身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍

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第3章

30 婚約者のお披露目➁

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「すみません。準備に手間取っちゃって」

 いったいなんの準備だったのか、光華みつかは大きなケーキの箱を抱えていた。

 ――いったいなんのケーキ?

 焼き菓子を出すつもりでいたから、ケーキは頼んでない。

「このケーキは妃莉ひまりさんからです。夕愛と玲我さんの婚約のお祝いだそうです!」 

 光華はとてもいい笑顔で言ったけど、妃莉さんは見るからに動揺していた。
 それに周囲も『今、なんて言ったの?』なんて顔をしてる。
 さすがに無理がある――そう思っていたけど、光華は止まらない。

「わざわざ妃莉さんは私にお願いにきたんですよ」
「なっ!? 私は少しもそんなっ……」
「まあっ! 妃莉さん、ありがとう」

 和花子さんは喜び、妃莉さんの手を握り締めた。
 どうやら、和花子さんは光華の言葉をまるっと信じたようだ。
 和花子さんの反応を見て、招待された人たちも同調していく――

「嫌だわ。妃莉さんったら、演技がお上手なんだから。こんなサプライズを考えていらしたのね」
「本当。実は夕愛さんと仲良くなりたかったなんて素直じゃないんだから!」
「えっ!? ち、ちがっ……そんなつもりじゃ……」

 妃莉さんは周囲に押されて反論できなくなった。
 いただいた私がお礼を言わないのもおかしいと思い、お礼を述べた。

「妃莉さん。ありがとうございます。こんな素敵なお祝いのケーキをオグラに注文してくださって」

 叔父さんの手作りケーキはとても豪華だった。
 白い生クリームにフルーツたっぷりで、チョコレートのプレートには『婚約おめでとう!』と大きく書かれている。

「ちょっ、ちょっと! 光華さん! 私が頼んだのはっ……」
夕愛ゆあ、婚約おめでとう!」

 光華の大きな声が妃莉さんの声を消す。
 
「せっかくですもの。さっそくケーキを取り分けましょうか。お皿を持ってきてちょうだい」

 和花子さんは妃莉さんとわだかまりがなくなったと思い、とても嬉しそうだ。
 妃莉さんは周囲の祝福ムードに負け、なにも言えなくなり、「まあ、そうね」とか、「ええ」という言葉を繰り返していた。

「それじゃあ、私は仕事があるので、これで失礼します」

 光華はフランスから帰ってきて、店に戻ったのだとわかった。
 たくさん聞きたいことがある。
 
「光華、待って!」

 私は光華を追いかけた。
 光華は玄関で、私を待っていて、そこには仕事中のはずの玲我さんがいた。
 
「え? えぇ……? どういうことなの?」

 光華はしてやったりという顔をして、私に言った。

「驚いたでしょ? ダブルサプライズ! あのケーキのスポンサーは玲我さんなの」

 巨大なケーキの費用は、どうやら玲我さん持ちだったらしい。

「やっぱり妃莉さんじゃなかったのね」
「そうよ。むしろ、私を使って夕愛を貶めようとしていたわけ。それで、玲我さんに相談したのよ」
「妃莉がなにかするだろうと思って警戒していたが、やはりそうだったな」
「私にケーキを配達させるふりをして、有近と不仲な鷹沢と夕愛が仲良くしている写真を箱に入れろって言われてたの」

 光華はケーキの箱に忍ばせようとしていたらしい写真を私の手にのせた。

海寿みことさん?」

 私と海寿さんが店でおしゃべりしている写真があった。
 その中で一枚だけ違和感がある写真がある。
 海寿さんとよく似ているけど、海宏さんだと思う人が、遠くから眺めている写真があった。

「この写真は俺が処分しておく」 
「でも……」
「やきもち? 案外、玲我さんは余裕がないのね。それじゃあ、私は仕事があるから、またね」
「う、うん。ありがとう、光華」

 光華を引き止めて、叔父さんに怒られなかったのかとか、いつ帰って来たのかとか、聞きたいことはあったけど、今はこの写真が気になる。
 光華はやきもちと言ったけど、玲我さんが妬いているふうには見えなかったからだ。
 まるで、この写真が人目に触れると困るような態度――玲我さんは写真をスーツの上着のポケットへしまう。
 
 ――もしかして、私との結婚が許されたのは、鷹沢が関係してる?

 でも、私と鷹沢の接点はない。
 それこそ、お客様として海寿さんが来るくらい。
 海宏さんと話したのも、両親が亡くなった後一度だけ。
 
「夕愛」

 玲我さんの声に、ハッと我に返った。

「あ……、は、はい!」
「どんな状況か気になっていたから、仕事を抜けてきたんだけど、俺が来なくてもよかったな」
「そんなことないです!」

 仕事だったはずなのに、心配してきてくれた玲我さん。
 気にかけていてもらえて、嬉しくないわけがない。
 玄関から並んで外に出る。
 光華の姿はすでになく、コンクリートの道に初夏の眩しい太陽の光が降り注いでいた。
 木の葉の影が風で揺れている。

「母さんも夕愛のおかげで明るくなった」
「そうですか?」
「ああ。いつもこういう会の準備は不安そうにしてやっていたけど、今回は楽しそうだった」
「不安というか、和花子さんは誰かに話を聞いてほしかったんだと思います」
 
 有近家に嫁いで長い和花子さん。でも、有近家には自分以外の家族はほとんどいることがなく、話し相手は家政婦さんだけだった。

「そうか……。母さんは納得して有近家に嫁いできたから、平気なのかと思ってたけど違うんだな」
「家族がいないと寂しいですよ。……私も玲我さんがずっといないと寂しいです」

 結婚したら、玲我さんもお義父様のように家にいなくなってしまうのだろうか。
 玲我さんは私が『寂しい』と言ったのに、なんだか嬉しそうな顔をして微笑んだ。
 
「夕愛は俺がどれくらい前から待っていたか知らないからな」 
「そんな前ですか?」
「そう。俺は昔から夕愛にだけは勝てない」
「私と玲我さんが初めて会ったのは、私が何歳の頃だったんですか?」
 
 思い出せそうなのに、すぐに思い出せない。
 それくらい前で、とても幼かった頃だったはず――

「それは時間がある時にゆっくり話したい。そうだな。今できるのは……」
 
 思い出せそうなのに、すぐに思い出せない。
 それくらい前で、とても幼かった頃だったはず――

「それは時間がある時にゆっくり話したい。そうだな。今できるのは……」

 車のドアに手をかけると、玲我さんは車には乗らず、新緑の葉陰に隠れてキスをした。

「キスくらいだ」

 頬が熱いのは、天気がいいだけのせいじゃない。
 玲我さんは赤い顔をした私を見て、くすりと笑った。
 私たちの結婚までもうすぐ――それまでに私は玲我さんが隠している秘密を知ることができるのだろうか。
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