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sleeping beauty(菜湖編)
恋は全力 ※5話
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「戸川さん、素敵だったわね」
智弓がデータを入力しながら、隣でそんなことをぽつりと言った。
しかも、うっとりとした口調で。
戸川さんが素敵なことは認める。
まさか、智弓まで戸川さんを好きになってしまったとか?
「菜湖。もたもたしてると、横から盗られちゃうわよ?あんな素敵な人がずっと彼女ナシってあり得ないんだからね?」
「そうね」
なるべく動揺したところを見せたくなくて、私は短く返事をした。
でも、彼女になろうなんて、だいそれたことは考えていない。
だって『TOGAWA』の社長だよ?
それもあんなにかっこよくて、物腰の優しい人。
きっと彼女がいるに決まってる。
はあっとため息をついた。
「好きな人を眺めてるだけじゃだめ!ぶつかっていかないと!」
「智弓。仕事中よ」
そう注意した瞬間、頭の上から書類が降ってきた。
「笠内。誰か好きな人がいるのか?」
バサバサと目の前に落ちた書類に驚き、目を閉じて開けるとそこに営業部の同期、辻島君がいた。
「あっ!悪い」
書類をまとめて渡す。
「好きな人じゃないの」
そう、私の好きは憧れでしかない。
望未ちゃんと同じ梶井さんのファンみたいなもの。
会社で変な噂になると困る。
きちんと否定しておかないと。
じろりと智弓をにらむとこちらに手を合わせていた。
もう!ゴメンですまないわよ。
会社でこんな話をして!
「そ、そっか。あのさ。今度、同期で飲みに行こうぜ」
「わかったわ」
「よしっ!」
辻島君は飲みに行くのが好きなのか、背後でガッツポーズをしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事が終わり、この前買ったガラスの小皿を揃えるのを口実にして『TOGAWA』にやってきた。
あわよくば、会えるかもなんて下心はもちろんある。
彼女にならなくたっていい。
遠くからちらりと見るだけでもいいの。
そう思いながら店内に入ると桜の香りのお香がふんわりと漂い眠気を誘った。
「また眠ってしまいそう……」
『TOGAWA』は居心地がすごくいい。
ヒーリングミュージックが流れ、一階にはおしゃれなカフェがあり、枕のオーダーメイドできる場所まである。
雑貨が充実しているからか、若い女性のお客が多くいるように感じた。
「春用のクッションカバーがあると部屋が明るくなっていいかもね」
パステルカラーのカバーは春から初夏に使いたい。
けど、クッションカバー売場は危険だ。
仕事で疲れているからって、ふわふわしたクッションや枕を見るとつい眠くなってしまって困る。
ちゃんと夜、眠っているのにね。
「わぁー。ふわふわ」
クッションをさわるとふわっとしていて、気持ちがいい。
これは羽根クッション。
小さいものはあるけど、大きなクッションはない。
寝室に置きたいなぁと思っていると、背後から声をかけられた。
「今日もきてくれたんだ」
「と、戸川さん!」
「いつもありがとう。また眠らないようにね」
「あの時は本当にすみませんでした」
「いや、大丈夫。あんまり気持ち良さそうに眠ってるから、起こそうかどうしようか迷うくらいだったけどね」
ちゃんと覚えられていた。
そうよね。
あんな堂々と眠っていたら、記憶に残ってしまうのもうなずける。
「今日はクッションカバー?」
「はい」
「雑貨、好きだね」
「そうなんです―――」
戸川さんと話そうとした瞬間、スマホが鳴った。
メッセージ?
望未ちゃんからだった。
コンサートがあるから早く帰ってきて?
なにそのメッセージ!?
メイクをして髪をして欲しいなんてどうかしたのかな。
もっと話していたかったけどしかたない。
「妹が早く帰ってきて欲しいみたいで」
「ああ。妹さんってカフェ『音の葉』の?」
「望未ちゃん……じゃなくて、望未を知っているんですか!?」
「あっ……と、気晴らしにランチに行くことが多くて」
気まずそうな顔で戸川さんは言った。
プライベートなことに踏み込みすぎたかもしれない。
ペコリとお辞儀をして離れた。
でも、胸はドキドキしていた。
戸川さんは『しまった!』という顔をしていた。
まさかカフェ『音の葉』に好きな人がいるんじゃ?
それか付き合っている人?
そんな予感がして、なんだか落ち着かない気持ちのまま、家への帰り道を急いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家に帰るなり、望未ちゃんは『菜湖ちゃーんっ!』と泣きついてきた。
不器用なんだから……
髪がくちゃっとなっていた。
確かに呼びたくもなるわね。
「すぐにやってあげる」
望未ちゃんの髪をセットしてメイクしてあげた。
梶井理滉のコンサートをすごく楽しみにしていたことは知っている。
拠点がドイツになってしまい、日本でのコンサートやリサイタルが減り、しばらく落ち込んでいたくらいだから。
「会場まで車で送るわ」
今日の望未ちゃんは本気の本気。
どうして、そんな気合いが入ってるのかはわからない。
いつもは履かない高いヒールのパンプス。
歩いて足でもひねったら、後々大変だ。
そう思って、車を出した。
「望未ちゃん。ジャケット持った?」
「持ったよ」
ワンピースと同じクリーム色のジャケットを望未ちゃんは手に持って見せた。
望未ちゃんが今日着ているワンピースは持っている服の中で一番大人っぽい服。
バッグもアクセサリーも完璧だった。
「望未ちゃん、今日はいつもよりオシャレにしてコンサートに行くのね」
「うん。ちょっとでも……素敵だって思って欲しいから」
「そんな相手なの?」
望未ちゃんが大好きな梶井さんのコンサートに一緒に行く人は―――どんな人なんだろう。
興味があったけど、ざけたり、からかっていると思われたくなかったから、望未ちゃんが話してくれるまで待った。
「うん。大人で余裕があって、きっと私のことなんて子供にしか見えてない」
悔しそうにうつむく望未ちゃん。
好きな人ができて、その人に対等に見られたいってところなのかな?
だから、そんなに着飾ったんだと思うと可愛らしく思えた。
「大丈夫。いつもより大人っぽいよ」
「本当?」
「うん。気を付けてね」
会場近くの道路わきに車をとめた。
コンサートを聴きに来る人達がパラパラと集まり始めていた。
若い子より、お金持ちそうな女性が多い客層の中、物おじもせずに望未ちゃんはいつも聴きに行く。
きっと梶井さんのことで頭がいっぱいなんだろうな。
そんな望未ちゃんが好きになった男の人ってどんな人なのか、興味があった。
クラシックコンサートを一緒に聴きにいくような人。
落ち着いた男の人なのかもしれない。
戸川さんみたいな―――
「ありがとう、菜湖ちゃん」
望未ちゃんはそう言って車のドアを開けた。
堂々としたその背中は私には眩しく見えた。
望未ちゃんの恋はいつだって全力。
きっと私みたいに傷つくのを恐れたりしない。
それに比べてなんて意気地のない私だろう―――こつんと車の窓に頭をぶつけたのだった。
智弓がデータを入力しながら、隣でそんなことをぽつりと言った。
しかも、うっとりとした口調で。
戸川さんが素敵なことは認める。
まさか、智弓まで戸川さんを好きになってしまったとか?
「菜湖。もたもたしてると、横から盗られちゃうわよ?あんな素敵な人がずっと彼女ナシってあり得ないんだからね?」
「そうね」
なるべく動揺したところを見せたくなくて、私は短く返事をした。
でも、彼女になろうなんて、だいそれたことは考えていない。
だって『TOGAWA』の社長だよ?
それもあんなにかっこよくて、物腰の優しい人。
きっと彼女がいるに決まってる。
はあっとため息をついた。
「好きな人を眺めてるだけじゃだめ!ぶつかっていかないと!」
「智弓。仕事中よ」
そう注意した瞬間、頭の上から書類が降ってきた。
「笠内。誰か好きな人がいるのか?」
バサバサと目の前に落ちた書類に驚き、目を閉じて開けるとそこに営業部の同期、辻島君がいた。
「あっ!悪い」
書類をまとめて渡す。
「好きな人じゃないの」
そう、私の好きは憧れでしかない。
望未ちゃんと同じ梶井さんのファンみたいなもの。
会社で変な噂になると困る。
きちんと否定しておかないと。
じろりと智弓をにらむとこちらに手を合わせていた。
もう!ゴメンですまないわよ。
会社でこんな話をして!
「そ、そっか。あのさ。今度、同期で飲みに行こうぜ」
「わかったわ」
「よしっ!」
辻島君は飲みに行くのが好きなのか、背後でガッツポーズをしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事が終わり、この前買ったガラスの小皿を揃えるのを口実にして『TOGAWA』にやってきた。
あわよくば、会えるかもなんて下心はもちろんある。
彼女にならなくたっていい。
遠くからちらりと見るだけでもいいの。
そう思いながら店内に入ると桜の香りのお香がふんわりと漂い眠気を誘った。
「また眠ってしまいそう……」
『TOGAWA』は居心地がすごくいい。
ヒーリングミュージックが流れ、一階にはおしゃれなカフェがあり、枕のオーダーメイドできる場所まである。
雑貨が充実しているからか、若い女性のお客が多くいるように感じた。
「春用のクッションカバーがあると部屋が明るくなっていいかもね」
パステルカラーのカバーは春から初夏に使いたい。
けど、クッションカバー売場は危険だ。
仕事で疲れているからって、ふわふわしたクッションや枕を見るとつい眠くなってしまって困る。
ちゃんと夜、眠っているのにね。
「わぁー。ふわふわ」
クッションをさわるとふわっとしていて、気持ちがいい。
これは羽根クッション。
小さいものはあるけど、大きなクッションはない。
寝室に置きたいなぁと思っていると、背後から声をかけられた。
「今日もきてくれたんだ」
「と、戸川さん!」
「いつもありがとう。また眠らないようにね」
「あの時は本当にすみませんでした」
「いや、大丈夫。あんまり気持ち良さそうに眠ってるから、起こそうかどうしようか迷うくらいだったけどね」
ちゃんと覚えられていた。
そうよね。
あんな堂々と眠っていたら、記憶に残ってしまうのもうなずける。
「今日はクッションカバー?」
「はい」
「雑貨、好きだね」
「そうなんです―――」
戸川さんと話そうとした瞬間、スマホが鳴った。
メッセージ?
望未ちゃんからだった。
コンサートがあるから早く帰ってきて?
なにそのメッセージ!?
メイクをして髪をして欲しいなんてどうかしたのかな。
もっと話していたかったけどしかたない。
「妹が早く帰ってきて欲しいみたいで」
「ああ。妹さんってカフェ『音の葉』の?」
「望未ちゃん……じゃなくて、望未を知っているんですか!?」
「あっ……と、気晴らしにランチに行くことが多くて」
気まずそうな顔で戸川さんは言った。
プライベートなことに踏み込みすぎたかもしれない。
ペコリとお辞儀をして離れた。
でも、胸はドキドキしていた。
戸川さんは『しまった!』という顔をしていた。
まさかカフェ『音の葉』に好きな人がいるんじゃ?
それか付き合っている人?
そんな予感がして、なんだか落ち着かない気持ちのまま、家への帰り道を急いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家に帰るなり、望未ちゃんは『菜湖ちゃーんっ!』と泣きついてきた。
不器用なんだから……
髪がくちゃっとなっていた。
確かに呼びたくもなるわね。
「すぐにやってあげる」
望未ちゃんの髪をセットしてメイクしてあげた。
梶井理滉のコンサートをすごく楽しみにしていたことは知っている。
拠点がドイツになってしまい、日本でのコンサートやリサイタルが減り、しばらく落ち込んでいたくらいだから。
「会場まで車で送るわ」
今日の望未ちゃんは本気の本気。
どうして、そんな気合いが入ってるのかはわからない。
いつもは履かない高いヒールのパンプス。
歩いて足でもひねったら、後々大変だ。
そう思って、車を出した。
「望未ちゃん。ジャケット持った?」
「持ったよ」
ワンピースと同じクリーム色のジャケットを望未ちゃんは手に持って見せた。
望未ちゃんが今日着ているワンピースは持っている服の中で一番大人っぽい服。
バッグもアクセサリーも完璧だった。
「望未ちゃん、今日はいつもよりオシャレにしてコンサートに行くのね」
「うん。ちょっとでも……素敵だって思って欲しいから」
「そんな相手なの?」
望未ちゃんが大好きな梶井さんのコンサートに一緒に行く人は―――どんな人なんだろう。
興味があったけど、ざけたり、からかっていると思われたくなかったから、望未ちゃんが話してくれるまで待った。
「うん。大人で余裕があって、きっと私のことなんて子供にしか見えてない」
悔しそうにうつむく望未ちゃん。
好きな人ができて、その人に対等に見られたいってところなのかな?
だから、そんなに着飾ったんだと思うと可愛らしく思えた。
「大丈夫。いつもより大人っぽいよ」
「本当?」
「うん。気を付けてね」
会場近くの道路わきに車をとめた。
コンサートを聴きに来る人達がパラパラと集まり始めていた。
若い子より、お金持ちそうな女性が多い客層の中、物おじもせずに望未ちゃんはいつも聴きに行く。
きっと梶井さんのことで頭がいっぱいなんだろうな。
そんな望未ちゃんが好きになった男の人ってどんな人なのか、興味があった。
クラシックコンサートを一緒に聴きにいくような人。
落ち着いた男の人なのかもしれない。
戸川さんみたいな―――
「ありがとう、菜湖ちゃん」
望未ちゃんはそう言って車のドアを開けた。
堂々としたその背中は私には眩しく見えた。
望未ちゃんの恋はいつだって全力。
きっと私みたいに傷つくのを恐れたりしない。
それに比べてなんて意気地のない私だろう―――こつんと車の窓に頭をぶつけたのだった。
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