社交界で耳にした噂はどれも黒い噂ばかり。
アルドのお母様である側妃が事故死――不慮の事故とされて死んだことを考えたら、バルレリア王妃は今もなお、激しい気性を持ち合わせているのだろう。
もし、クラウディオ様や王妃に背いたら……自分が高い塔から落ちるのを想像して、体に寒気が走った。
部屋は暖かいはずなのに首元に風を感じ、ベッドに深く潜り込んだ。
お父様がさりげなく滞在を引き延ばすよう勧めたのも、アルドの事情を知っていたからなのだろう。
王妃は王に最も愛された側妃を憎み、その子供であるアルドにも憎悪の感情を向け、苦しめることで復讐している。
「お母様はね、ぼくを守るために死んだんだ」
私とお兄様は同時にアルドを見た。
なぜなら、アルドの口から亡くなった母親の話を直接聞くのは初めてだったから。
「あの日……クラウディオお兄様と塔で遊ぶ約束をしていたんだ。お母様に遊びに行ってもいいか聞いたら、代わりにお母様が行くからって行かないでって止められた」
「そ、それって、突き落としたのはクラウディオ様ってこと……?」
「ううん。誰かわからない。お兄様は家庭教師と授業中で、塔には行かなかったんだ。お兄様がぼくと遊ぶ約束なんてするわけないのに……どうして、ぼくはお母様に聞いてしまったんだろう……」
「誘ったのは違う人?」
「そうだよ。侍女がお兄様からだって、メッセージカードを持ってきた」
「その侍女は?」
「死んだ。冬の……冷たい川で見つかった」
しんっと私もお兄様も黙った。
ここまで詳しく聞いたのは初めてだ。
私たちがアルドと会話するようになったのは七歳より、まだずっと後のことだった。
親しくなった頃、すでにアルドは生気を失った人形のようで、死んでしまうのではと気が気ではなかったことを覚えている。
王宮ではクラウディオ様が優勢で、アルドの居場所はなく、語る言葉を選んで話していた。
今思えば、私たちがクラウディオ様や王妃から罰せられないようアルドが気を遣って、無難な会話をしていたのだとわかる。
アルドと親しくするだけでも、許されることではなかったのだ――
「……そう」
「そっか」
私たちはアルドの手を握った。
お互いの手は小さく頼りない。
「犯人はお兄様じゃない。でも、ぼくはお兄様に嫌われていて、邪魔なんだってわかったよ」
クラウディオ様もまだ九歳。
九歳の力で抵抗する大人の女性を突き落とすことはできない。
誰の差し金か――王妃か、王妃派の貴族か。
でも、王妃が自ら手を下したとは考えにくい。王妃が一人で行動する時間がほとんどないからだ。
バルレリア王妃ともなれば、必ず誰かそばに控えている。
そして、王子を産んだ身分の低い側妃を邪魔だと思う人間は多い。
王妃の実家、アルドを王子と認めたくない貴族たち、身分を重んじていた者……
バルレリア王国ほどの大国になると、犯人の可能性は一人だけでは済まないだろう。
それだけ、大国バルレリアの国王の地位は魅力的なものなのだ。
「きっとお母様は、ぼくの代わりに死んだんだよ」
アルドが涙をこぼした。
誰が犯人もわからず、アルドは怒れずにいた。
行き場のない感情と悲しくて悔しい気持ちがアルドから伝わってくる。
ぎゅっとアルドを抱き締めた。
「お母様はきっとあなたを守れてよかったって思っているわ」
「それに私たちもいるでしょ。私たちは、もうアルドとお友達よ」
私とお兄様は相談はしていなかったけど、同じ気持ちになっていた。
アルドとふたたび友達になるなんて、危険だってわかってたにも関わらず、止められなかった。
「友達? ぼくの?」
「ええ」
「そうよ」
私もお兄様も結局、アルドと友達となることを選んだ。
何度、生まれ変わってもきっとこのルートだけは変えられない。変えたくないと思った。
「ぼく、ひとりじゃないんだね」
ホッとしたのか、アルドは涙を流しながら目を閉じて眠った。
私たちも中身は十六歳といえど、体は七歳。アルドの寝顔を眺めていると、さすがに眠気が襲ってきて、あっという間に眠ってしまった。
再び友達となったアルドと共に――
「ま、待ったぁぁぁ! お兄様は男でしょ! おっ、お、男なのにっ! うっかり婚約者に選ばれたら、どうするの?」
外見は騙せても中身はしっかり男なのだ。
もし、万が一、婚約から結婚まで進んだら、それこそ長年騙してきたと言われて、その場で死刑確定。
死亡ルートが多すぎて、回避しようにも回避しきれないのではという気持ちになってくる。
「それは後から考える。少なくともレティツィアが婚約者にならなければ、運命に大きな変化を与えられるのは間違いない。僕もクラウディオの男友達ではなくなるわけだし」
「そういえば、お兄様にも私にも裏切られたってクラウディオ様は言っていたわ」
「そこだよ。だから、レティツィア。お前は絶対にクラウディオを避けるんだ。ここで内気設定が生きる!」
「お兄様、天才ね!」
「今ごろ気づいたか。我が妹よ」
つまり、ヴィルジニアとなったお兄様がクラウディオ様に気に入ってもらえれば、私が婚約者となるルートはなくなる。
内気(設定)な私はクラウディオ様を避けて目立たないように生きればいいだけ。
そうすれば、私たちに裏切られたなんて思わないだろうし、企んでいるなんていう誤解を招くこともない。
「僕がクラウディオを骨抜きにし、たぶらかせばいいんだ。レティツィアは前回も今回も無理だけどさ。僕なら奴の趣味から気に入る会話まで前回でバッチリ把握している」
「ちょっとひっかかる部分があったけど、お兄様はクラウディオ様と仲は悪くなかったものね」
「そうだ。それに婚約者候補は大勢いる。その中でヴィルジニアが選ばれる可能性は低いと思う。僕の立ち位置は前回では『男友達』だったことを考えると友達どまりになる可能性が高い」
「運命を逆手にとって、お兄様がクラウディオ様と友達になって、私の存在を空気にし、他の令嬢を婚約者にあてるってことね! すごいわ。お兄様」
「やっと理解したか。僕の天才的戦略を!」
なんて名案なんだろう。
クラウディオ様がお兄様ならぬお姉様に心を許し、信頼度MAXになって従順になれば、死亡ルートは確実に回避することができる。
「お兄様、それでいきましょう!」
「ああ、妹よ! 僕たちは生きるぞ! 明るい未来に向かって」
「ええ!」
七歳の私たちはミルクで乾杯した――早く紅茶が飲みたい。
眠る前に侍女が持ってきてくれたミルクは冷めてしまっていたけど、蜂蜜入りのミルクは甘くて美味しい。
私とお兄様は今後の目指すべき道を見つけ、祝杯(中身はミルク)をあげ喜び合っていたその時、廊下を歩く足音が聞こえた。足音の主は迷っているのか、廊下を何度も行き来している。
幽霊にしては足音が大きすぎるし、足音の主が本当に困っている様子だったから扉を開けた。
「誰がいるの?」
ボウッと夜の闇の中に白っぽい塊が浮かんで見えた。でもそれは幽霊ではなく、白い寝間着を着たアルドだった。
眠そうな目をこすり、手に枕を持っている。
「アルド……じゃなくて、アルド様。もしかして、迷子ですか?」
「うん……。この部屋だけ灯りが見えたから……」
扉の隙間から暖炉の火とランプの灯りが廊下に漏れていたらしい。
貧乏……堅実なルヴェロナでは廊下の燭台は最低限しかつけていないため、慣れている王宮の人間ならともかく、初めての場所で、この暗闇はきつい。
迷子になって当然。なんだか、申し訳なくなった。
「暗かったでしょう? 怖くなかったですか?」
「平気……」
気遣う私をアルドはどこか悲しそうな顔をして見ていた。
もしかして、なにか怖い夢を見ていたのかもそれない。
「どうして、アルド様はこんな夜中に部屋の外に出たんだ……じゃない。出たのでしょうか?」
お兄様は慌てて、ヴィルフレードからヴィルジニアに切り替えた。
アルドの前だからか、つい気が緩む。今のアルドは私たちと友達ではないアルドなのに、友達でないことを忘れて気安く接してしまう。
「目が覚めて、誰もいないから……探してた」
誰を探していたんですかと、私たちはアルドに尋ねなくてもわかった。
アルドは母親を亡くしたばかり。きっと母親の夢でも見て、寝ぼけて母親の姿を探していたのだろう。
私は部屋の扉を大きく開けて、アルドを中へ招いた。
「アルド様。夜の空気は冷たくて寒いでしょう? 体が冷える前に私たちの部屋へどうぞ」
「うん……」
私たちの子供部屋は暖かく、足した薪のおかげで暖炉の火はまだ消えそうにない。
寝室まで暖かな空気で満たされ、眠気を誘う。
「そうね。疲れちゃったわ。よかったら、アルド様も私たちと一緒に眠りましょ」
「アルドじゃない、えーと。アルド様も子供部屋で寝るといい……わよ?」
「アルドでいい……」
ぼそぼそと小さな声でアルドは言った。
恥ずかしそうに話す姿に、私もお兄様も懐かしくて微笑んだ。
前回はちょっとずつ親しくなり、『アルド』と呼ぶほど仲良くなった。バルレリアの王子なのに偉ぶったところがなくて、打ち解けやすかったのもある。
深い話はしなかったけれど、バルレリアに訪れるたび、アルドと遊んだ。
まるで弟のような存在だったアルド。
私たちが死んだ後の彼はどんな生活をしていたのだろう。
幸せに暮らしていたのならいいけど――今のアルドからは当然聞けない。
記憶を持っているのは私とお兄様だけ。
「前回よりもアルドは僕たちの弟みたいだ」
ぼそりとお兄様が呟く。
私と同じことをお兄様は感じていたようだった。
私たちの中身が十六歳だからか、小さいアルドは弟みたいで可愛らしい。
「寝室に行きましょ!」
「ベッドは広いから、三人でも狭くないわ」
アルドの手を引き、大きなベッドに潜り込む。
ルヴェロナ王国にしかいない白い羽毛を持つルヴェロナ鳥の羽根枕はふかふかとして、寝心地がいい。
眠れない夜もこれなら安眠間違いなし!
この羽根枕をアルドのお土産に持たせてあげようと決めた。
アルドがバルレリアでも眠れるように。
「どうしてふたりは親切にしてくれるの?」
アルドを真ん中にして、ベッドに入るとそんなことをアルドは聞いてきた。
さすがに『私たち、これが二度目の人生です』『中身は十六歳です』『前回の人生でアルドは私たちのお友達!』とは言えずにウーンと唸った。
「え、えーと、なんていうか。ルヴェロナ王国は捨て犬じゃない、迷子に優しい国なのよ」
「ほら、同じ年だし……ね」
私とお兄様のワケのわからない言い訳に、アルドが納得してくれるとは思えなかったけど、アルドはそれ以上、質問してこなかった。
ただ小さくうなずいた。
「お母様が死んでから、誰も話してくれなくなった。だから、ふたりが話してくれて嬉しい」
アルドのお母様は前回と同じ事情であるなら、王妃の嫉妬によって殺されたはずだ。
表向きは高い塔の上から落ちて事故死したことになっているけど、そんなの誰も信じなかった。
第一王子クラウディオ様の母親であるバルレリア王妃は嫉妬深くて、気性の激しい方だ。
社交界で耳にした噂はどれも黒い噂ばかり。
アルドのお母様である側妃が事故死――不慮の事故とされて死んだことを考えたら、バルレリア王妃は今もなお、激しい気性を持ち合わせているのだろう。
もし、クラウディオ様や王妃に背いたら……自分が高い塔から落ちるのを想像して、体に寒気が走った。
部屋は暖かいはずなのに首元に風を感じ、ベッドに深く潜り込んだ。
お父様がさりげなく滞在を引き延ばすよう勧めたのも、アルドの事情を知っていたからなのだろう。
王妃は王に最も愛された側妃を憎み、その子供であるアルドにも憎悪の感情を向け、苦しめることで復讐している。
「お母様はね、ぼくを守るために死んだんだ」
私とお兄様は同時にアルドを見た。
なぜなら、アルドの口から亡くなった母親の話を直接聞くのは初めてだったから。
「あの日……クラウディオお兄様と塔で遊ぶ約束をしていたんだ。お母様に遊びに行ってもいいか聞いたら、代わりにお母様が行くからって行かないでって止められた」
「そ、それって、突き落としたのはクラウディオ様ってこと……?」
「ううん。誰かわからない。お兄様は家庭教師と授業中で、塔には行かなかったんだ。お兄様がぼくと遊ぶ約束なんてするわけないのに……どうして、ぼくはお母様に聞いてしまったんだろう……」
「誘ったのは違う人?」
「そうだよ。侍女がお兄様からだって、メッセージカードを持ってきた」
「その侍女は?」
「死んだ。冬の……冷たい川で見つかった」
しんっと私もお兄様も黙った。
ここまで詳しく聞いたのは初めてだ。
私たちがアルドと会話するようになったのは七歳より、まだずっと後のことだった。
親しくなった頃、すでにアルドは生気を失った人形のようで、死んでしまうのではと気が気ではなかったことを覚えている。
王宮ではクラウディオ様が優勢で、アルドの居場所はなく、語る言葉を選んで話していた。
今思えば、私たちがクラウディオ様や王妃から罰せられないようアルドが気を遣って、無難な会話をしていたのだとわかる。
アルドと親しくするだけでも、許されることではなかったのだ――
「……そう」
「そっか」
私たちはアルドの手を握った。
お互いの手は小さく頼りない。
「犯人はお兄様じゃない。でも、ぼくはお兄様に嫌われていて、邪魔なんだってわかったよ」
クラウディオ様もまだ九歳。
九歳の力で抵抗する大人の女性を突き落とすことはできない。
誰の差し金か――王妃か、王妃派の貴族か。
でも、王妃が自ら手を下したとは考えにくい。王妃が一人で行動する時間がほとんどないからだ。
バルレリア王妃ともなれば、必ず誰かそばに控えている。
そして、王子を産んだ身分の低い側妃を邪魔だと思う人間は多い。
王妃の実家、アルドを王子と認めたくない貴族たち、身分を重んじていた者……
バルレリア王国ほどの大国になると、犯人の可能性は一人だけでは済まないだろう。
それだけ、大国バルレリアの国王の地位は魅力的なものなのだ。
「きっとお母様は、ぼくの代わりに死んだんだよ」
アルドが涙をこぼした。
誰が犯人もわからず、アルドは怒れずにいた。
行き場のない感情と悲しくて悔しい気持ちがアルドから伝わってくる。
ぎゅっとアルドを抱き締めた。
「お母様はきっとあなたを守れてよかったって思っているわ」
「それに私たちもいるでしょ。私たちは、もうアルドとお友達よ」
私とお兄様は相談はしていなかったけど、同じ気持ちになっていた。
アルドとふたたび友達になるなんて、危険だってわかってたにも関わらず、止められなかった。
「友達? ぼくの?」
「ええ」
「そうよ」
私もお兄様も結局、アルドと友達となることを選んだ。
何度、生まれ変わってもきっとこのルートだけは変えられない。変えたくないと思った。
「ぼく、ひとりじゃないんだね」
ホッとしたのか、アルドは涙を流しながら目を閉じて眠った。
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