身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍

文字の大きさ
4 / 40
第1章

4 許されない相手④

しおりを挟む
 黒塗りの車が私のそばで止まり、車のドアが開く。

夕愛ゆあ

 車から降りてきたのは、私の予想通り、玲我れいがさんだった。
 髪を雪で濡らし、肩に白い切片を乗せた私を見て、怪訝そうな顔をしていた。

「うちに配達なら、傘を貸すはずだ。なぜ……」
 
 私が立っている場所の背後には、有近と鷹沢の家しかなかった。
 鷹沢とは有近に並ぶ裕福な家で、鷹沢もやはり都久山つくやまで特別な存在感がある。
 デリカテッセン『オグラ』には謎の取り決めがあり、鷹沢への配達は担当者がいる。
 だから、私は鷹沢へ配達を頼まれたことがなく、玲我さんは私が有近家へ配達に行ったとわかったのだ。

「雨や雪が降りそうな日、私に傘を貸すよう頼んでくれていたんですね……」
「傘を忘れることもあるかもと思って念のためだ」

 私の髪に積もった雪を手ではらう。
 玲我さんは黒のコートを着て、車の後部座席に置いてあった黒のマフラーを手にすると、車のドアを閉めた。
 今思えば、玲我さんは大学が休みなのに忙しそうで、たまに会う時、どうしてスーツ姿だったのか、疑問に思うべきだったのだ。
 大学を卒業する前から、玲我さんは有近の会社で働いていたのに、私は自分のことばかりで、少しも気づいてなかった。
 私に指輪をくれたクリスマスの頃には、有近の会社へ入社することが決まっていたはず。
 そして、海外へ行くことも。
 もらった指輪に視線を落とす。

「夕愛。なにがあった?」

 色素の薄い茶色の髪と瞳。整った顔立ちは人の目をひき、昔から王子様なんて呼ばれて人気があった玲我さん。
 私も憧れていた一人だった。
 だから、恋人になれて嬉しくて舞い上がっていた。
 自分の立場もわきまえないで、親しくしてくれる玲我さんのことを対等だと勘違いして、深く考えず付き合ってしまった。

 ――こんな近くで話していても、本当は遠い存在の人。

 有近家で言われた言葉が、次から次へと降ってくる。

『可哀想。身分が違うってわからないのね』
都久山つくやまで生まれた私と坂の下で生まれたあなた。同じだと思っているの?』

 妃莉ひまりさんの勝ち誇った顔が忘れられない。
 私が憎いという顔も。
 玲我さんが手を伸ばし、私の涙をぬぐおうとした手を拒む。

「玲我さんが大学を卒業したら、有近の会社で働いて海外へ行くなんて知りませんでした」
「話すつもりだった。今すぐは無理でも、夕愛を連れていきたいと思っている」

 舞い落ちる雪の音が聞こえるくらいの静けさ。
 この静寂を破ったのは、私からだった。

「私は春から大学に通います」

『一緒に海外にはいかない』

 私の選択肢を知って、玲我さんの表情が険しくなった。
 私が自分と別れるつもりでいると、気づいたのだ。
 玲我さんは降りやまない雪を見上げた。
 雪で濡れないようにするためか、玲我さんは私の頭に黒のマフラーをかぶせた。
 マフラーには玲我さんの体温が残っていた。
 その温もりを失うと思うと、涙が止まらなかった。

「ごめんなさい。玲我さん。私と別れてください」
「断る。泣きながら、別れを告げられても受け入れられない。夕愛が大学を卒業するまで待つ」
「遠距離なんて無理です」

 ――嘘。

 本当は遠距離になったとしても、玲我さんと別れたくない。
 でも、私を育ててくれた叔父夫婦、両親が遺した店がどうなるか考えたら、一緒にはいけなかった。

「夕愛。俺の両親からなにを言われた?」

 玲我さんは私の嘘を見抜こうとしていた。
 今、玲我さんに全部話せば、別れずに済む?
 一瞬、そんな思いが頭をよぎる。
 でも、その選択肢は春の雪のように、あっという間に消えた。

「玲我さん、おかえりなさい。なにをしてるの?」

 妃莉さんが現れて、玲我さんの腕にどんっとしがみついた。
 甘い香水の香りが漂って、私に現実を思い出させた。

「ねえ、夕愛さん。早く帰ったほうがいいわよ。でしょ?」
「妃莉。手を放せ。夕愛を送っていく」
「駄目。だって、早く玲我さんに向こうで住む場所の相談をしたいんだもの。おじ様が有近の所有している家を私と玲我さんで使っていいっておしゃってくださったの」

 ――玲我さんは妃莉さんと一緒に暮らすの?

 両親公認の妃莉さんと別れを要求された私――今まで近くに感じていた玲我さんを急に遠く感じた。
 
「勝手なことを」

 玲我さんは怒っていたけど、妃莉さんは気にしてない。

「春から楽しみね」

 妃莉さんがこれからずっと玲我さんのそばにいる。
 同じ家で――

「玲我さん。私に二度と連絡しないでください」

 優しい玲我さんの表情が消え、私の腕をつかんだ。
 その手を無理矢理振りほどく。
 私の腕に痛みが残った。

「あなたと私は住む世界が違うってわかったんです。だから……」

 ――さようなら。

 そこまで言えずに、涙がこぼれた。
 泣く私を妃莉さんが見て、笑っているのがわかる。
 涙で汚れないよう玲我さんのマフラーを外し、返そうとしたけれど、それを玲我さんが拒んで私の首に巻く。
 
「夕愛」

 私に近づいた玲我さんの顔を見上げた。
 きっとお別れを言うのだと思っていた。
 別れの言葉を待っていた私の唇に玲我さんの唇が触れて、そこだけ熱を持つ。

「……っ!?」

 ――えっ? 今のキス?

 唇を離した玲我さんは不敵に微笑んだ。
 呆然とした顔をした妃莉さんと私を見て、玲我さんはくすりと笑った。
 玲我さんは私の髪を指でもてあそび、指にかけた。
 こんな触れ方されたことない。
 それに、この顔――私が今まで見たことのない、悪い顔をしていた。

「夕愛。次に会う時まで、俺以外に男に触れさせるな」

 指でなぞった私の唇。
 それは再会の約束なのか、復讐するぞという意味だったのかわからない。
 宣戦布告に似たキスと悪い顔をした玲我さんに戸惑い、なにも言えなかった。
 気付けば、驚きのあまり、涙も止まっていた。

「な、なにをしてるのっ! 玲我さんっ! 夕愛さん離れてっ!」

 私を突き飛ばして、妃莉さんは玲我さんの腕をひっぱる。

「早く消えて! 私の前から消えなさいよ!」

 妃莉さんのヒステリックな声と玲我さんの初めて見た一面。
 一度のキスで頭の中が真っ白になった私を笑う玲我さんは、優しいだけの玲我さんじゃなかった。

 ――玲我さんは王子様みたいに穏やかで優しい人じゃないの?

「妃莉。大声を出すな。近所の迷惑になる」
「玲我さんが悪いのよっ!」

 妃莉さんと一緒に消えていく玲我さんをぼんやり眺めた。
 恋人になってからも紳士的で、私にキラキラした笑顔を見せていた玲我さん。

 ――今まで手を握るだけだったのに、別れを切り出したらキス?

「どういうこと……?」
 
 マフラーから漂う玲我さんの残り香が、私の胸を苦しくする。
 約束なんて意味ないでしょう?
 だって、私たちが数年後に再会したとしても結ばれない。
 マフラーに涙が落ちた。
 次に会っても、私とあなたの間に隔たりがある限り、私たちは結ばれないのだから――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。 見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。 「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

悪女の秘密は彼だけに囁く

月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、私を戯れに誘うのね。

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...