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本編

28 幼い日の思い出【冬悟】

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自分の家が他の家を違うということを俺が意識したのはけっこう早い時期だった。
両親がまだ健在で組を継ぎたくない父親は建築会社の経営を真面目にやっていた。
そのせいで、両親は仕事が忙しく俺はじいさんのところに預けられることが多くなっていった。
俺の世話係に指名されたのは仙崎せんざきだった。
じいさんが一番目をかけている部屋住みの若い衆で、組長であるじいさんから言われたことは犬のように忠実に守る。

「坊ちゃん、今日はどこへ行きますか」

「公園」

「またですか。普通の子と遊んでも楽しくないでしょう」

仙崎は俺を傷つけないように言った。
友達ができても大抵―――

「ご、ごめんなさいね。うちの子、なにもわからなくて」

俺から逃げるようにして母親が自分の子を守るため、手を引いて去っていった。
少し近づいただけで、これだ。
仙崎が俺から距離を置き、遠くから眺めているにも関わらず、俺が何者のか、すぐにバレてしまう。
俺の周りから人がいなくなるのは家のせいだと気づくには十分すぎるほど、わかりやすい出来事だった。

「えー!?どうして冬悟くんと遊んじゃだめなのー!?」

何度も聞いたセリフにうんざりしていた。
それでもここにくるのはあの子に会うため。

「滑り台は俺様がいただいた!」

「ず、ずるいよおー!使わせてよー!」

涙目で抗議する羽花とそれを見て満足そうに笑う玄馬。
またか。
玄馬は好きな子をいじめるという不可解な行動をとる。
小学生にもなってガキくさい。
今日も玄馬から追い払われた羽花が砂場で泣いている。
砂場でうつむきながら、いじけたようにスコップで砂を掘っていた。

「おっ!冬悟。お前にもこの滑り台は使わせねえぜ!」

「ガキくさい」

「なっ、なんだとー!」

騒ぐ玄馬を無視して羽花のところへ行く。

「羽花。お城を作ろうか?」

「お、お城……!?そんなの作れるの?」

「作れるよ。一緒に作ろう」

「うん。いつもありがとう。この間、作ってくれたお家も素敵だったよ。本物のお菓子の家みたいで妹とお腹すいたねぇって言ってたんだよ」

「そうかな」

「そうだ。これ、あげる。うちのお菓子」

ポケットに入っていた金平糖の瓶をくれた。

「星みたいに綺麗でしょ。七夕用の試作品なの。お父さんが私と妹にくれたんだよ」

「もらってもいいの?」

「うん!」

「甘いもの好きだから嬉しいな」

「私も大好き!」

そう言って微笑んだ羽花を見て胸が痛んだ。
いつまでも一緒にはいられない。
俺がヤクザの子だってわかったら、羽花はきっと離れていく。
七夕の織姫と彦星のように一年に一度会うことすらできなくなる。

「ねえねえ!お城ってお姫様がいるみたいなお城?」

「うん、そうだね。そういうのを作ろうか」

「うわあー!楽しみ!」

羽花は水をくんで砂を集めてくれる。
真剣な顔で砂をバケツにいれていた。
羽花とは砂場だけじゃなく、ブランコやボール遊びもして、時々小さい妹も一緒になって遊んだ。
俺達は仲良くなり始めていた。
それなのに―――

「ちょっとあれ、『柳屋』さんのとこの羽花ちゃんじゃない?ヤクザの子と遊んでるわよ」

「知らないのかも。あの子はちょっとおっとりしてるから」

ひそひそと公園にきていた大人が囁いていたのが耳に入った。
羽花が仕上がったお城を嬉しそうに眺め、他の子に声をかけると母親達が蜘蛛の子を散らすようにして自分の子供を連れ、公園からいなくなってしまった。
なにが起きたかわからない羽花は呆然と立ち尽くしていた。

「みんな、帰っちゃった。せっかく素敵なお城なのにみてほしかったよね。そうだ!百花を呼んでこよう!」

嬉しそうな顔で走っていった。
それを滑り台の上から玄馬が見下ろしてポツリと言った。

「あいつ、馬鹿だなあ……」

「馬鹿じゃない。純粋なんだ」

「へーえ?なんだ。冬悟、あいつのこと好きなのかよ」

「そうだ」

驚いた玄馬が足を滑らせ、滑り台からザアッーと滑って降りてきた。
なにしてんだ、こいつ。
戻ってきた羽花は妹を連れてきて、俺に手を振った。
俺は手を振り返す。

「初めてできた友達だったのにな……」

「まあな」

俺と玄馬は友達ではない。
家同士が争っている。
たまたま公園で一緒になっただけで、こいつと遊んでいるわけじゃない。
近い存在であっても親しくなることはない俺達は自然に一定の距離を保ち、近づかないようにしている。

「玄馬。羽花が好きなら、今は近づくな」

「す、好きじゃねえし!近づくなって、なんでだよ!」

「ヤクザの子と遊んでいるって羽花が言われている」

玄馬の強い瞳が揺らいだ。

「俺も羽花から手を引く。だから、お前も手を引け」

「嫌だ!」

嫌なのはお前だけじゃない。
俺だって同じだ。
だけど。

「大きくなったら、羽花を迎えにいく」

「一人前のヤクザになってか?」

返事ができなかった。
長い間、嶋倉組はこのあたりを取り仕切ってきた。
それがじいさんの自慢だ。
けど、ヤクザじゃ羽花を迎えにはいけない―――迎えに行けるのはきっと。
砂で作った城を眺めた。
すぐに壊れる砂の城。

「まだ俺が何者になるか、わからない」

将来なんかわかるかよ。
俺はまだ小学生だ。
夕方の音楽が鳴った。
家に帰る時間だ。
羽花が妹の手を握り、俺に手を振る。

「お城、ありがとう!またねー!ばいばーい!」

ポケットの中にある金平糖の瓶を握りしめた。
『また』は当分やってこない。
俺のことをきっと忘れてしまうだろう。
それは玄馬も同じ気持ちだった。

「あーあ……しゃあねえなぁ」

玄馬は俺に背を向けて、走って公園から出ていった。
もうあいつもここにはこないだろう。
そして俺も―――君のために離れることを決意した。


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