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14 お見舞い
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「咲妃お嬢様、今日はしっかり休んでくださいよ」
「ええ。ごめんなさいね。静代さん」
婚約パーティーが終わり、疲れがたまっていたのか、熱が出てしまい、なかなか下がらず、会社を休んだ。
ぼうっとした頭で虎のぬいぐるみを眺めていた。
あれから、惟月さんは中井さんに電話をして励ましたのだろうか。
二人がまた付き合ったら、私はすんなり身を引けるのかな。
お祝いしてくれた人達はどう思うか。
「どうしたら」
いい考えはまったく浮かばず、苦しくて仕方なかった。
風邪薬が効いてきたからか、気づくと一日中眠っていた。
「咲妃お嬢様」
「静代さん?」
夕方になって、ようやく起き上がると、静代さんが冷たいガラスの器にバニラアイスクリームを持ってきてくれた。
「夕飯はお粥にしましたよ。食べられますか?」
「ええ。ありがとう」
「熱はまだありますね。どうしましょう」
「どうかしたの?」
「惟月様がお見舞いにいらしていて。お会いしますか?」
「え!?いいえ。こんな格好では失礼ですから」
「わかりました」
静代さんはパタパタと部屋から出て行った。
こんな気持ちのまま、会えない。
ホッとして、横になり目を閉じた。
せめて、会うなら気持ちを落ち着けてから会いたかった。
夕飯は静代さんが作ってくれたお粥を少し食べた。
「下がりませんねぇ」
「微熱だから平気よ。明日には下がるわ」
静代さんは何か言いたそうにしていたけど、言わずにそうですかと言って部屋から出て行った。
静代さんが出ていき、しばらくすると恭士お兄様がやってきた。
「咲妃。入るぞ」
「はい」
恭士お兄様は仕事から帰ったばかりで、まだスーツ姿だった。
「熱が下がらないと聞いた」
「ええ。疲れがでたのかもしれません」
恭士お兄様はため息を吐いた。
「咲妃。お前はいつも無理をした時に熱を出すだろう?なにがあった」
「い、いいえ。何も」
「どうせ惟月だろう?だから、反対したんだ。咲妃。婚約を解消したい時は俺に言え。うまく解消させてやる」
そんな殺し屋みたいな顔をした恭士お兄様に頼めるわけがなかったけれど、心配をかけてしまったことは申し訳なく感じた。
「恭士お兄様。疲れがたまっていただけですから、気にしないで」
いつもなら、静代さんが助け船を出してくれるはずなのに来てくれなかった。
恭士お兄様はため息をついた。
「熱があるから、今日はこれ以上は言わないが、咲妃が望むなら、いつでも解消できることは覚えておけ」
そう言い捨てると、ようやく部屋から出ていった。
熱を出しただけなのに婚約解消だなんて。
昔から両親と過ごすより兄妹でいることが多かったし、海外旅行も一緒についてくるのは恭士お兄様だったせいか、お父様より過保護かもしれない―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日の朝には熱が下がったけれど、休むよう両親から言われて、部屋から出れなかった。
「はあ」
熱が下がると寝ているのも退屈でリビングに行くと、お母様がどこかに出掛ける支度をしていた。
「あら。熱はさがったの?」
「ええ」
「良かったこと。ねえ、咲妃。もう会社勤めはよろしいのじゃなくて?」
「え、でも。私」
「高辻の娘が働いているなんて、外聞が悪いわ」
「奥様、遅刻されますよ」
「あらあら。今日はお茶の日なのよ。それじゃあね」
生粋のお嬢様だったお母様にすれば、働くことも反対だったに違いない。
「咲妃お嬢様はお好きにすれば、よろしいんですよ。温かいお茶をおいれしましょうか」
静代さんがキッチンに向かおうと背を向けた瞬間、チャイムが鳴った。
「奥様が忘れ物をなさったんですかね」
静代さんが慌てて、ドアを開けると惟月さんが立っていた。
「まあ、惟月様!」
静代さんは驚き、私のほうを見た。
もう姿を見ているのに会わないこともできない。
「静代さん。あがっていただいて」
静代さんはリビングに案内し、お茶を用意してくれた。
手土産にプリンを頂いたので、それも出してくれたけれど、惟月さんの顔が真剣な顔をしていたので、手に取り、食べるような空気ではなかった。
「熱は下がったのか?」
「はい。今日は念のため、お休みをいただきました」
「そうか」
「あの、お仕事は大丈夫ですか?」
いつもなら、忙しくしている時間だった。
「昨日、会えなかったから、どうしているか気になって。それに恭士さんやご両親がいるとなかなか話せないだろう?」
「確かにそうですけれど」
「婚約パーティーが終わってから、元気がなかったのは何か理由があるのか?」
私は気づかれないよう明るくふるまっていたのに惟月さんは気づいていたらしい。
言いたくはなかった。
だまりこんでいると、惟月さんは言った。
「正直に言っていい。嫌いになったとか―――」
「違います!」
大きな声を出した私に惟月さんは驚き、目を見開いた。
「私、惟月さんと間水さんがお話になっていたのを聞いてしまってっ……」
「待った」
惟月さんはあきれた顔で私を見ていた。
「どこから、聞いていたかは知らないが、中井結彩とは確かに付き合っていた。だが、きちんと別れている。その上で俺は婚約の話を進めた。ここまではいいな?」
「は、はい」
淡々とした口調で説明してくれたけど、まるで業務連絡のようだった。
「別れた後は一度も連絡をとっていない。間水に頼まれたけれど、様子がおかしいことの方が気がかりですっかり忘れていた。嫌なら、連絡はしない。他に質問は?」
「ないです」
「もう終わったことだったから、説明はしなかった。気にしているとは思っていなかった―――」
「気にします……!私は惟月さんの婚約者でずっと好きだったんです」
言葉を遮り、そう言った私を惟月さんは驚いた顔で見た。
「そうか。俺は親の決めた婚約者は形ばかりのもので、いつか解消されるんだろうと考えていた。二人だけで会ったこともなかったし、顔を合わせても挨拶程度だったからな。てっきり正式な結婚相手が見つかるまでの虫よけなんだろうと考えていた」
惟月さんがそんなふうに考えていたのは私もなんとなく気づいていた。
「傷つけて悪かった」
「いいえ。私も惟月さんのことを全然知らなかったんだって一緒にいて気づいたんです」
「それは俺もだ」
私と惟月さんは顔を見合わせて笑った。
不安がないと言えば、嘘になるけれど、惟月さんの口から聞いたせいか、心はだいぶ軽くなったのは確かだった―――
「ええ。ごめんなさいね。静代さん」
婚約パーティーが終わり、疲れがたまっていたのか、熱が出てしまい、なかなか下がらず、会社を休んだ。
ぼうっとした頭で虎のぬいぐるみを眺めていた。
あれから、惟月さんは中井さんに電話をして励ましたのだろうか。
二人がまた付き合ったら、私はすんなり身を引けるのかな。
お祝いしてくれた人達はどう思うか。
「どうしたら」
いい考えはまったく浮かばず、苦しくて仕方なかった。
風邪薬が効いてきたからか、気づくと一日中眠っていた。
「咲妃お嬢様」
「静代さん?」
夕方になって、ようやく起き上がると、静代さんが冷たいガラスの器にバニラアイスクリームを持ってきてくれた。
「夕飯はお粥にしましたよ。食べられますか?」
「ええ。ありがとう」
「熱はまだありますね。どうしましょう」
「どうかしたの?」
「惟月様がお見舞いにいらしていて。お会いしますか?」
「え!?いいえ。こんな格好では失礼ですから」
「わかりました」
静代さんはパタパタと部屋から出て行った。
こんな気持ちのまま、会えない。
ホッとして、横になり目を閉じた。
せめて、会うなら気持ちを落ち着けてから会いたかった。
夕飯は静代さんが作ってくれたお粥を少し食べた。
「下がりませんねぇ」
「微熱だから平気よ。明日には下がるわ」
静代さんは何か言いたそうにしていたけど、言わずにそうですかと言って部屋から出て行った。
静代さんが出ていき、しばらくすると恭士お兄様がやってきた。
「咲妃。入るぞ」
「はい」
恭士お兄様は仕事から帰ったばかりで、まだスーツ姿だった。
「熱が下がらないと聞いた」
「ええ。疲れがでたのかもしれません」
恭士お兄様はため息を吐いた。
「咲妃。お前はいつも無理をした時に熱を出すだろう?なにがあった」
「い、いいえ。何も」
「どうせ惟月だろう?だから、反対したんだ。咲妃。婚約を解消したい時は俺に言え。うまく解消させてやる」
そんな殺し屋みたいな顔をした恭士お兄様に頼めるわけがなかったけれど、心配をかけてしまったことは申し訳なく感じた。
「恭士お兄様。疲れがたまっていただけですから、気にしないで」
いつもなら、静代さんが助け船を出してくれるはずなのに来てくれなかった。
恭士お兄様はため息をついた。
「熱があるから、今日はこれ以上は言わないが、咲妃が望むなら、いつでも解消できることは覚えておけ」
そう言い捨てると、ようやく部屋から出ていった。
熱を出しただけなのに婚約解消だなんて。
昔から両親と過ごすより兄妹でいることが多かったし、海外旅行も一緒についてくるのは恭士お兄様だったせいか、お父様より過保護かもしれない―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日の朝には熱が下がったけれど、休むよう両親から言われて、部屋から出れなかった。
「はあ」
熱が下がると寝ているのも退屈でリビングに行くと、お母様がどこかに出掛ける支度をしていた。
「あら。熱はさがったの?」
「ええ」
「良かったこと。ねえ、咲妃。もう会社勤めはよろしいのじゃなくて?」
「え、でも。私」
「高辻の娘が働いているなんて、外聞が悪いわ」
「奥様、遅刻されますよ」
「あらあら。今日はお茶の日なのよ。それじゃあね」
生粋のお嬢様だったお母様にすれば、働くことも反対だったに違いない。
「咲妃お嬢様はお好きにすれば、よろしいんですよ。温かいお茶をおいれしましょうか」
静代さんがキッチンに向かおうと背を向けた瞬間、チャイムが鳴った。
「奥様が忘れ物をなさったんですかね」
静代さんが慌てて、ドアを開けると惟月さんが立っていた。
「まあ、惟月様!」
静代さんは驚き、私のほうを見た。
もう姿を見ているのに会わないこともできない。
「静代さん。あがっていただいて」
静代さんはリビングに案内し、お茶を用意してくれた。
手土産にプリンを頂いたので、それも出してくれたけれど、惟月さんの顔が真剣な顔をしていたので、手に取り、食べるような空気ではなかった。
「熱は下がったのか?」
「はい。今日は念のため、お休みをいただきました」
「そうか」
「あの、お仕事は大丈夫ですか?」
いつもなら、忙しくしている時間だった。
「昨日、会えなかったから、どうしているか気になって。それに恭士さんやご両親がいるとなかなか話せないだろう?」
「確かにそうですけれど」
「婚約パーティーが終わってから、元気がなかったのは何か理由があるのか?」
私は気づかれないよう明るくふるまっていたのに惟月さんは気づいていたらしい。
言いたくはなかった。
だまりこんでいると、惟月さんは言った。
「正直に言っていい。嫌いになったとか―――」
「違います!」
大きな声を出した私に惟月さんは驚き、目を見開いた。
「私、惟月さんと間水さんがお話になっていたのを聞いてしまってっ……」
「待った」
惟月さんはあきれた顔で私を見ていた。
「どこから、聞いていたかは知らないが、中井結彩とは確かに付き合っていた。だが、きちんと別れている。その上で俺は婚約の話を進めた。ここまではいいな?」
「は、はい」
淡々とした口調で説明してくれたけど、まるで業務連絡のようだった。
「別れた後は一度も連絡をとっていない。間水に頼まれたけれど、様子がおかしいことの方が気がかりですっかり忘れていた。嫌なら、連絡はしない。他に質問は?」
「ないです」
「もう終わったことだったから、説明はしなかった。気にしているとは思っていなかった―――」
「気にします……!私は惟月さんの婚約者でずっと好きだったんです」
言葉を遮り、そう言った私を惟月さんは驚いた顔で見た。
「そうか。俺は親の決めた婚約者は形ばかりのもので、いつか解消されるんだろうと考えていた。二人だけで会ったこともなかったし、顔を合わせても挨拶程度だったからな。てっきり正式な結婚相手が見つかるまでの虫よけなんだろうと考えていた」
惟月さんがそんなふうに考えていたのは私もなんとなく気づいていた。
「傷つけて悪かった」
「いいえ。私も惟月さんのことを全然知らなかったんだって一緒にいて気づいたんです」
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