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一章

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 ゼロウスを養子に迎えてから半年経った。

 俺が城へ行っている間、ゼロウスは勉強をしたり庭を散歩したりして、この屋敷での生活にも慣れてきたようだった。

 かなり痩せていた体も、栄養のある食事とおやつと軽い運動のおかげで骨が浮き出ていた部分も見えなくなった。
 まだ同年代の子供よりは痩せているが、このまま栄養のある食事を摂って適度な運動をしていけば、しっかりと成長できるだろうと医師のラルフ先生が教えてくれた。

 勉強の方はかなり優秀らしく、『もう教える事は無い』と雇っていた教師にお墨付きをもらった。
……となると、体を鍛えた方が良いと俺が剣を一から教えてやろうと決めた。

 兄には勝てなかったが、臣下に降る前はそれなりに剣術を学んできた。
「勉強はとりあえず自主的に続けて、明日から俺が剣術を教えてあげるからな」
ゼロウスに言うと、嬉しそうに笑った。
「朝、早起きして体力作りから始めるからな」
コク! とゼロウスは頷いた。

 朝……は、ゼロウスの方が早起きだ。
毎朝、先に起きているようで知らないうちに俺にキスしているらしい。

 一度、早朝に目が覚めてしまった時にゼロウスが、俺の頬や唇・指先……その他色々キスしているのを知ってしまった。寝たふりしてるうちに、二度寝してしまったが……。
 __まさか、毎日はしてないと思いたい。

 ゼロウスと一緒に眠るうちに不眠症は解消された。
誤解のないようにいうと、本当にただ眠るだけだ。俺は未成年には手を出さないし、ゼロウスを養子にしたわけじゃない。

 まあ、俺も男なので生理的にがゼロウスと一緒にいるときは自慰も出来ないので、城に与えられた自分の部屋で……してる。
 ゼロウスもそろそろ、そんな年齢のはず……。やはり、一人部屋をあたえないと……な。

 ――とりあえずその事は置いといて、明日から鍛錬をしていこう。俺も最近忙しかったから剣を振ってない。

 「一週間、朝に連続で剣術の練習が出来たら街に連れて行ってやろう。頑張れ」
コク! コク! と気合の入った力強い頷きだった。


 屋敷の周りを軽く走ることから始めて、剣術は木の棒で持ち方から教える。二、三日走っていると、軽く走っている俺に遅れずについてこれるようになった。来週からは少し速く走っても良さそうだ。
 成長期なので運動能力も伸びる時期。ゼロウスの成長が楽しみだ。


 ――そして、週末。
「では、行ってくる」
朝練をしっかりとやり休まなかったので、約束していた『街に連れて行く』を守るためゼロウスとお出かけする。
「お気をつけて」
スティーブン達に見送られて馬車で出かけた。

 ゼロウスは街の子に見えるように念の為、頭には帽子をかぶり素朴なシャツにベストとズボンに着替えた。俺もラフなシャツにズボンと、街に買い物にきた客に見えるように地味な服に着替えた。
 スティーブンには「隠しきれてませんので、裏通りには行きませんように」と、注意された。

 「あまりキョロキョロしないようにな? ゼロウス」

 久しぶりの街の風景に、嬉しいのだろうか。落ち着かない様子だった。
「何か欲しいものがあったら、俺に教えて」
ゼロウスに言うと、コクンと返事をした。

 馬車から降りてゼロウスと手をつなぐ。
「離れないように」
以前、攫われたというゼロウス。また攫われないように、怖がらないように手をつないだ。ギュッと手を握り返す。
 「……さあ、行こうか」

 街は、メイン通りには食べ物や隣国から来た商人の売る珍しい品物の屋台で賑わっていた。争いも終わり、やっと平和が訪れて人々に笑顔が戻ってきた。
 「何か食べたい物があれば、指差してくれ」
キラキラと瞳が輝いた。嬉しそうに、目に止まった果物を指差した。

 「いらっしゃい! 採れたての果物だよ! 」
威勢の良い店主の声が響いた。
「ああ。りんご、だな。好きなのか?」
コクンと頷いた。
 「店主、一つもらおう」
「へい! ありがとう御座います!」
お金を払いお皿に入った、くし形に切られたりんごを受け取った。

 「向こうで食べようか?」
メイン通りの真ん中位に丸い形の広場があって、そこにテーブルと椅子が置いてある大きな天幕の下で屋台で買った物を食べられるようになっている。
 昔、時々城から抜け出して買い食いをしていたので知っていた。影の護衛がついてきていたけれど。

 買ったりんごは瑞々しく、酸味があり美味しかった。
「美味しいな」
ニッコリと笑い、ゼロウスもあっという間に食べ終えた。

 「もっと肉とか食べてもいいぞ?」
そう言うがゼロウスは顔を左右に振った。スティーブンに、ご飯が食べれなくなるので『ほどほどに』と言われていたので気をつけているようだ。食べれば良いのに真面目だな。


 食べ終わり、席を立つ。
屋台があるメイン通りを歩き、少し高級な店舗がある静かな通りに向かった。
 その通りは店の前に雇っている警備員がいるので、安心して買い物ができる。平和になってきたとはいえ、まだまだ油断できない。

 店が並ぶ中の一軒、文房具を扱う店に入った。
「いらっしゃいませ。あら、お久しぶりで御座いますね。ようこそ、クラスト様」
 なじみのお店だった。一つ一つ手作業で丁寧に作られた品物は、使いやすく丈夫で気に入っていた。
「久しぶり。みせてもらうよ」

 勉強を頑張っているゼロウスに、何か贈り物をしたかった。
キョロキョロとお店の中を見て、興味の惹かれた物を何個か手に取ってみていた。
 一つ、気になったのかジッとみている物があった。
「それが気に入ったのか?」
声をかけると、はにかんでコクンと頷いた。

 ゼロウスが手に持っている物をみると、青色のペンだった。黒色のペンが多い中、目の惹く綺麗な青色のペンだった。
「いいな。それをもらおう」
「畏まりました」
 会計していると、ゼロウスが焦ったように腕のシャツを引っ張ってきた。

 「いいんだ。ゼロウスに贈り物をしたかったから受け取ってくれ。大事にしてくれたら嬉しい」
そう言うと、少し考えゼロウスは頷いた。

 ラッピングしてもらって受け取った。
「家に帰ったら渡そう」
頬をほんのり染めてコクンと頷く。気に入った物があって良かった。

 俺達は店を出て、メイン通りへ戻っていった。

 
 先ほどりんごを食べていた中央の広場は、ザワザワと先ほどの賑やかさとは違う感じの人々のざわめきがあった。

「何かあったのか?」
ゼロウスを引き寄せて肩を抱き、離れないようにする。
 「ゼロウス、俺から離れるな」
ギュッと抱きつくゼロウス。
 こういう時はこの場所から離れるのが一番だ。

 しかし……。
気になったので、人が集まっている所へ足を運んだ。

 「これ以上近づかないで、下がって!」
騒ぎを聞きつけて騎士達が、集まってみている人々を近づかないように声かけをしていた。
 「押さないで下さい、下がって」

 近くで警備していた騎士に話しかけてみた。
「何があった?」
ふとこちらを向いて答える。
 「店主が異国の者で、客ともめている。店主がこちらの言葉があまり話せないようで、困って……。って、クラスト殿下!? いや、クラスト様! なぜここに!」
 すぐに俺とバレた。なぜだ。

 「……買い物に来ていた。秘密裏に頼む」
声をひそめて、騎士に言う。
「ハッ! ……御意」
騎士も声をひそめて返事をした。
 「俺が通訳しよう。困っているようだ」
「助かります」

 ゼロウスが会話を聞いて、ギュッとシャツを掴んだ。この子は連れて行けない。
「この子を、騎士三人で守っていてくれないか?」
そう言うと騎士は近くにいた騎士を呼んだ。
「頼む」
 騎士達にゼロウスの護衛を頼み、もめている場所へ向かう。

 客と思える怒鳴り声が聞こえる。 ……このままだと、大事になりそうだった。

 騎士が数人、客の男と異国の店主の間に入ってなだめていた。
 「言葉が通じないと、聞いたが」
近づき話しかける。
「危ないですから下がって……、あっ! クラスト様!」
またすぐにバレた。

 客の男は頭に血が登っているようで、ずっと怒鳴っていた。
「何をそんなに怒っている?」
客の男に静かに話しかける。
「どーもこーのない! ちゃんと金を払ったのに、腕を掴んでわけ分からん言葉を早口で言ってきて! ごまかしもしてないのに、イチャモンつけてきたのはそっちだ!」
かなり、興奮していた。

 「ちょっと待て。店主に話を聞いてみる」
男に話しかけると、興奮気味に俺にズイッと寄ってきた。
 騎士達はバッと剣の握りに手をかけた。
「あぁ!? あれっ! 同盟関係をまとめた英雄のクラスト殿下様じゃないか!!」
男は俺の正体が分かると突然態度を変えた。

 「ありがとうな、クラスト殿下……元殿下か!  クラスト様、前より暮らしやすくなった。皆、感謝している!」
そう言って、怒鳴っていた客の男は大人しくなった。

 「……そうか、良かった。とにかく、店主に話を聞くぞ」
感謝されて喜びを感じたが、今は話を聞かないと。

 困り顔をしている異国の店主に、たぶん生まれ育った国だろう言葉で話しかけた。

 『店主、こちらの言葉は分かるか?』
『ああ! やっと言葉が分かる人がいた!』
異国の店主は喜び、話しかけてきた。事情を聴くと、お金を多く渡されたのでお釣りを返そうとしたが言葉が通じず、帰ろとしたので思わず腕を掴んでしまったと。

 「お釣りを返そうとしたが、お前が帰ろうとして思わず腕を掴んでしまったと言っている。別にイチャモンをつけた訳じゃなかったようだ」
客の男に伝えると、男は店主に謝った。
「すまなかった……」

 どうやら言葉を話せる店主の嫁が売り子をしていたが、ちょっと席を外していたようだ。

 「とりあえず、解決したか?」
客の男と異国の店主は同時に振り返り、俺に礼を言ってきた。ペコペコと頭を下げている。
 店主からは、お礼と言って袋に何か品物を入れて渡してきた。一度断ったが、お礼としてありがたく受け取った。

 __ゼロウスを待たせてしまった。
動かないようにと言った場所へ戻るために、後は騎士達に任せてその場を離れた。


 「ゼロウス?」


 おかしい。
離れないようにと言った場所にゼロウスと騎士達がいなかった。
「ゼロウス!?」

 急いで人混みを抜けて走り出す。
人にぶつかりながらゼロウス達を探して辺りを見回す。
「クラスト様……!」
呼ばれて振り返ると、顔を殴られ血を流している護衛を頼んだ騎士がいた。
「その傷! 大丈夫か!? ……ゼロウスは!?」
急いで駆け寄り、騎士に尋ねた。

 「も、申し訳ありません……! いきなり四、五人の男達に襲われて……。お子さんが連れて行かれましたっ! 他の騎士が後を追ってます! 裏通りの方へ走って行きました……!」

 状況を説明した騎士は、顔の他に頭や数カ所殴られたようで急いで他の騎士達を呼んだ。

 ゼロウスが攫われてしまった。
あの時、離れなければよかった。後悔したが、ゼロウスを攫った奴らはまだ近くにいるはずだ。
 「ゼロウス!」

 俺は騎士達と共に、ゼロウスを攫った奴らを追った。

 














 



 


 


 

 
 
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