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第1章
4 許されない相手④
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黒塗りの車が私のそばで止まり、車のドアが開く。
「夕愛」
車から降りてきたのは、私の予想通り、玲我さんだった。
髪を雪で濡らし、肩に白い切片を乗せた私を見て、怪訝そうな顔をしていた。
「うちに配達なら、傘を貸すはずだ。なぜ……」
私が立っている場所の背後には、有近と鷹沢の家しかなかった。
鷹沢とは有近に並ぶ裕福な家で、鷹沢もやはり都久山で特別な存在感がある。
デリカテッセン『オグラ』には謎の取り決めがあり、鷹沢への配達は担当者がいる。
だから、私は鷹沢へ配達を頼まれたことがなく、玲我さんは私が有近家へ配達に行ったとわかったのだ。
「雨や雪が降りそうな日、私に傘を貸すよう頼んでくれていたんですね……」
「傘を忘れることもあるかもと思って念のためだ」
私の髪に積もった雪を手ではらう。
玲我さんは黒のコートを着て、車の後部座席に置いてあった黒のマフラーを手にすると、車のドアを閉めた。
今思えば、玲我さんは大学が休みなのに忙しそうで、たまに会う時、どうしてスーツ姿だったのか、疑問に思うべきだったのだ。
大学を卒業する前から、玲我さんは有近の会社で働いていたのに、私は自分のことばかりで、少しも気づいてなかった。
私に指輪をくれたクリスマスの頃には、有近の会社へ入社することが決まっていたはず。
そして、海外へ行くことも。
もらった指輪に視線を落とす。
「夕愛。なにがあった?」
色素の薄い茶色の髪と瞳。整った顔立ちは人の目をひき、昔から王子様なんて呼ばれて人気があった玲我さん。
私も憧れていた一人だった。
だから、恋人になれて嬉しくて舞い上がっていた。
自分の立場もわきまえないで、親しくしてくれる玲我さんのことを対等だと勘違いして、深く考えず付き合ってしまった。
――こんな近くで話していても、本当は遠い存在の人。
有近家で言われた言葉が、次から次へと降ってくる。
『可哀想。身分が違うってわからないのね』
『都久山で生まれた私と坂の下で生まれたあなた。同じだと思っているの?』
妃莉さんの勝ち誇った顔が忘れられない。
私が憎いという顔も。
玲我さんが手を伸ばし、私の涙をぬぐおうとした手を拒む。
「玲我さんが大学を卒業したら、有近の会社で働いて海外へ行くなんて知りませんでした」
「話すつもりだった。今すぐは無理でも、夕愛を連れていきたいと思っている」
舞い落ちる雪の音が聞こえるくらいの静けさ。
この静寂を破ったのは、私からだった。
「私は春から大学に通います」
『一緒に海外にはいかない』
私の選択肢を知って、玲我さんの表情が険しくなった。
私が自分と別れるつもりでいると、気づいたのだ。
玲我さんは降りやまない雪を見上げた。
雪で濡れないようにするためか、玲我さんは私の頭に黒のマフラーをかぶせた。
マフラーには玲我さんの体温が残っていた。
その温もりを失うと思うと、涙が止まらなかった。
「ごめんなさい。玲我さん。私と別れてください」
「断る。泣きながら、別れを告げられても受け入れられない。夕愛が大学を卒業するまで待つ」
「遠距離なんて無理です」
――嘘。
本当は遠距離になったとしても、玲我さんと別れたくない。
でも、私を育ててくれた叔父夫婦、両親が遺した店がどうなるか考えたら、一緒にはいけなかった。
「夕愛。俺の両親からなにを言われた?」
玲我さんは私の嘘を見抜こうとしていた。
今、玲我さんに全部話せば、別れずに済む?
一瞬、そんな思いが頭をよぎる。
でも、その選択肢は春の雪のように、あっという間に消えた。
「玲我さん、おかえりなさい。なにをしてるの?」
妃莉さんが現れて、玲我さんの腕にどんっとしがみついた。
甘い香水の香りが漂って、私に現実を思い出させた。
「ねえ、夕愛さん。早く帰ったほうがいいわよ。お店が大事でしょ?」
「妃莉。手を放せ。夕愛を送っていく」
「駄目。だって、早く玲我さんに向こうで住む場所の相談をしたいんだもの。おじ様が有近の所有している家を私と玲我さんで使っていいっておしゃってくださったの」
――玲我さんは妃莉さんと一緒に暮らすの?
両親公認の妃莉さんと別れを要求された私――今まで近くに感じていた玲我さんを急に遠く感じた。
「勝手なことを」
玲我さんは怒っていたけど、妃莉さんは気にしてない。
「春から楽しみね」
妃莉さんがこれからずっと玲我さんのそばにいる。
同じ家で――
「玲我さん。私に二度と連絡しないでください」
優しい玲我さんの表情が消え、私の腕をつかんだ。
その手を無理矢理振りほどく。
私の腕に痛みが残った。
「あなたと私は住む世界が違うってわかったんです。だから……」
――さようなら。
そこまで言えずに、涙がこぼれた。
泣く私を妃莉さんが見て、笑っているのがわかる。
涙で汚れないよう玲我さんのマフラーを外し、返そうとしたけれど、それを玲我さんが拒んで私の首に巻く。
「夕愛」
私に近づいた玲我さんの顔を見上げた。
きっとお別れを言うのだと思っていた。
別れの言葉を待っていた私の唇に玲我さんの唇が触れて、そこだけ熱を持つ。
「……っ!?」
――えっ? 今のキス?
唇を離した玲我さんは不敵に微笑んだ。
呆然とした顔をした妃莉さんと私を見て、玲我さんはくすりと笑った。
玲我さんは私の髪を指でもてあそび、指にかけた。
こんな触れ方されたことない。
それに、この顔――私が今まで見たことのない、悪い顔をしていた。
「夕愛。次に会う時まで、俺以外に男に触れさせるな」
指でなぞった私の唇。
それは再会の約束なのか、復讐するぞという意味だったのかわからない。
宣戦布告に似たキスと悪い顔をした玲我さんに戸惑い、なにも言えなかった。
気付けば、驚きのあまり、涙も止まっていた。
「な、なにをしてるのっ! 玲我さんっ! 夕愛さん離れてっ!」
私を突き飛ばして、妃莉さんは玲我さんの腕をひっぱる。
「早く消えて! 私の前から消えなさいよ!」
妃莉さんのヒステリックな声と玲我さんの初めて見た一面。
一度のキスで頭の中が真っ白になった私を笑う玲我さんは、優しいだけの玲我さんじゃなかった。
――玲我さんは王子様みたいに穏やかで優しい人じゃないの?
「妃莉。大声を出すな。近所の迷惑になる」
「玲我さんが悪いのよっ!」
妃莉さんと一緒に消えていく玲我さんをぼんやり眺めた。
恋人になってからも紳士的で、私にキラキラした笑顔を見せていた玲我さん。
――今まで手を握るだけだったのに、別れを切り出したらキス?
「どういうこと……?」
マフラーから漂う玲我さんの残り香が、私の胸を苦しくする。
約束なんて意味ないでしょう?
だって、私たちが数年後に再会したとしても結ばれない。
マフラーに涙が落ちた。
次に会っても、私とあなたの間に隔たりがある限り、私たちは結ばれないのだから――
「夕愛」
車から降りてきたのは、私の予想通り、玲我さんだった。
髪を雪で濡らし、肩に白い切片を乗せた私を見て、怪訝そうな顔をしていた。
「うちに配達なら、傘を貸すはずだ。なぜ……」
私が立っている場所の背後には、有近と鷹沢の家しかなかった。
鷹沢とは有近に並ぶ裕福な家で、鷹沢もやはり都久山で特別な存在感がある。
デリカテッセン『オグラ』には謎の取り決めがあり、鷹沢への配達は担当者がいる。
だから、私は鷹沢へ配達を頼まれたことがなく、玲我さんは私が有近家へ配達に行ったとわかったのだ。
「雨や雪が降りそうな日、私に傘を貸すよう頼んでくれていたんですね……」
「傘を忘れることもあるかもと思って念のためだ」
私の髪に積もった雪を手ではらう。
玲我さんは黒のコートを着て、車の後部座席に置いてあった黒のマフラーを手にすると、車のドアを閉めた。
今思えば、玲我さんは大学が休みなのに忙しそうで、たまに会う時、どうしてスーツ姿だったのか、疑問に思うべきだったのだ。
大学を卒業する前から、玲我さんは有近の会社で働いていたのに、私は自分のことばかりで、少しも気づいてなかった。
私に指輪をくれたクリスマスの頃には、有近の会社へ入社することが決まっていたはず。
そして、海外へ行くことも。
もらった指輪に視線を落とす。
「夕愛。なにがあった?」
色素の薄い茶色の髪と瞳。整った顔立ちは人の目をひき、昔から王子様なんて呼ばれて人気があった玲我さん。
私も憧れていた一人だった。
だから、恋人になれて嬉しくて舞い上がっていた。
自分の立場もわきまえないで、親しくしてくれる玲我さんのことを対等だと勘違いして、深く考えず付き合ってしまった。
――こんな近くで話していても、本当は遠い存在の人。
有近家で言われた言葉が、次から次へと降ってくる。
『可哀想。身分が違うってわからないのね』
『都久山で生まれた私と坂の下で生まれたあなた。同じだと思っているの?』
妃莉さんの勝ち誇った顔が忘れられない。
私が憎いという顔も。
玲我さんが手を伸ばし、私の涙をぬぐおうとした手を拒む。
「玲我さんが大学を卒業したら、有近の会社で働いて海外へ行くなんて知りませんでした」
「話すつもりだった。今すぐは無理でも、夕愛を連れていきたいと思っている」
舞い落ちる雪の音が聞こえるくらいの静けさ。
この静寂を破ったのは、私からだった。
「私は春から大学に通います」
『一緒に海外にはいかない』
私の選択肢を知って、玲我さんの表情が険しくなった。
私が自分と別れるつもりでいると、気づいたのだ。
玲我さんは降りやまない雪を見上げた。
雪で濡れないようにするためか、玲我さんは私の頭に黒のマフラーをかぶせた。
マフラーには玲我さんの体温が残っていた。
その温もりを失うと思うと、涙が止まらなかった。
「ごめんなさい。玲我さん。私と別れてください」
「断る。泣きながら、別れを告げられても受け入れられない。夕愛が大学を卒業するまで待つ」
「遠距離なんて無理です」
――嘘。
本当は遠距離になったとしても、玲我さんと別れたくない。
でも、私を育ててくれた叔父夫婦、両親が遺した店がどうなるか考えたら、一緒にはいけなかった。
「夕愛。俺の両親からなにを言われた?」
玲我さんは私の嘘を見抜こうとしていた。
今、玲我さんに全部話せば、別れずに済む?
一瞬、そんな思いが頭をよぎる。
でも、その選択肢は春の雪のように、あっという間に消えた。
「玲我さん、おかえりなさい。なにをしてるの?」
妃莉さんが現れて、玲我さんの腕にどんっとしがみついた。
甘い香水の香りが漂って、私に現実を思い出させた。
「ねえ、夕愛さん。早く帰ったほうがいいわよ。お店が大事でしょ?」
「妃莉。手を放せ。夕愛を送っていく」
「駄目。だって、早く玲我さんに向こうで住む場所の相談をしたいんだもの。おじ様が有近の所有している家を私と玲我さんで使っていいっておしゃってくださったの」
――玲我さんは妃莉さんと一緒に暮らすの?
両親公認の妃莉さんと別れを要求された私――今まで近くに感じていた玲我さんを急に遠く感じた。
「勝手なことを」
玲我さんは怒っていたけど、妃莉さんは気にしてない。
「春から楽しみね」
妃莉さんがこれからずっと玲我さんのそばにいる。
同じ家で――
「玲我さん。私に二度と連絡しないでください」
優しい玲我さんの表情が消え、私の腕をつかんだ。
その手を無理矢理振りほどく。
私の腕に痛みが残った。
「あなたと私は住む世界が違うってわかったんです。だから……」
――さようなら。
そこまで言えずに、涙がこぼれた。
泣く私を妃莉さんが見て、笑っているのがわかる。
涙で汚れないよう玲我さんのマフラーを外し、返そうとしたけれど、それを玲我さんが拒んで私の首に巻く。
「夕愛」
私に近づいた玲我さんの顔を見上げた。
きっとお別れを言うのだと思っていた。
別れの言葉を待っていた私の唇に玲我さんの唇が触れて、そこだけ熱を持つ。
「……っ!?」
――えっ? 今のキス?
唇を離した玲我さんは不敵に微笑んだ。
呆然とした顔をした妃莉さんと私を見て、玲我さんはくすりと笑った。
玲我さんは私の髪を指でもてあそび、指にかけた。
こんな触れ方されたことない。
それに、この顔――私が今まで見たことのない、悪い顔をしていた。
「夕愛。次に会う時まで、俺以外に男に触れさせるな」
指でなぞった私の唇。
それは再会の約束なのか、復讐するぞという意味だったのかわからない。
宣戦布告に似たキスと悪い顔をした玲我さんに戸惑い、なにも言えなかった。
気付けば、驚きのあまり、涙も止まっていた。
「な、なにをしてるのっ! 玲我さんっ! 夕愛さん離れてっ!」
私を突き飛ばして、妃莉さんは玲我さんの腕をひっぱる。
「早く消えて! 私の前から消えなさいよ!」
妃莉さんのヒステリックな声と玲我さんの初めて見た一面。
一度のキスで頭の中が真っ白になった私を笑う玲我さんは、優しいだけの玲我さんじゃなかった。
――玲我さんは王子様みたいに穏やかで優しい人じゃないの?
「妃莉。大声を出すな。近所の迷惑になる」
「玲我さんが悪いのよっ!」
妃莉さんと一緒に消えていく玲我さんをぼんやり眺めた。
恋人になってからも紳士的で、私にキラキラした笑顔を見せていた玲我さん。
――今まで手を握るだけだったのに、別れを切り出したらキス?
「どういうこと……?」
マフラーから漂う玲我さんの残り香が、私の胸を苦しくする。
約束なんて意味ないでしょう?
だって、私たちが数年後に再会したとしても結ばれない。
マフラーに涙が落ちた。
次に会っても、私とあなたの間に隔たりがある限り、私たちは結ばれないのだから――
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